最終章 猫 天にしろしめし すべて世は 猫じゃらし
1 信ずれど神に背きて
根っからの職業軍人であるクレガ中佐が、なぜそこまで信心を極めているのか、俺には
しかしクレガ中佐は、なんの
「ああ。私は今でこそフランスを拠点にしているが、生まれはドイツの片田舎、それもコテコテのメノニトの村だからね。物心ついたときから、村の空には神がいた。当然、今もいるはずだ」
「メノニト?」
「古くからあるキリスト教の一教派だよ。世界的には、メノナイトと呼ぶほうが一般的かな」
「ああ、それなら確か、日本にもお仲間がいますよ」
メノナイトの信者は、教義があまりに敬虔かつ厳格すぎるためか、全世界で二十二億人を超えるクリスチャンの内、わずか百五十万人にすぎない。日本にもきっちり信者がいるのだが、少数派すぎてマスコミなどではほとんど取り上げられないから、まず無名と言っていいだろう。
むしろ、メノナイトから派生したアーミッシュのほうが、アメリカ映画を通して、知名度が高いかもしれない。
たとえば、ハリソン・フォードが主演した映画[刑事ジョン・ブック 目撃者]の主な舞台となる鄙びた農村、あれがアーミッシュの村である。
聖書以外の書物はことごとく禁忌とし、アメリカ入植時代の生活様式を断固として守り、電化製品も自動車も一切拒否して、自給自足の農耕牧畜生活を送り続けている。
他の好戦的なカルト宗教とは違い、徹底して平和と非暴力を重んじるから、村の中では、ちょっとした喧嘩さえ許されない。米軍の兵役に出るなんぞ、無論、もってのほかである。
今どきのクリスチャンの中で、そんな生き方は過去の遺物なのだろうが、おたくのたしなみとして旧約聖書にも新約聖書にもざっと目を通した俺から見れば、メノナイトやアーミッシュのほうが、クリスチャンとしては明らかに正しい。
そもそも聖書の根本的理念を守るなら、相手が異教徒だろうが極悪人だろうがテロリストだろうが、たとえ殺されても殺してはいけないし、殴られても殴り返してはいけないはずなのだ。
「無論、今の私は神の教えに背いているが、それはあくまで、私から神と縁を切っただけのことだ」
クレガ中佐は言った。
「私が十四歳の頃、
逃げた男はじきに都会で逮捕されたが、隣家の家族は、彼を許した。寝たきりの娘自身も、裁判所に減刑嘆願の手紙を出した。それが神の教えだったからね。
しかし――私はどうしても、その男が許せなかった。
ひとり村を捨てて都会に移り住み、無頼の徒に紛れて暴力の腕を磨き、数年後に出所したその男を、秘かにあの世に送ってやった。
あとは糸の切れた凧のように、あちこち流浪の末、フランス外人部隊へ――」
クレガ中佐は、あくまで淡々と、
「信念によって堕天した天使は悪魔と呼ばれるが、残念ながらこの下界には、地獄の悪魔でなければ実現できない正義も確実にある。といって私が、神や天使を忘れたわけではない。
両親や幼馴染みの住む、懐かしい生まれ故郷には二度と戻れないにしろ、その両親や幼馴染みがいなければ、私は今の私として存在できなかった。ならば神や天使もまた――そうだろう?」
「……そうですね」
うなずいてはみたものの、唯一神を巡っての宗教観や人生観は、俺の江戸前の脳味噌では、理解しきれないのである。
神といえば神、仏といえば仏――それは信じる者の心ひとつ。
ならば今の俺は、女児と猫に仕えるまでだ。
*
で、せっかくの最終章だし、どうやら大長編スペシャル枠に延長しそうだし、本来なら、ここでフランス外人部隊VSイスラム原理主義過激派連合軍の戦闘を、
合議の結果、武闘派の富士崎さんだけがクレガ中佐の戦闘指揮車に同乗し、残りの俺たちとムスリムの女学生たちは、航宙機で待機することになった。
ちなみに去勢済みのボコ・ハラムの手下たちは、全員、外人部隊に同行する。
前頭葉白質の一部をナニすると、「爆弾かかえて戦車の下に飛びこめ!」とか「完全武装の敵兵に竹槍一本で突撃しろ!」とか、何を命令しても明るく笑いながら総員玉砕してくれるので、捨て駒には最適なのである。
まあ、俺も丸っきりの馬鹿ではないから、ボコ・ハラムの手下の中にだって、戦火と極貧の中でなんとか生きのびるために、偽りの聖戦に身を投じるしかなかった純朴な少年がいたであろうことは想像できる。
しかし、神が女児迫害を許すなどという虚妄に
自覚のない悪魔は、もとより堕天使ではないし、すでに人でもない。
*
そんな悪魔連中に拉致されたものの、幸い身体的な迫害を受ける前に救出された少女たちは、こちらに呼ばれて近づいてくるときも、まだずいぶんやつれた様子であった。
しかし、航宙機と俺たちの姿を見ると、彼女らは一転、無邪気な歓声をあげた。
「ネコバスだわ!」
彼女らも皆、量子迷彩航宙機を視認できるのだった。
あの国の学校の中でも、とくに敬虔なムスリム教育専門の女子中学校から、拉致されたらしいのである。
「トトロもいるわよ!」
「似てるけど……ちょっと、ちがうみたい」
「じゃあ、あのでっかくてまるまっこい、ぶよぶよしたイキモノは?」
「トトロじゃなくて……スモウのタロウよ!」
「うわあ、ヨコズナ・タロウ?」
「エイコちゃんもいるし!」
「じゃあ、あのモエミコさんは?」
「ネコムスメのタマちゃんよ!」
ちなみにジブリ作品は、あちらの国でも評価が高い。
また巫女装束も、種々のアニメを通して人気がある。
さらに、ちゃんとした家や学校にはネット環境が整っているから、ハリウッド映画[Cat Got Your Tongue ?]、すなわち[たまたまタマ]の流出映像も、草の根レベルで広まっているのだ。
ただし、なぜかあちらのネット界隈だと、俺は『スモウのタロウ』とか『ヨコズナ・タロウ』とか、妙な二つ名をくっつけられているらしかった。
まあ、クール・ジャパンに属する超アンコ型キャラといえば、どうしてもニンジャやサムライではなく、スモウ・レスラーになってしまうのだろう。
少女たちは大喜びで、俺たちといっしょに航宙機に乗りこんだ。
「すごい、本物のネコミミよ!」
「ネコマタのシッポも、ちゃんと生えてる!」
絵に描いたような猫耳巫女は、クール・ジャパンのド直球だから、やはり一番人気である。
「あー、これこれ皆の衆、なんぼ私が美しいからと言って、そんなに耳や尻尾をなでくりまわしてはバッテンですよ」
タマは少女たちにわらわらとたかられながら、まんざらでもない顔で、
「なでくりまわすのは顎の下、それから後ろ頭がハナマルです。なお、不用意に鼻の頭を押すと、自動的に猫パンチが繰り出されますので、皆様くれぐれも御注意ください」
暎子ちゃんの人気もタマに負けず劣らず、わらわらとサイン攻めに合い、
「『シャーキラちゃんへ』って入れてください!」
「あたしは『ラウダちゃんへ』!」
「えーと、日本の字でいいですか?」
上から下に漢字や仮名を書くだけで、「すごい!」とか「美しい!」とか大袈裟に驚嘆され、嬉しそうに恥ずかしがっている。
横にいる俺は、残念ながらハブられているみたいだが、あちらは基本的に男女席を同じゅうせずのお国柄、中学以上は男女共学も禁止されているくらいだから仕方がない。
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