7 決戦! 南海っぽい大怪獣
異星児童は、十数メートルはあろう触手の先の、数メートルはあろう蝕指だかなんだかをイソギンチャクのように蠢かせ、問答無用でタマを絡めとった。
「あう」
猫型モードであれば、易々と捕獲されるタマではないのだが、とっさのことゆえ毛玉モードのまんま、あえなく悪ガキに手玉に取られてしまい、
「あうあう」
あまつさえ、ぐにぐにむにむにと自由変形させられたりもする。
「あうあうあう」
俺は、さすがにムカついてしまった。兵隊をバラすのはまだしも、俺んちの猫を虐待するのは許せない。
「おいこら、そこのぐちょんぐっちょん!」
俺は思わず怒鳴りつけた。
「藪から棒に何をしやがる、この
温厚な俺らしくないと首をひねるむきもあろうが、俺だって親父と同じ先祖代々の東京土人、売られた喧嘩は、迷わず買う
「ガキだからって勘弁しねえぞ、この
しかし巨大異星児童たちは、仲間が手元につまんできたタマタマを皆で覗きこみ、「qぁwせタマタマ」だの「drftgyタマタマ」だの、2チャン用語で何事か話し合うばかりである。
現在のスケール比だと、タマは観光客にいじくられる阿寒湖のマリモより非力であった。
「あうあうあうあう……」
俺は焦って、MIB支部長に訊ねた。
「この翻訳機、ほんとに汎銀河団仕様ですか? ちっとも話が通じてないんですけど」
「江戸っ子のべらんめえ口調は、控えたほうがいいですね。早口すぎて、同じ日本人にも通じないと思いますよ。古典的なスラングもいけません。デクノボウだのトウヘンボクだのコチトラだの、私だってピンとこないくらいですから」
MIB支部長は、あくまでのほほんと、
「それに、クトゥルーの言語は複雑すぎて、携帯用の小型翻訳機では解析しきれんのでしょう。大人の方々なら、それを見越してゆっくり丁寧に会話してくださるんですが、なにせ今日は、小学生のお子さんばっかりですからなあ」
「……先に言っといてくださいよ」
「お貸しした翻訳機を、無線で航宙機のメインフレームに繋げてみましょう。少々お待ちを――」
MIB支部長は、俺の翻訳機を、ぽちぽちといじくりはじめた。
「――はい、繋がりました。AIのレベルが違いますから、少しはマシになるはずです」
俺は、即座にメガホンを構えなおし、
「あ~あ~あ~~、てす、てす、てす。――んでもって、おまえらなあ!」
しかし時すでに遅く、三毛柄のマリモが、陰々滅々たる声を漏らした。
「おのれ、不届き者めら……」
鍋島の怪猫に、四谷のお岩様が取り憑いたような声であった。
「……目に物見せて、くれようぞぉ~~」
直後、タマタマのタマは、ぶわっ、と膨らんだ。
巨大猫モードに体形を変じつつ、かつてないほどぐんぐん膨らみ、異星児童の触手をめりめりと振りほどく。
「いった~よ!! しにはご~~!!」
サイズはすでにギザの大スフィンクスを凌ぎ、巨大異星児童とタイマンを張れそうなイキオイである。
「しにはご~~!! わじわじ~する!!」
タマがなんのつもりでいるんだか、もはや俺には見当がつかない。強いて言えば、直立歩行する巨大な唐獅子か。
インカムから、牧さんの感嘆が響いた。
『おお! これは古代琉球伝説に登場する聖獣、キングシーサー!』
なるほど、巨大化しきったタマの姿は、体毛が三毛で尻尾が二叉なのを除けば、猛々しい面構えといい、筋肉ムキムキの体躯といい、明らかにあの沖縄産大怪獣であった。
「……でも、あれって[ゴジラ対メカゴジラ]にしか出てこない、創作伝説ですよね」
牧さんは、俺のツッコミが耳に入らないのか、なんじゃやら女性っぽい裏声で、
『♪ わたしの~~ ♪ し~~さ~~~ ♪ 星の浜辺で待っている~の~~ ♪ し~~さ~~~ ♪』
あの映画の中で、古代琉球王家の末裔を演じる女性歌手が、伝説のキングシーサーを呼び起こすために歌った、[ミヤラビの祈り]である。
『♪ し~~さ~~~ ♪ 力強く~~ ♪ 青いコラ~ルを~~越えて~~~ ♪ し~~さ~~~ ♪』
基本シリアス・キャラの牧さんが、ここまで臆面もなくパロディーを繰り出すのは意外であったが、思い起こせば、テレビでは円谷プロの昭和特撮ドラマに好んで出演していた牧さんそっくりの俳優・岸田森さんも、ゴジラ映画に出演したのは、昭和四十九年の[ゴジラ対メカゴジラ]ただ一作なのであった。岸田森さんにそっくりな牧さんとしても、思い入れが格別なのだろう。
「……最終章だと思って、力いっぱいまっぴらいてますね、牧さん」
『はっはっは』
牧さんは上機嫌で、
『しかしタマちゃんは、何に化けても愛嬌があって、あんまり恐くないよねえ』
「それを言っちゃあ、おしまいです」
そもそも三毛である時点で、怪猫にも怪獣にも向いていない。
三毛柄のキングシーサーは、たくましい体躯をぶるんぶるんと震わせ、異星児童たちを威嚇した。
「わじわじ~する!! や~たっぴらかすよ!!」
推定沖縄弁の咆哮も、俺にはなんだかよくわからないが、幼い頃にボクシング中継で見た、全盛時の具志堅用高さんくらいの迫力があった。
しかし、遊星からの物体Xなみにぐっちょんぐっちょんでねばねばで、おまけにどでかいクトゥルーの暗黒神たちは、存在感そのものが桁外れである。
ヨグさんちの息子と思われる巨大児童が、今度は、数本の触手を一度に飛ばしてきた。
にゅるにゅるにゅるにゅる――。
その触手は、群れを成す大蛇のように、たちまちタマを絡めとった。
「あう」
ドドメ色の巨大息子は、三毛柄の大怪獣をマリモのように易々といじくり回しながら、悪童仲間に見せびらかしている。
「あうあう」
タマは逆さまにされたり、四肢を開かれたり、強制的にへそ天されてへそを突っつかれたり、されるがままだった。
「あうあうあう」
「だからなあ、おまえら!」
俺は、業を煮やして叫んだ。
「ちょっとは大人の言うことを聞け!!」
そのとき俺の右横から、殺気に満ちた声が響いた。
「お仕置きしましょう!」
いつの間に近づいたやら、暎子ちゃんが、ぎらりと光る
「猫イジメは、断じて許せません! 指の二三本も切り落とせば反省します!」
次いで左横から、別の声がかかった。
「猫はムスリムの最良の友です! ムハンマド様も猫を愛しておられました! あんな悪魔どもは、蜂の巣にしてやりましょう!」
見れば案の定、ナディアちゃんが地面に片膝をつき、アサルト・ライフルを構えている。
二人とも、SRI仕様の耐衝撃コートを羽織っているが、俺たちの黒い
「あ、いや、ちょい待ち」
俺は、ふたりをなだめながら言った。
「俺はどっちかっつーと、タマより、あいつらのほうが心配なんだけど……」
そうなのである。
百貫デブの俺でさえ、三毛猫モードのタマに勝てたことがない。出血多量で死にかけたこともある。
それほど
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