11 お嬢様は丸いのがお好き
MIB支部長は巨大女児と、不協和音混じりの会話を続けたのち、
「どうも、その、ぐんにゃりとなんぼでも伸びる胴体が恐いらしいですな。『drftgy』みたいで気味が悪いそうです」
「その『drナントカ』って、どんなイキモノなんですか」
「そうですねえ――タマさんと同じ大きさの、ネッタイチスイビル(注・
そ、それは確かに、ゴキブリやカマドウマよりエグいかもしんない――。
俺は、思わずつぶやいてしまった。
「……えらい言われようだなあ、タマ」
しかし、すでにすべての煩悩を捨てたタマは、ちっとも気にしなかった。
「色即是空、空即是色。転々するものすべては
スライムのようにぷらぷらと伸びたまま、穏やかに目を細め、
「――お聞きなさい太郎、そして皆の衆。
今踏みしめている、砂漠の砂を想いなさい。砂の一粒を想い、また一握の砂を想いなさい。
一握の砂には、無慮数の一粒の砂が集っております。そして一粒の砂にもまた、無慮数の粉塵が集っております。
私とあなた方を乗せているこの地球、銀河や銀河団、また超銀河団までが無慮数含まれるこの大宇宙の森羅万象は、ただ因果因縁によって、仮の姿から仮の姿への転々を、無限に繰り返しているだけなのです。
今現在の眼前にある、つかのまの時点における物体の
ただそれだけのことなのです。
しかし愚かな衆生は、どうしても
つくづく哀れな、愚かなことではありませんか――」
俺の両手の間でぷらりんと垂れながら、菩薩のごとく語るタマを、
「……猫がなんぼでも伸びるときの無心な表情は、まさに
しかし、この世に猫伸びあるかぎり、あえて私は衆生たちの中で、衆生の道を生きよう。いずれは日本列島のすべてを、和やかな猫島へと導くために……」
内閣調査室長兼猫親爺として、新たな境地に達したようだ。
「あと、四本足で歩き回るのも耐えられないそうです」
神も仏も無縁のMIB支部長が、ころりと話を元に戻した。
「これは私にも、わかる気がしますな。
失礼ながら、私らも初めて地球人型の機械体を見せられたときは、なんぼ妻子を養うためとはいえ、こんな手足が四本しかない下等でグロテスクな姿に化けなきゃならんのかと、みんなで泣いたくらいですから。
チョンガーの若手社員なんか、その場で辞表を出しましたよ」
そこまで言われると、なんぼ能天気な俺だって、皮肉のひとつも言いたくなる。
タマを元どおり暎子ちゃんの膝に据え置き、
「俺だって、手足四本ですよ」
そう言って手足をゆらして見せると、異星男児たちの陰に隠れていた異星女児が、なぜかこちらに身を乗りだした。
「ちょべりぐ! ちょべりぐ!」
明らかに、俺に対する絶賛の声である。
「ものすごくとってもいい――そうおっしゃっておりますな」
「語意は理解できるんですが、なんで俺だけウケるのか理解できません」
「それは明白です」
MIB支部長は即答した。
「荒川さんの場合、もともとタテハバとヨコハバが同じです。おまけに顔と体がいっしょになって丸い。こんな地球人は他に類を見ません。
とくに脚の短さは絶妙です。その短い脚によって、豊かな胴の丸さが幾層倍にも強調される。そこいらが、クトゥルー星のお嬢さんには『ちょべりぐ』なのでしょう」
確かに、猫と俺をタマタマに並べて比較したら、俺のシルエットのほうがタマタマに近い。
丸けりゃなんでもええんかい――。
俺は、やや脱力感を覚えながら、膝を抱えて丸くなった。
今さらいじけたわけではない。異星女児ウケを狙ったのでもない。
すると異星女児は、全身を震わせながら、歓喜MAXで叫んだ。
「ちょもらんま!!」
俺は面食らった。
チョモランマ――すなわちチベット語でエベレスト山のことである。
しかし古代コギャル語に、そんな言葉があったろうか。
MIB支部長は、しげしげと俺を見つめ、
「――もうわかりましたね?」
「いえ、今ひとつ確信がもてません」
「気分は最高――そうおっしゃっております」
「なるほど、そーゆー連想ゲーム的な翻訳もアリですか……」
巨大異星女児は、二本の触手の先の触指で、俺のほっぺたをむにむにしまくり、
「ちょもらんま! ちょもらんま!」
あまつさえ、そのまんま引っ張り上げようとする。
隣の暎子ちゃんが、俺にすがりついた。
「私も丸い人が好きです!」
両手を俺の片腕に絡め、紅潮した頬をすりよせ、
「身も心も丸い太郎さんが大好きです!」
正妻の意地を、言外に主張しているのだろう。
「預言者ムハンマド様も、太陽や月のように丸くて大きいお顔だったと伝えられております! きっとお体も、タロウ様のように丸くて立派だったはずです!」
第二夫人候補としての立場を、言外に主張したのであろう。
まあ、あの預言者様の容貌については、やせっぽちのキリスト様に対抗して丸かったことにされたという説もあるが、偶像崇拝禁止によって公式の絵姿が存在しないから、個々の
ふたりの声高な主張に、巨大異星女児はあわてて触手を引っこめ、
「qあwせdr『ftgyふじこ』lpちょべりば……」
その言葉の意味は、なんとか俺にも把握できた。
しかし、意図的に理解できないふりをした。
ああ、このゴキブリやカマドウマみたいな、二匹の虫ケラだけはがまんできない――などと通訳してしまったら、確実に地球女児と異星女児の宇宙戦争が勃発する。
幸い、暎子ちゃんたちに通じた様子はなかった。
翻訳機のAIが気を利かせて、流血沙汰を避けたのだろう。
MIB支部長も、あえて通訳を控えている。
怯える異星女児をフォローするように、あのヨグさんちの息子が、身を乗り出して言った。
「qあwせタマタマdrfまんまるtgイキモノyl地球p」
こんどはMIB支部長も、
「タマタマの代わりに、その球形の地球生物を家に持って帰りたい――そうおっしゃっておりますな」
暎子ちゃんとナディアちゃんが、すちゃ、とそれぞれの武器を構えて殺気立つ。
俺は、まあまあ、と二人をなだめ、
「大丈夫。MIBさんが説得してくれるはずだから」
俺の期待どおり、MIB支部長は巨大異星児童たちに、不協和音混じりの説明を始めた。
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