9 タヌキ式鬼畜粛清法


 牧さんと公僕コンビと暎子ちゃんも、あの事件後にクレガ中佐とは何度か顔を合わせており、和やかに挨拶を交わす。


 初対面の利蔵りくら室長やMIB支部長を、クレガ中佐に紹介した後、富士崎さんが言った。

「しかし、到着が早かったですね。元々この近辺にいらっしゃったんですか?」

「先月から、ボコ・ハラムがらみの作戦でナイジェリアに侵攻していたんだ」


「ほう。でも西アフリカからこちらでは、ずいぶん距離があるじゃないですか。それにロックチャイルド氏が、ナイジェリア紛争に介入していたとは初耳です」

「そうじゃない。あくまで夏の作戦の延長だよ」

 クレガ中佐は、俺に目配せし、

「つまり、アラカワ君が始めた、鬼畜掃討戦の続きだな」


「へ? 俺の?」

「ああ。君がクールマイユールで確保したあのサーバーから、最優先で掃討すべき児童虐待組織のデータが回収されてね。

 直接の関係者は数十名程度だが、数百名のボコ・ハラムに紛れていたので、こんな大掛かりな布陣になった」


 よほどの大鬼畜集団が見つかったらしいので、

「それはまた、どんな……」

「お嬢さん方のいる場では、いささか口にしにくいんだが」

 クレガ中佐が言い淀むと、

「平気です」

 暎子ちゃんが、きっぱりと言った。

「少女の敵は太郎さんの敵、そして私の敵です。敵を知り己を知れば百戦あやうからず――佐木隆三さんの[宮崎勤裁判]とか、コリン・ウィルソンの[殺人百科]とか、参考のために色々読みました」


 おお、なにかと大人なみの読書量を誇る、超いいんちょ系の暎子ちゃんではあるが、まさか、あんな鬼畜ズブドロのノン・フィクションまで読んでいるとは――。

 将来の夫としては、ちょっと色々読み過ぎなんじゃないかなあ、と思いつつ、あえて、それを咎めるつもりもない。

 当節、女児の心身を守るのに、綺麗事ではらちかない。悲しいかな、女児自身にだって、具体的な脅威の存在――人の皮を被った鬼畜の実在は、きちんと知らしめねばならぬ。

 その上で、良識的な大人が穏健に慈しみ、俺たち道徳的な変質者が、身を挺して護りぬくのだ。


「ならば言おう。――ボコ・ハラムの一派が資金調達のために、イヴァニコフから児童スナッフ動画を受注していた」

 俺のはらわたが、瞬時に煮えくりかえった。

「ツブしましょう!」


 娯楽目的で殺人現場の映像を残すなど、正気の沙汰ではない。

 まして無辜むこの女子供を対象にする糞袋など、生きたまま石臼いしうすきにしてもあきたらない。


「ひとり残らずミンチにして、タマの餌にしましょう!」

「アカミのタルタル・ステーキなら、1トンでも2トンでも!」

 タマも、やる気満々である。


「いや、もう済んだ。拉致されていた子供たちも、撮影開始前に、残らず救出したよ」

 クレガ中佐は余裕で笑い、

「加担していた連中の内、特に悪質な中心メンバー五十名は、全身の生皮を剥いで、炎天下の砂漠に吊してきた。

 そうした非道な外貨獲得手段に目をつぶっていた部隊員も、おおむね二百名、ひとり残らずその場で去勢した」


 去勢、つまりキンタ●をえぐり取ってやったわけである。

 俺の溜飲は大いに下がったが、タマは憤然として、

「ヒトの干物を砂漠に捨ててくるとは、なんたる大バッテン! 食べ物を粗末にするような不心得者は、私が食べ物にしますよ!」


 うわ、その赤いジト目は、すっげー恐いからやめて――。

 クレガ中佐は、たじたじと腰を引きつつ、

「いやいや、他の鬼畜どもへの見せしめのためだよ。あれらの姿を見れば、今後はどんな鬼畜も身を慎むだろう。

 ただ、子供たちの拉致に関与した別の部隊が、すでにシリアのISに合流していてね。我々もそれを追ってシリアに進軍し、最後の始末をつけていたわけだ」


 富士崎さんと利蔵室長が、事態を飲みこんでうなずいた。

「なるほど、それで、すぐにこちらに」

「ああ。ここから少し北の国境付近で、仕事を終えたばかりだ。だから、シリア側で保護した女学生たちも、この大隊に同行している」


 そう言われて、俺たちが部隊後方の幌つきキャタピラートラックを遠望すると、ヒジャブを被ったムスリムの少女たちが、十数人ほど車を降りて、移動中に凝った体をほぐしはじめていた。


