10 スピルバーグ流トモダチ作戦


 俺は自分の心眼を信じつつも、大いに焦っていた。

 寒色系の巨大児童たちは、ねばねばずるずると、こちらに這い寄ってくる。女子にいいとこ見せたくて、仕返しするつもりに違いない。

 タマはすべてを知らぬげに、首の横を後足でカイカイしている。


「……化けてくれたら、ホンマグロも力いっぱい追加してやるぞ」

夕餉ゆうげの猫まんまに、煮干しの一片もトッピングしていただければ、一介の猫又には、なんの不足もありません」

 いよいよ大悟してしまったらしい。


 ヨグさんちの息子が、数本の触手を、にゅるにゅるとこちらに伸ばしてきた。

 今度はタマではなく、明らかに俺を狙っている。俺が諸悪の根源と思われたらしい。


 殺気だって柳刃を振りかぶる暎子ちゃんと、アサルト・ライフルを構えるナディアちゃんを、俺はおのれの全横幅をもって背後に制した。

 この子たちに、地球滅亡の火蓋を切らせるわけにはいかない。


 俺は、間近に迫る巨大児童たちを毅然として見上げ、その触手群を待ち受けた。

 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ――。


 しかし、俺が絡めとられる寸前、触手の先がぴたりと止まった。


「…………?」

 見上げれば、ヨグさんちの巨大息子の耳に、巨大女児が口を寄せて、何事かささやいている。

 いや正確にいえば、たぶん耳であろう頭部の横のでろんでろんした器官に、たぶん口であろう女児らしく慎ましいにゅるにゅるした器官を近づけて、なんだかよくわからない音声を伝えている。


 やがてヨグさんちの巨大息子が、こくこくと巨大女児にうなずいた。

 他の巨大男児たちも、〔いーんじゃねーの、それで〕みたいな様子で、軽くうなずいている。


 巨大女児が、おずおずとこちらに歩を進め、俺の前にかがみこんだ。

 女児らしくたおやかな触手を一本だけこちらに伸ばし、さらにその先の蝕指の一本で、俺の頭を、ちょん、と突っつく。

 そして巨大異星女児は、頭らしい部位をふるふると横に振りながら、

「……ぎざかわゆす」


 さらに二度三度、ちょんちょんと俺の頭や太鼓腹を突っつき、

「かわゆすかわゆす……」


 癖のある翻訳ではあるが、AIが学習を重ねたのか、翻訳精度はかなり向上している。

 声の調子も和音に近く、ハムスターを愛でる幼女のように邪気がない。


 おお――。

 俺は勝機を見いだしていた。

 大失敗かと思われた今回のミッションを、土壇場で逆転できるかもしんない――。


 自慢になるが、俺は当節の刺々とげとげしい世間においても、初対面の女児に警戒されたことがない。ろり道の師匠・田貫たぬき老人に伝授された、人畜無害オーラのおかげである。

〔私は確かに幼女趣味の変態ですが、実在の幼女は絶対にイジメません。いやむしろ私をイジメてください、至高の幼女様〕――そんなオーラを、俺は無言のまま体外に放射できる。ただし相手がJK以上だと、オーラ違いで交番に通報される。


 俺は、女児の触指の先に、ゆっくりと人差し指の先を伸ばした。

 異星人と地球人が友好を結ぶなら、これしかないだろう。

 まあ、あのスピルバーグ監督の[E.T.]本編に、それらしいシーンが存在しないのは有名な話だが、ポスターやチラシであれだけ煽っただけに、テーマとしてはドンピシャの絵面である。


