6 既知との遭遇
タマタマ・モードのタマと、俺とMIB支部長は、ダム湖もどきの
ダム湖もどきの水位は、まだ決壊するほどではないが、数時間後にはヤバそうな位置まで達している。
炎天下の砂礫の上は、熱いほどに暑い。
俺もMIB支部長も、念のためSRI謹製の
なるほど、こんな風土に生まれたら、生きること自体がすでに過酷な戦いなのかもしれないと、なにかとキレがちなISやボコ・ハラムの連中に、ほんのちょっと同情したくなったりもする。
*
数分も歩くと、宇宙船や異星児童のグロな細部が、克明に見えてきた。もっとも、相手がどでかいから、こちらにはそう見えるだけで、あちらはまだ、ちっぽけな俺たちの接近に気づいていない。
「じゃあ、例のあれ、貸してください」
俺がMIB支部長に言うと、
「にゃんころ――いえ、了解しました」
MIB支部長は、懐からカードのようなものを取り出し、俺に渡した。
初めて
「しかし『にゃんころりん』のほうが、なぜか気合いが入るんですよねえ。今後は『了解』イコール『にゃんころりん』、そんな符丁にしてはいかがでしょうか」
MIB支部長の提案に、横を転がっていたタマタマ・モードのタマが、我が意を得たり、と軽く弾んでみせた。
「にゃんころりん!」
「……じゃあ、そーゆーことにしましょうか」
俺も、あえて異議はない。個人的には気合いが抜ける気がするが、大切なのは仲間内の意気である。
「それでは――これより異星児童たちに接触を開始します!」
俺はタマやMIB支部長だけでなく、頭に着けたインカムにも、同時にそう告げた。
「にゃんころりん!」
「にゃんころりん!」
タマとMIB支部長に続いて、インカムから了解の声が返った。
『にゃんころりん!』
『にゃんころりん!』
『にゃんころりん!』
『にゃんころりん!』
『にゃんころりん!』
こちらの会話は、ヘリで待機しているメンバーにも、同時に伝わっているのである。
「……いや、そちらは別に、符丁を合わせなくともいいですから」
『了解!』
『了解!』
『了解!』
『了解!』
『にゃんころりん!』
ま、いいか――。
俺はカードのスイッチをポチっとして、事前にペンタゴンのデータから複写しておいた、ある3D画像を宙空に拡大投影した。
『ぼくんちの[タマタマ]を見つけたら――』云々の文字列と、三毛柄の子タマタマ画像――つまり異星児童が月面に送りつけた、手製3Dポスターそのものである。
歯磨きしていた異星児童たちの一匹がたちまち反応し、他の悪童仲間と、なにやらごにょごにょ相談しはじめるのが見えた。
ちょっと前の晩――まあ地中時間だと何百年も前の晩らしいが――に作った手製ポスターを、本人が見逃すはずもない。
「よし――それでは、主役登場!」
「にゃんころりん!」
タマタマのタマが、3Dポスターの横に、ふわりと浮かんでみせる。
とたんに、巨大宇宙船の水際に、どばどばと巨大な水柱が林立した。
巨大異星児童たちが、一斉に飛びこんだのである。
「よし、予想どおり!」
俺は、よしよし、とうなずいた。
しかし数瞬後には、正直、かなり焦ってしまった。
巨大な白波を立てて泳いでくるドドメ色の異星児童たちが、予想以上に速いのである。
まるで全長数十メートルの魚雷が、ふつうサイズの魚雷と同じ速度で突進してくるようだ。
「……ずいぶん泳ぎの達者な子供たちですね」
「ヨグさんちのご近所は、みんな親戚のダゴンさんに泳ぎを教わっておりますからなあ」
「なあるほど……」
ダゴンといえば、クトゥルー神話に登場する、半人半魚のどでかい海神である。元々水棲だから泳ぎは達者だろう。ちなみに旧約聖書のサムエル記あたりにも、ちょっとだけ出てきたりする。
「おお……」
どんどん近づいてくる数十メートルの異星児童たちは、さすがにド迫力であった。
「おおお……」
考えてみれば、ゴジラと同じくらいでかいのである。
「おおおおお……」
思わずビビっている俺を、インカムから牧さんが叱咤した。
『大丈夫だ、荒川君! シン・ゴジラに比べれば、半分の背丈じゃないか!』
さすがは特撮系に明るい、牧さんらしい指摘であった。
「でも、六匹まとめて突進ですよ……」
『六匹なんてかわいいもんじゃないか! [怪獣総進撃]を思い出せ!』
なるほど、元祖[怪奇大作戦]と同じ昭和四十三年に製作されたあのゴジラ映画なら、富士の裾野に集った大怪獣は、総計十一匹――。
六匹くらい、へっちゃらへっちゃら。
などと自分に言い聞かせても、昭和怪獣映画のプロレス中継的なカメラワークと違って、実際に地べたから仰ぎ見る巨大生物の迫力は、ハンパではない。
いざ目の前で、どざざざざなどと水しぶきを上げながら横一列に立ち上がられた日には、俺ほどの特撮おたくだって肝が冷える。
しかし――。
今、人類の未来は、俺の手に託されているのだ。
男の未来は別状、女性の未来だけは守らねばならぬ。
最悪でもJC以下の女児だけは、断固死守せねばならぬ。
俺は、滝のような水しぶきでびしょ濡れになりながらも、果敢に意を決し、巨大異星児童たちに向かって、携帯してきた秘密兵器を構えた。
「あ~あ~あ~~、てす、てす、てす――」
SRI謹製の超合金メガホン――象が踏んでも壊れない、スグレモノである。
「うっす! おはよう! いい天気だな!」
MIB支部長から借りた汎銀河団相互翻訳機も、ちゃんと連動しているはずだ。
「おまえら、みんなちゃんと眠れたか? 朝飯はこれからか?」
異星児童たちは首をかしげ、もとい首であろう部分をかしげ、お互いにごにょごにょと相談、もとい相談らしいごにょごにょ声を交わしはじめた。
「なかなか賢明なアプローチですね」
MIB支部長が言った。
「ご立派に見えても子供さんばかりですから、それくらい気安く話しかけたほうがいいでしょう」
そうなのである。ヤンチャなガキどもなんて犬コロと同じだから、下手に敬語は使わないほうがいい。
しかしMIB支部長は、続けてこう言った。
「でも、お子さんたち、まだ寝ても起きてもいないと思いますよ。たぶん家出してから、最初のお弁当を召し上がったくらいでしょう。なにせ私らとは、時間感覚が違いますから」
「……先に言ってくださいよ」
でもまあ、大勢に影響はないだろう。
俺はそのまま、異星児童への呼びかけを続けた。
「――で、おまえら、その三毛のタマタマを探してたんだろ? 実はちょっと前に俺が拾って、今は俺んちで飼ってんだけど――」
タマが空中から口を挟んだ。
「主従関係の認識を誤ると大バッテンですよ、太郎」
「いや、あっちに話を合わせてるだけだから」
「しかし私にも、猫としてのプライドが」
「伊勢海老食い放題に、
「同じ伊勢湾産なら、真鯛がマルです」
などと、こっちの会話に気を取られている隙に、
「ふじこlpタマタマqぁwせ――」
巨大異星児童の一匹がそう言って、ぬぼ、と触手だか蝕足だかを、いきなり突き伸ばしてきた。
「qぁwせdrftタマタマgyふじこlp――」
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