5 美しき星の愚かなる世界


 やがて、遙か前方に、ユーフラテスの流れと、その先にある不自然なダム湖もどきが見えてきた。


 ダム湖もどきの端っこでは、どでかい水柱が、ばしゃばしゃと跳ね上がっている。

 異星児童たちがもう起き出しているのか、あるいは巨大宇宙船がなんらかの動きを始めているのか、残念ながら俺の目には見えない。


 タマが、心底いやあな顔で言った。

「見れば見るほど、でろんでろんでぐっちょんぐっちょんなイキモノたちですねえ」


 同乗しているクレガ中佐が、ものすごくいやそうな顔でうなずいた。

 ナディアちゃんも、かなりコタえている感じである。


 俺は、MIB支部長に訊ねた。

「俺たちにも、なんとか見えるようになりませんかね」

「あちらさんが量子迷彩を解かないかぎりは、無理でしょうなあ。そもそも私らとは、基礎技術が桁違いですから」


 すると、タマがしゃしゃり出て、

「任せなさい。宝猫あまつにゃんの神威を侮ってはバッテンですよ」

 なんじゃやら自身たっぷりに、頭の前天冠を両手で支え、

「――外道照身霊波光線!」


 古い。古いぞタマ。そんなマイナーな昭和特撮番組は、俺の親父だって覚えてないと思うぞ――。


 呆れる俺を尻目に、タマは前天冠から、まばゆい緑色の怪光線を発した。

 作画合成ミエミエの平面的な怪光線が、ビリビリバリバリと、彼方の水際まで達する。

 タマは、声高にキメ科白を発した。

「汝の正体みたり、前世魔人!」


 ここで元ネタの[光の戦士 ダイヤモンド・アイ]だと、霊波光線を浴びた悪役俳優が、予算数万円程度と思われるゲテゲテの着ぐるみ魔人と化して「うぅ~、ばぁれたかぁ~~~」と見得を切るところなのだが、


「おお……」

「これは……」


 さすがは予算制限なしのテキスト世界、ハリウッド超大作なみにリアルな巨大宇宙船や異星児童たちが、俺たち不信心組の視界にも、しっかり浮かび上がるのであった。


 どこの星も子供は早起きと見え、河を堰き止めている超巨大宇宙船のげてげてした水際あたりに、巨大児童たちが数匹きちんと横一列に並び、顔を洗ったり歯を磨いたりしている。


 より正確に言えば、たぶんあそこらへんが顔で、あのぬるぬるしたドドメ色のべたべた物件がタオルで、あのなんだかよくわからないぐにょぐにょした器官が口吻で、地球のいかなる器具にも似ていない巨大なあの異物が歯ブラシなのではないか――そんな感じで、ばちゃんばちゃんでろんでろんと水面を揺らしている。


「……けっこうしつけのいい子供たちじゃないですか」

 俺は、感心して言った。

「俺が子供の頃の林間学校なんぞに比べたら、立派なもんですよ」


 MIB支部長も、こくこくとうなずき、

「そりゃもう、いいとこの坊ちゃんばかりですからなあ。でも、あんまり近づかないほうが無難ですね。ヤブ蚊なんぞに間違えられて、はたかれたら大変です」


     *


 MIB支部長の助言に従い、俺たちのヘリは、彼らから数百メートル離れた、小高い河岸に着陸した。


 小型戦闘ヘリはいざしらず、輸送用中型ヘリだと、どでかい異星児童から見ても、さすがにヤブ蚊ではなくカブトムシくらいの存在感があるらしく、みんな、こちらに気づいて指さしたりしている。

 もとい、百本の手の一部をこちらに向け、その先にあるイソギンチャク状の指らしい器官を、ぐにょぐにょと蠢かせている。


 俺はタマに言った。

「よし、[ミケのタマ]発動!」

「にゃんころりん!」


 タマは、その場ででんぐりがえり、例の三毛柄のケサランパサラン、もとい異星人のペットである子タマタマに変身した。


 俺はMIB支部長に言った。

「それでは、よろしくお願いします」


 彼にも超銀河団の関係者として、同行してもらうことになっている。

 つまり、異星児童たちが探している子タマタマ本人(?)と、それを地球で拾った俺と、異星児童の親から正式に子タマタマ捜索依頼を受けた超銀河ペット探偵――以上、まずは最低限のトリオで、交渉の先陣を切るのである。