 ――指先、ちょん。


 巨大異星女児の触指の先は、意外にもねばねばでもぬるぬるでもなく、猫の肉球のようにぷにぷにしていた。


 俺は女児の目を見つめ――正確には、たぶんあそこあたりに円らな瞳があるのではないかと思われる位置を見つめ、スピルバーグ流のキメ科白ぜりふを口にした。

「――ともだち」


 巨大異星女児は、嬉しそうに全身をふるふるさせて、こうつぶやいた。

「……ズッとも」

 AIのニュアンス解析が、いよいよ練れてきたようだ。


 周囲の巨大異星男児たちは、安堵したような顔で俺たちを眺めながら、互いにこくこくしあっている。

 そのとき俺は、そいつらが家出までして迷子のタマタマを探しにきた理由を、ほぼ推測できた。


 たぶんこの女児は、御近所の悪ガキどものアイドル的存在なのだろう。

 ヨグさんちの息子が、生まれたばかりのタマタマの子供たちを、町内一のかわいこちゃんに見せびらかす。

 で、「その三毛ちゃんが欲しい」とか言われて「じゃあ乳離れしたらあげるよ」とか約束したのに、うっかり旅先で迷子にしてしまう。

 かわいこちゃんにいいとこ見せたくて探しに出ようとしたら、「じゃあ私もいっしょに行く」とか言われて舞い上がったところに、それを聞きつけた近所の悪ガキ仲間が、やっぱりかわいこちゃんにいいとこ見せたくて、わらわら集まってくる――。


 まあ、まだ惚れた腫れたの自覚はなかろうが、おおかた、そんなところに違いなかった。


     *


 そうして無事に巨大異星児童たちを懐柔し、地球最後の日を回避した俺たちは、いったんヘリに戻り、巨大宇宙船のごてごてした出っ張りの陰に下降した。


 巨大宇宙船に堰き止められてむき出しになった河床、つまり昨日までユーフラテス河の続きだったところに、巨大児童たちと車座になって腰を据える。

 そこなら砂漠の強烈な陽光もしのげるし、ダム湖もどきの水面を渡ってきた風が、なんぼか冷えて下まで沈んでくる。

 MIB支部長によれば、クトゥルー星人は気温二〇〇度だろうが零下一〇〇度だろうがへっちゃらだが、快適な環境は地球人と大差ないらしい。


 ヘリ待機組も車座に加わっているから、地球側メンバーは、民間人代表が俺と暎子ちゃんとナディアちゃん、日本政府関係者は利蔵りくら内閣調査室長と富士崎元1等陸尉と田所巡査長と椎名巡査、プラスSRI職員の牧嗜郎、そしてロックチャイルド関係者は、クレガ中佐とフランス傭兵部隊の精鋭数名――。


 以上、全員いちいち列記したのは、さすがにここまで話が長くなってキャラも増えると、読者のみならず準主役の俺でさえ、今現在のシーンで行動を共にしているのが誰と誰だか、記憶が怪しくなるからだ。


 で、なんぼかクトゥルー社会やクトゥルー語に明るいMIB支部長を仲介者に立てて、巨大異星児童たちとゆっくり話したところ、家出に至った成り行きは、ほとんど俺が推測したとおりなのであった。


 唯一の問題は、迷子の三毛タマタマが、クトゥルー星とはずいぶん違った環境で育ってしまったためか、ずいぶん予想に反した、ぶっちゃけクトゥルー星では誰も欲しがらないタイプのイキモノに化けてしまったことである。

 タマタマのままなら、もちろん問題ない。

 キングシーサーも、どでかいブサカワ系のペットと見れば、欲しがる物好きがいないとも限らないらしい。


 しかし、猫耳娘モードだけは、

「まるで『ftgyふじこ』みたいだ――そうおっしゃっておりますな」

 超銀河レベルのAIさえ、地球語には翻訳できないイキモノに見えるらしい。


「どんなイキモノなんでしょう」

「ちょっと地球の生物学用語では表現できないんですが、まあ嫌悪感のニュアンスで言えば、ゴキブリとカマドウマの合いの子、そんな感じでしょうか」

 そ、それは確かに、見たくないかもしんない――。


「でも今の状態なら、タマタマと大差ないと思うんですが」

 隣の暎子ちゃんの膝で丸くなっているタマを、俺はぷらりんと抱え上げてみた。

「毛並みの色柄とか、ポスターのタマタマと同じじゃないですか」


 異星女児は、すざ、と男児たちの後ろに身を引き、おっかなびっくりタマを見下ろして、

「……ちょべりば」


「ものすごくいやだ――そうおっしゃっておりますな」

「なんとかわかります」


 なぜ厭なのかはよくわからないが、言葉の意味はわかる。

 もっとも、なぜ翻訳パターンが2チャン語からコギャル語にシフトしたのかは、やっぱりよくわからない。

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