8 熱砂の正調怪猫伝


 幸い、巨大聖獣が反撃に移る前に、なぜか異星児童たちは興味を失ったらしく、ヨグさんちの息子がにゅるにゅると、タマをこっちの岸に返してよこした。

「……こんgyみっとtないqぁwふじこlp、drfいらない……」


 翻訳機の性能がアップしたせいか、さっきよりは日本語成分が増えた気がするが、やはり大半は理解できない。


 クトゥルー語に慣れたMIB支部長が、しっかり通訳してくれた。

「『こんなみっともないイキモノはいらない』――そうおっしゃっておりますね」


 うわあ、と俺は戦慄した。

 それは、タマに対する最悪の禁句である。俺が言ったら、確実にバラされるだろう。


「……おい、タマ」

 俺は巨大聖獣タマの、どでかいなりに猫っぽい足の指を、ぽんぽんとたしなめて言った。

「どうか、ここは耐えてくれ」


 意外なことに、巨大聖獣タマは前足の指を、ちょんちょんちょん、と前後に振り、

「私も、ちょっと野放図に化けすぎました。この変身モードはボツにしましょう。私の内面的な美しさが、表現できていません」


 タマは、しゅるるるるん、とみるみる縮小して、例の高級女児巫女モードに変じ、

「――宝猫あまつにゃんさかえまさむこと、まさに天壌あめつちきわまりなかるべし!」

 厳かに例の祝詞のりとを唱え、前天冠から虹色の光芒を力いっぱい発しつつ、

「さあ、下賎のわらべどもよ! この貴き姿を、思うさま伏し拝みまくるがよい!」


 すると、やや暖色系の巨大異星児童が、なんじゃやら、とてつもない叫び声を発した。


 ゴキブリ嫌いの俺のお袋が突然ゴキブリに飛びつかれたときの声を、カセットテープに録音して十分の一でスロー再生したような、聞くもおぞましい音声おんじょうで、ぐわおおうぐわおおうと咆哮しつつ、他の寒色系巨大児童たちの背後に身を隠す。


 寒色系の連中も、光り輝く猫耳巫女の姿にかなりビビっているようだったが、例のヨグさんちの息子だけは果敢に身を乗り出し、やっぱりゴキブリ嫌いの俺の親父のように躊躇ちゅうちょなく足を上げ――たぶん足ではないかと思われる下半身のにょろにょろを振り上げ、力いっぱいタマを踏んづけた。


「あう」

 ぷち。


「わ!」

 俺は硬直、放心してしまった。


「ひ!」

「ひ!」

 暎子ちゃんとナディアちゃんも、硬直している。


『うわ!』

『おう!』

『ひえ!』

『どわ!』

『うげ!』

『げげ!』

 インカムの向こうでも、たぶん待機組全員が硬直している。


 揃って呆然自失している俺たちをよそに、ヨグんちの巨大息子は、地べたから足を上げて言った。

「qぁwせdrきったねーrftブキミgyh」


「『こんな不気味で汚らしいイキモノは、こうしてやる』――そうおっしゃっておりますね」

 MIB支部長が、律儀りちぎに通訳した。


 俺は、ぺしゃんこになった巫女装束に、あわてて駆け寄った。

「なんてことを……」


 タマは、もはや原形をとどめていなかった。

 その姿は、まるで、幹線道路を疾走する車列に無謀な猫勝負を仕掛け、あえなく敗北した猫煎餅ねこせんべい――。


 暎子ちゃんとナディアちゃんは、とうてい正視できずに、抱き合って目をそむけている。


 俺は、なかば砂礫にめりこんだ猫耳女児煎餅を、くれぐれもバラけたりしないよう、そっと抱き起こした。

「タマ……」


 まさかのバッド・エンド――。

 最終回で、ヒロイン死亡――。

 ――いつ終わるともしれぬアホな騒動に、ついに作者が飽きてしまったのか!?


