10 殴りこみヤンキー大統領


 近頃の映画のエンド・クレジットみたいに、関係者ほぼ全員が顔を揃えているのだから、話は早い。

 いや、エンド・クレジットなみにだらだらと話が続いたりして、そう早くもないのだが、タマがらみの事態の全体像は、きっちりまとまってくる。


     *


 アポロ11号が発見したという、宇宙からのメッセージ物件を見ると、MIB支部長はあっさり断言した。

「大筋の解釈は、それで合っております。しかし一部の単語の解釈が、かなりズレておりますな。

 シュメール語とやらはともかく、このメッセージを見る限り、『神』ではなく『家長』、あるいは『家族』そのものを誇らしげに語る際の言葉に過ぎません。

 かてて加えて、そもそもこの文字は、明らかに子供の字です。小学生の殴り書き、そんなレベルでしょう」


「……子供の字?」

 モリタ氏が唸るように言った。

「と、ゆーことは……」


「はい。――『ぼくんちの[タマタマ]を見つけたら、ちゃんとだいじにしてやってください。そしたら、ぼくんちのパパが、たくさんお礼をあげます。でも、もしいじめたりしたら、ぼくんちのパパが、ものすごいしかえしをしてやるからな』――まあ、そんなところですかな」

 MIB支部長は、あくまでのほほんと、

「たぶん先様の坊ちゃんが、あわてて作った迷子捜しのポスターを、こっち方面にバラまいたんでしょう。探せば、あっちこっちで見つかると思いますよ」


「しかし内蔵していた推進装置は、明らかに、ある種の常温核融合機関を使って……」

「あちら様くらいの星になると、子供の玩具でも、その手の動力をへっちゃらで使ってます。むしろ玩具こそ、科学文明のバロメーターでしょう。

 この星だって、前世紀の後半あたりから、玩具の車がビュンビュン走りだしましたし、今じゃカトンボみたいなヘリまで飛んでる。

 その月面の機械だって、まあ、地球ならチョロQ程度のもんですよ」


 確かにチョロQだって、核融合仕掛けのゼンマイを使えば、銀河団くらい走破できそうだ。


「しかし、なぜその星の言語と、古代シュメール語に、そんな類似点が……」

 モリタ氏が首を傾げると、

「そんなの簡単でしょ」

 なぜか丹下さんが口を挟んだ。

「シュメール神話の天空神、確かアンとかいったっけ、あれが宇宙人だったって話は昔からあるわよ」

 見かけによらず、根っからトンデモ本が大好きなお婆ちゃんなのである。


 牧さんが、丹下さんをフォローした。

「そもそも、それまでろくな文明もなかったあのあたりに、いきなりあれよあれよと高度な都市国家ができあがってしまったわけですから、他の誰かに教えてもらったと考えるほうが、確かに理屈に合いますね」


 丹下さんが我が意を得たりとうなずき、他の常識人たちも、とりあえず納得する。なにせ、タマやMIBさんたちのようなトンデモ物件が目の前にいるのだから、文句は言えない。


 MIB支部長は、相変わらずのほほんと、

「たぶん先様の御先祖が、いっぺん地球に寄ったんじゃないですかな。ろくな文字も使えない原住民を見つけて不憫に思い、色々かまってやったんだと思いますよ。

 今でこそ、自然保護の観点から僻星の原始社会に介入するのは禁止されておりますが、昔はなにかと大らかだったようで、いわば『神様ごっこ』とでも申しますか」


 モリタ氏は、自問するように、

「シュメールの天空神……私も色々勉強しましたが、当時の発掘物を見る限り、そちらのぐっちょんぐっちょん、いや失礼、たいへん風変わりな御様子の方々とは、ずいぶん隔たりがあるような……」


