12 本当にあった恐い画像


 MIB支部長の言葉を、2チャン語やコギャル語に疎い読者の方々のために、あらかじめ完全和訳すると、


「あのう、これを欲しがる気持ちはわかるんですが、持って帰るのはお薦めできませんなあ。てゆーか、きっと後悔しますよ。地球人って、ぜんぜん日持ちしませんから。

 タマタマの代わりに抱いて寝ても、翌朝には死んでます。それはもう確実に、死んで腐って溶けてます。

 朝起きて、パジャマやシーツに赤黒いシミができてたらいやでしょう? 臭いし汚いし、シミんとこに残った小骨が刺さって、チクチクしたりするし」


 そうなのである。

 MIBさんが超銀河探偵社で地球出張の準備を整えるのに、新入社員から中堅社員になるほど長い歳月を費やしても、ヨグさんちでは、たった半日しか過ぎていなかった。そのMIB支部長の時間感覚だって、地球人に比べれば、倍は長いのである。

 ならば俺なんか、ヨグさんちでは、あっという間に死ぬ。昭和の縁日で売られていた疲労困憊のヤドカリや、染料まみれのカラーヒヨコより諸行無常なのである。


 巨大異星児童たちは、さらにごにょごにょと相談を続け、何やらMIB支部長に提案した。


「それでも持って帰りたい――そうおっしゃっておりますな。すぐに死んじゃっても、腐る前に剥製はくせいにして、ストラップのマスコットにできるから、と」

 そこまでキティちゃん的に愛好されると、俺もなんだか悪い気はしない。


「私もいっしょに行きます!」

 暎子ちゃんは、俺の上腕筋に深々と指先を食いこませながら、

「キキとララみたいに、いっしょのストラップで、永遠に仲良くぶら下がりましょう!」

 いやそれは、客観的には感動的かもしんないけど、主観的には無意味だから、暎子ちゃん――。


「やはり悪鬼ジンどもは地獄に送るべしと、アラーの御声みこえが!」

 なんでアサルト・ライフルが、瞬時にスティンガー・ミサイルに変わってますか、ナディアちゃん――。


 俺は、つかのま挙動に窮しながらも、ある賢明な対処法に思い当たっていた。

 そう、良かれ悪しかれ俺にはまだ、奇しくも天に与えられた手駒が、残されているではないか――。


 俺はMIB支部長に訊ねた。

「MIBさんの3D投影カードって、俺のスマホのアルバムとか、繋げませんか?」

「はいはい。赤外線ポートがあれば、地球形式の画像データもオールOKですよ」

「じゃあ、えーと――この写真を」

 俺は、ぽちぽちつるつると写真を選び、MIB支部長の3Dカードに送信した。


「ずいぶんブレブレで、下手くそな写真ですな。AI補正で高精細3D化しましょう」

「お願いします。――えーと、こっちの被写体が、俺と同じ背丈になるくらい拡大投影してください」

「はいはい。――ぽちぽち、つるつる、ぽちっとな――」


 その画像が、俺たちと異星児童たちの間に、ぼわ、と浮かんだ瞬間、

「tgyふじこ!!」

 異星女児が、高周波のごとき名状しがたい悲鳴を発して、ヨグさんちの息子にしがみついた。


「yふじこlq!!」

 ヨグさんちの息子は、低周波に近い音声おんじょうを発しながらも、すがりつく異星女児を、しっかりと守った。

 こうしてみると、寒色系の巨大な物体Xにしか見えないヨグさんちの息子も、悪ガキなりに根性の据わった、好ましい男児に違いないのである。


 他の悪ガキたちは、やっぱりオマケのザコキャラらしく、

「あwせおおう!」

「drfうわあ!」

「rfgぎゃあ!」

「tgyひええ!」

 などと口々に叫びながら、ずぞぞぞぞと巨大宇宙船のてっぺんまで這い上がり、恐る恐るこちらを見下ろしている。


 ううむ、おまいら、その程度の度胸だと、リア充への道は遠いぞ――。

 そう苦笑しながらも、逃げたくなる気持ちは重々理解できる。タマの女児巫女姿にさえ怯えた奴らが、今、俺たちの前に浮かんでいるグロテスクな原始生物画像に、耐えられるはずがない。


 その画像とは――俺の親父とお袋が、今年の夏にワイキキの浜辺から送ってきた写メであった。

 タマや俺たちがアルプスで死線を越えている間、俺の両親ふたおやは、ちゃっかりハワイ旅行に出かけていたのである。旅費は荒川プロモーションの資産を横領し、帳簿上は『海外視察渡航費』とごまかしてあった。


 ともあれ親父とお袋は、俺と違って痩せ形である。

 とくに親父は、昭和の高度経済成長期に育ったくせに、骨だけ太くてガワはスジ肉ばかり。ぶっちゃけ、明治時代に御雇おやとい外国人たちが撮影した、江戸情緒を残す東京の下町写真で、無邪気に笑っているフンドシ姿の土方と同じである。そしてお袋も、それに多少の皮下脂肪をコーティングした程度にすぎない。

 そんな四本脚のナナフシじみたつがいが、イチャイチャしながらピースサインを誇示しているのだ。しかも半裸で。


 巨大異星児童たちは、かつてない恐怖の色を浮かべ、ブレて見えるほど激しく震えていた。


「これは、俺の父親と母親だ」

 俺は、きっぱりと言った。

「昔は子供の俺を、しっかり育ててくれた。でも今は、ご覧のとおり骸骨寸前なんで、大人になった俺が、親孝行のために養っている」

 正しくは親子三人、揃ってタマに養われているわけだが、この際それは省略する。

「だから、俺を君たちの星に持ち帰ると、この二匹も、自動的にオマケでついてくる。地球では、そーゆーキマリになってる。それでもいいなら、持って帰っていいぞ」


 MIB支部長も、適宜てきぎクトゥルー語に補訳してくれたので、正確に伝わったはずだ。


 巨大異星女児は、激しくわななきながら、首を横に振った。

「……びーけー」


 よし、俺の思惑おもわくどおり――。

 しかし、こんなマイナーなコギャル語まで知っているとは――超銀河仕様のAIは、渋谷あたりで語学修行を積んだのだろうか。

 ちなみに『BK』は、『バリ、キモい』の略語である。


     *


 まずはMIB支部長が、銀河の彼方の超銀河探偵社に、異星児童たちの無事を報告する。

 クトゥルー星のヨグさんちには、その本社から連絡を入れてくれる手筈だが、どのみち今日明日中にけりがつく問題ではない。家出少年たちは、とりあえず、こっちで保護することになる。


「どうせ泊まるんなら、俺んちの近所のほうが涼しいし、森や林も多いぞ」

 そう俺が誘うと、巨大異星児童たちは、あっさりうなずいた。

 元々ヨグさんちの息子は、前のハイキングで見物した江戸城あたりにも、いっぺん立ち寄るつもりだったのである。

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