 などと、俺が途方に暮れたと思ったら大間違いである。

 そもそも、俺を含めた全男性キャラが人煎餅になったとしても、この話の世界観において、女児と猫だけは死ぬはずがないのである。


 案の定、ぺしゃんこだった猫耳女児煎餅は、俺の腕の中で、むくむくと膨らみはじめた。

「ぐぬぬぬぬう……」


 それはもう、アニメの[トムとジェリー]で毎回ぺしゃんこになるトムのごとく、わずか数フレームで原形を取り戻し、

「……私を怒らせましたね」


 タマは俺の腕を振り払って、巨大異星児童たちを見上げ、すっくと立ち上がった。


「うぉくぉるぁせぇむぁあしたぬぅえぇえ~~~」


 これほどおぞましいタマの声は、専従下僕の俺でさえ、未だかつて聞いたことがない。


むえむおの見せて、くれようぞぅぉおぅぉ~~~」


 体は女児巫女のまま、その顔だけが、女児モードから人面猫モードに変貌する。

 前天冠がふっとんで、頭の三毛髪が鏡獅子のように、ぶわ、と伸長膨張する。

「ぬああ~ご!!」


「おお……」

 俺は猛烈に感動していた。

 思えば、せっかくモノホンの化け猫と寝食を共にしながら、これまで一度も正調怪猫モードを拝んでいなかったのである。


 ――こ、この凄絶な化けっぷりは、鈴木澄子さんや入江たか子さんを凌ぎ、もはや殿堂入りかもしんない――。


 タマは恨みの形相ものすごく、くいっ、と両の猫手を内向きに構え、

「命尽きるまで、でんぐりまくるがよい!!」


 おお、これは久々の『逆・猫じゃ猫じゃ』――。


 皆さんもうとっくにお忘れかもしれないが、かつてタマが二機のF―4戦闘機を撃墜したり、常磐ときわ老人をバク転させたりした、あの化け猫名物の大技である。


「くいっとな!」

 タマは両の猫手を、くい、と斜め上方にひねった。


 体長数十メートルの巨大異星児童たちが、ぽーん、とサッカーボールのように跳ね上がった。


「qあwせdrfうわあ!」

「wせdrftgぎゃあ!」

「drftgyふひええ!」


 数百メートルはあろう放物線を宙に描き、遙か彼方の乾いた大地を、ずっでんどう、と揺るがせたかと思えば、


「くいくいっ!」


 砂まみれのぐっちょんぐっちょんとなって、またぽーんとこっちに戻り、ダム湖もどきの水面に、どばざばと叩きつけられる。


「tgyふじこlきゃあ!」

「ふじこlqあpどええ!」

「こlpqあwせおおう!」


「まだまだですよ! あ、そ~れ、くいっ!」


 さらにイキオイを増して、再び宙へ――西の彼方に消えたかと思えば、また東の彼方へ――そんな壮絶なでんぐりがえしを思うさま繰り返すうち、


『ムッシュ・アラカワ、お願いがある』

 待機組のクレガ中佐から、インカムに連絡が入った。

『マドモワゼル・タマに、せめて見える範囲ででんぐりがえすよう頼んでくれないか』

「まさか人家に被害が?」

 このあたりは無人の荒野だが、ユーフラテスの下流には、集落も街もある。


『いや、丘向こうで待機中の後方部隊から連絡があった。特車数台と隊員が十数名、再起不能になったそうだ。幸い女の子たちに怪我はない』

「す、すみません……」

『作戦中に傷病兵が出るのは仕方ないが、もし一般市民を犠牲にしたら、こっちがテロリストになってしまう』


「おいタマ! 丘向こうまで飛ばすんじゃない!」

「にゃんころりん!」

 タマはノリノリで了解した。

「あ、そーれ、くくいのくいっ、くくいのくいっ」


 なにせ根が気まぐれな猫のこと、すでに怨念のカケラも窺えない陽気な声で、

「♪ あ く~~ぃ く~~ぃ く~らららった~~ ♪ くらくら くぃくぃく~~~ぃ ♪」

 故・植木等さんを彷彿とさせる、スチャラカ社員モードに突入しているのであった。

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