10 砂漠の干物・日本の干物


 クレガ中佐は、利蔵りくら室長に言った。

「実は、間もなく日本で次の作戦に入るのですが、ロックチャイルド氏から話がありましたら、そちらにも、よろしく協力をお願いします」


 利蔵室長のみならず、全員が顔色を変えた。

「まさか日本にも、そんな極悪非道な児童虐待組織が?」


「組織そのものではありませんが、イヴァニコフの顧客名簿に、日本人も五十名以上、登録されておりました。その内数名は、今回のスナッフ動画企画にも、予約を入れておりました。USドルで百万、一括前払いです」


「百万ドル……」

 俺たちは呆気にとられた。

 このところのレートだと、一億一千万円前後、極悪非道の鬼畜動画に投資したことになる。


「……よろしかったら、その数名の情報を、教えていただけますか?」

 利蔵室長の問いに、クレガ中佐は、

「あなたも立場上、知っておいたほうがいいでしょう。ただし今の段階では、あくまで口頭のみですが」

「それで結構です」


 クレガ中佐が、利蔵室長にこそこそと耳打ちすると、クールな利蔵室長の頬が、別人のように禍々まがまがしく引きつった。

「あの死に損ないどもが……」

 そう言うからには、名前に心当たりがあったのだろう。

 こっそり一億円以上も、ポケットマネーから出せる人物――もしかしたら、いわゆる上級国民なのかもしれない。それも最上級レベルの。


「……その者たちの処理は、私どもに任せていただけませんか?」

 利蔵室長は、奇妙なほど事務的に言った。

「時間さえいただければ、確実に処理いたします」

 明らかに、殺しのライセンスを行使する直前の、ジェームズ・ボンドの顔であった。


 しかし、クレガ中佐は、

「秘かに消されても、意味がありません。あくまで全世界に広がるイヴァニコフ・コネクションと、関連組織への見せしめですから」


「なるほど……」

 ここまで沈痛な面持ちの利蔵室長を見るのは、俺も初めてだった。

「つまり……生皮を剥いで砂漠に吊す……それに相当する一目瞭然の見せしめを、どうしても日本国内で実行されると?」


「はい」

 クレガ中佐は、あくまで冷徹に、

「それがロックチャイルド氏の意志ですから」


「あー、これこれ、クレガちゃん」

 タマが、クレガ中佐の肩をぽんぽんと叩いた。

「な、なにかな?」

 ぎくりとこわばるクレガ中佐に、タマは赤いジト目を光らせ、

「なんじゃやら、また食べ物を粗末にするつもりですね。そんな大バッテンをしたら、クレガちゃんは、マジに私のキャット・フードと化しますよ」

「……はい」

「今度、ヒトの干物をこさえたら、即刻、私に献上しなさい」

「個人的に、そうしたいのは山々なんだけど……」


「――それで行こう!」

 利蔵室長が、ぽん、と手を打った。

「そうしましょう、クレガ中佐! 別に、人前で大っぴらに吊さなくともいいじゃないですか。

 私が責任をもって、あの老害連中を内閣府の地下にあるに呼び寄せますから、ひとり残らず、タマちゃんに躍り食いにしてもらいましょう!

 その食事風景を動画にして、イヴァニコフ・コネクションの連中に送りつければ、立派な見せしめになるじゃないですか!」


「ああ……でも、そこいらへんのとこは、ちょっとロックチャイルド氏に相談してからでないと……」

 それにはタマが反論した。

「そんな相談は無用です! ロックちゃんがなんと言おうと、ヒトの干物は、私が骨までしゃぶるのです!」

「……え、えと、タマちゃん。なんで君は干物の話をしながら、私のフトモモや二の腕ばかり、しげしげと見つめているのかな?」


 と、ゆーよーな三人、もとい二人と一匹の会話はちょっとこっちに置いといて、

「皆さん、そろそろ今夜の仕事の話に移りませんか」

 牧さんが、月影に浮かぶ一株の白菜のように、淡々と言った。

「今のペースで横道に逸れていると、次の最終回を二時間スペシャル枠に拡大しても、話が終わりませんよ」

 いかにも連続特撮ドラマのレギュラーらしい忖度であった。


     *


 さて、ここで武田薬品のCMが何本か流れたわけではないのだが、クレガ中佐は、直前のシーンとは別人のように、渋くて硬いエクスペンダブルズ顔に戻り、


「――NATOの偵察衛星によれば、現在、ISを中心にした過激派の大隊が、この地点の数キロ西を、例のに向かって進軍しています。

 このまま進めば小一時間で、こちらの攻撃に適した地形に達しますから、異星児童対策の邪魔にならないよう、先に叩いてしまいましょう」


「私らの邪魔とか以前に、地球の皆さんが明日の朝日を拝むためにも、そのほうがいいですね」

 MIB支部長が言った。

「ISやらハマスやらの方々は、私も昔から存じ上げておりますが、どうもアメちゃん以上に気が短い。

 万一、あのお子さんたちに大砲でも撃った日には、戦争ごっこのノリで、パンパン撃ち返されますよ。

 まあ、あちらの星では、駄菓子屋の銀玉鉄砲みたいなもんですけど」


 俺は、その威力を以前にも聞いた気がして、

「確か、キングギドラを一発で仕留めるんですよね」

 すると牧さんが、ふるふるとかぶりを振り、

「いや、スタンピードしてくる数百頭のキングギドラを、一発で木っ端微塵にできるんだ」

 俺は自分のハンパな記憶力を恥じた。

 いや、問題はそこではない。


 牧さんは続けて言った。

「キングギドラは現物を解剖したことがないから未知数だが、あの子たちが着陸前に、米軍の軍事衛星を瞬時に粉塵レベルまで破砕したエネルギーを考えると――」

 牧さんは、しばし脳内でなんかいろいろ暗算し、

「六人一度に撃ったら、最悪、周囲一万キロは焦土と化すね」


「一万キロ……」

 俺がピンとこないでいると、世界の地勢に明るい利蔵室長が教えてくれた。

「半径五千キロなら、日本は余裕で圏外だ」

「それは良かった」

「ユーラシア大陸は半分近く焼けるかな。アフリカ大陸も三分の二は焼ける」

「……良くないかも」


 クレガ中佐が、MIB支部長に訊ねた。

「念のためお伺いしますが、そのジブリのような宇宙船で、上空から攻撃できませんか?」

「残念ながら、不可能です。そもそも航行中は、扉も窓も開きません。うちの銀河は、車や航宙機の安全基準にやかましいもんで」


 そんな会話を聞きながら、俺は、ふと疑問を抱いた。

 航宙機本体は、量子迷彩を解除していない。

 つまり、今はMIB支部長とタマにしか、見えていないはずなのである。


「クレガさんは見えるんですか? 猫バスとか、あっちの巨大児童たちとか」





  〈 第12章 【 月の砂漠へあたふたと 】 終〉



      〈 最終章 【 猫 天にしろしめし

            すべて世は 猫じゃらし 】に続く〉

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