 MIB支部長は、いつもののほほん顔を、ちょっと職業人らしく引き締めてうなずいた。

「にゃんころりん!」

「いや、それはあくまでタマ語なので、公的には使用しないほうが」

「了解!」


 俺はヘリに残る面々に、気合いを入れて敬礼した。

「それでは、行って参ります!」


 クレガ中佐や富士崎さん、そして公僕コンビと利蔵りくら室長が、びしっと敬礼を返してくれる。

 牧さんは、や、と軽く手を上げて、それでもいつになく力のこもった目線をくれる。


 ナディアちゃんは、自慢のアサルト・ライフルを掲げ――と思ったら、スリムな黒衣のいったいどこに隠していたものやら、さらにとてつもない重火器を掲げ、

「後方支援は、お任せください!」


「えーと、それって、もしかして……」

「スティンガー・ミサイルです」

 ああ、やっぱり――。

「局地戦用の超小型核弾頭を装備しておりますから、あの程度の宇宙船なら、跡形もなく木っ端微塵にできます」


 公僕コンビが、たらありと冷や汗を流しながら、

「そんなシロモノが、なぜここに……」


 しかし、俺と公僕コンビ以外の面々は、なぜか驚きもせず、

「それも、親しい賢者ウラマーから借りたのかい?」

 クレガ中佐が、軽くナディアちゃんに訊ねた。

「はい。敗走したISのアジトに残されていたと」

「――ちょっと、見せてもらえるかな?」


 クレガ中佐は、ミサイルそのものや、発射筒前方のグリップ・ストックをあらため、

「――弾頭は、おそらく旧ソ連が廃棄した過去の遺物だ。冷戦時代にアメリカが開発した核砲弾に似ている。しかし、発射筒は北朝鮮製――。

 残念ながら、使用は却下だ。どこに飛んでくか、わかったもんじゃない。悪いが、こちらで預からせていただこう」


 ナディアちゃんは、残念そうにうなだれた。

 俺は、たらりたらりと冷や汗を流しながら、

「どこ製以前に、どうしてそんなシロモノをISが……」


 ミリタリー組やポリティカル組はさすがに返答を渋っているが、民間人の牧さんは、平然と言った。

「ミリオタとも親しい荒川君なら、わかってるんじゃないのかい? この程度の代物なら、今どきテロリストだってヤミで買えるさ」


 同じ地球人として忸怩じくじたる思いだが、金のためなら親の首さえひねる今日日きょうびの地球、需要のあるところに、供給は必ずあるのだ。それがお守りであれ、大量破壊兵器であれ。


 この星が、こんな愚かな星であることに消沈しつつ、俺は、けなげに口を結んでじっと俺を見つめている暎子ちゃんに、これから死地に赴く夫として、万感の思いをこめて別れを告げた。


「……じゃあ、行ってくる」

 ああ、汚れなき処女妻よ、僕は君のためにこそ死ににゆく――。


「……はい」

 暎子ちゃんは、うるうると潤んだ瞳で、こくりと頭を下げた。


 それでもさすがは俺の正妻、「君死にたまうことなかれ」と与謝野晶子の詩句を消え入るような声でつぶやくと、次の瞬間には、きっ、とまなじりを決し、

「もしものときには、私も太郎さんに殉じて、護国の神風と化します!」

 愛用の猫ポシェットから、いつもの柳刃をするりと引き抜き、高々と掲げる。


 俺は、あえてゆっくりとかぶりを振り、

「いや、君には、しっかり銃後を守ってほしい。俺はきっと生きて帰る。戦いが終わった平和な世界で、身も心も君と結ばれ、子供たちを産み育て、この星の未来を築くために……」

「……その言葉を信じて、お待ちします」


 熱い眼差しを交わす俺たちに――もとい俺だけの耳に、田所巡査長が口を寄せて言った。

「心は結んでもいいけど、身を結んだら現行犯逮捕だからね」


 ああ、死地に赴く兵士にすら、かくも非情な全年齢対象世界――。

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