 その少女たちにぺこぺことかしずき、飲み物を勧めたりしている数人の男を見て、俺は一瞬、しゃっちょこばった。

 どう見ても、ニート生活中にネット動画で出回っていた、ボコ・ハラムの野戦服姿である。


「あいつら……」

「心配無用。去勢済みの小者たちだから」

「でも、元気に動き回ってるじゃないですか」


 キン●マをナニされたばかりの連中が、ふつうに歩き回っているのはおかしい。

 また、なんぼ反省したとしても、あの手の狂信的男尊女卑主義者たちが、いきなり女児に奉仕しているのは、さらにおかしい。


 クレガ中佐は、ちょっと邪悪なニタリ顔で言った。

「ロックチャイルド傘下の医療機器メーカーが、我々の掃討戦のために、こんなスグレモノを開発してくれたんだ」

 部下の兵士に顎で促すと、兵士は、たすき掛けにした雑嚢ざつのうからなんじゃやら奇妙な器具を取り出し、クレガ中佐に手渡した。

 樹脂と金属のハイブリッド素材でできた、硬質の股間プロテクター――一口に言えば、そんな感じの器具である。


「あと、これも併用する」

 そっちはぱっと見、フーテンの寅さんが、第一作[男はつらいよ]で商っていた昭和レトロなエジソンバンド、そんな感じだった。

 ちなみにエジソンバンドとは、頭に巻くだけでなぜか脳味噌が活性化するという、ゴムと金物でできたイカモノ商品である。

「どちらも、タヌキ氏の鬼畜粛正例を参考に設計されたものだ」


 田貫老人の鬼畜粛正例――。


 俺は、青年時代の田貫たぬきさんを知っている古参のロリおたから聞いた、歌舞伎町界隈での武勇伝を思い起こした。

 酒場で東南アジア児童買春ツアーの自慢話をしていたウスラハゲたちのキ●タマを、一升瓶で叩き潰した話である。


 無論、それだけで鬼畜の去勢は完遂できない。

 詳細を述べれば、●ンタマだけでなくサオのほうも、きっちりズボンから引っ張り出してテーブルの上に並べ、二玉一竿、まとめて叩き潰したのである。

 事情が事情だけにウスラハゲたちは告訴を望まず、外傷の治癒後は、おとなしく歌舞伎町から新宿二丁目に河岸かしを変えたと聞く。


 中には逆恨みでストーカーと化し、夜道で田貫青年を襲撃してきた奴もいたらしいが、道端に落ちていたコンクリ・ブロックで優しく額のあたりをがっつんがっつん愛撫してやったら、以後は、笑顔の絶えない無害な人格に変わったという。


 クレガ中佐は、それぞれの器具をいじりながら、

「こっちをここに、こう、ブリーフみたいに装着して、こっちは、こう頭に巻くんだ。

 すると、内蔵された超小型スキャナーとダヴィンチロボットがAIに連動し、睾丸内の精巣と陰茎内の海綿体、それから脳の前頭葉白質の一部を、瞬時に分離・溶解・吸引してくれる。出血や痛みはまったくない。実に合理的かつ人道的な去勢法じゃないか。

 末端の手下などは、これで立派に廃物利用できる」


「俺としちゃ、手下にも、三日三晩は泡を吹いて、のたうち回ってほしいんですけど」

「数に限りがないし、手間もかかりすぎる。掃討すべき児童虐待組織は、他にも世界中にあるからね」


 なるほど確かに、断罪はあくまで手段であり、目的は被害の撲滅なのであった。

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