「そこはそれ、神を演じるわけですから、向き向きの御当地イリュージョンを駆使します。

 そもそも神が自分に似せて地球人を作ったとしたら、もうちょっとマシな人類ができてなきゃおかしいでしょう。

 造物主なんぞ、全宇宙のどこにもおりませんよ。あんまりマシではないレベルの知性体が、自分たちに似た造物主を夢見るだけのことです。

 その意味では、アニミズム段階の原始宗教のほうが、まだマシかもしれませんな」


「……あんがい、元の姿を見ちゃった人なんかも、いるんじゃないですか? たとえば、クトゥルー神話みたいな」

 俺は、ふと思いついて言ってみた。

「まあ、あれはラヴクラフトとか、昔のアメリカの怪奇作家たちが集団で創作した仮想神話ですけど、実際、太古の神話には、なんだかよくわからないでろんでろんな神様も、けっこう出てくるし」


「ほう。荒川君は、クトゥルーを知っているのか」

 モリタ氏は意外そうに、

「我が国は歴史の浅い移民国家だから、先住民の長い歴史や伝説はあっても、現国家としての神話や伝説がない。それこそ[スター・ウォーズ・サーガ]が国民的な神話扱いになるほど、国家としては若い。

 それだけに、あのクトゥルー神話も、一部では長く愛好されている。かく言う私も、実はけっこう読んでいるんだがね」


「日本でも、根強い人気がありますよ。ラヴクラフトなんか全集まで出てるし、クトゥルー神話の関連本も、ひっきりなしに売れてます」

「それは嬉しいね」


 暎子ちゃんもうなずいて、

「言われてみれば、そのお父さんもお母さんもお子さんも、みんなヨグ=ソトースっぽいです」


 団子坂のお嬢ちゃんがたも、こくこくと顔を見合わせて、

「ほんとだ。すっごくクトゥルーっぽい」

「それってニャル子さんの元ネタでしょ?」

「でも、ぜんぜんかわいくないじゃん」

「元ネタは、ぐっちょんぐっちょんなんだよ」

 そう、クトゥルー神話は、今やジャパン名物『萌え』にまで、影響を与えているのである。


 MIB支部長は初耳だったらしく、

「おやおや、地球にも、そんな名称が伝わっておりましたか。それは奇遇ですなあ。

 地球人の声帯構造ではうまく発音できないもんで、これまでお伝えしなかったんですが、この御家族の星の名を強いて発音すれば、クトゥルフあるいはクトゥルー、そして一族名はヨグ=ソトホートあるいはヨグ=ソトース、そんな語感なのですよ」


「まあ、えてして憑依系創作者のインスピレーションには、人類本来の原初的記憶が紛れこんだりしますからね」

 牧さんが、理系らしからぬことを口にした。

遺伝子的記憶ミームという哲学的概念が、宇宙規模で成立しても、不思議はないでしょう」

 やっぱりこの人も、根は[怪奇大作戦]の人だった。


 タマは、俺の腹にぷるぷると身を寄せたまま、

「にゃにゃんみゃう、にゃにゃんみゃう、にゃにゃんみゃう……」

 なまんだぶなまんだぶなまんだぶ――そう唱えているのである。


「ビビるな、タマ。猫又も暗黒神も、仲間みたいなもんだ」

「にゃんにゃんにゃんの、にゃんころろ……」

 そーゆーバケモノと、いっしょにしないでください……。


「気を強く持ちたまえ、タマちゃん」

 ロックチャイルド氏が言った。

「君には、いずれ『パクス・ニャミャーナ』のシンボルになってもらうつもりだ。そのために万難を排する覚悟が、私にはある」


 この人物がそう断言するからには、世界中、そーゆー方向で動くしかないんだろうなあ――。

 その場の皆が、そう納得しかけたとき、


「君たちは、私をつんぼ桟敷さじきに置いて何をしている!!」


 れ鐘のような胴間声、しかもはなはだヒステリックな大音声が響いた。

 同時に、空いていた会議参加者モニターのひとつに、押し出し勝負の白人親爺が、どーんと浮かび上がった。


「うわ」

 俺は驚嘆した。


 マイケル・タロット――。

 あの、アメリカ人の衆愚的側面をコンデンスミルク状に煮つめたような不動産屋の親爺、もとい、現合衆国大統領である。





  〈 第10章 【ロズウェル ~星の濃い人たち~ 】 終〉



      〈 第11章 【地球最後のちょっと前の日 】に続く〉

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