8 ルッキズムなんて恐くない


 その投影機は、隣に立っている宇宙飛行士とほぼ同じ背丈で、なんと言おうか、なんとも言いがたいと言おうか、とにかく変な形であった。


「……うわ変」

 俺は思わず、そう呟いてしまった。


 どう変なのか、比較できる形の物件を一度も見たことがないので、表現のしようがない。

 映画[遊星からの物体X]で、グロテスクに変態しまくるエイリアンの特殊造形を担当したロブ・ボッティンに、「[悪魔のいけにえ]のレザーフェイスが毎晩いっしょに寝ている人肉製の抱き枕を造ってくれ」と依頼したら、たぶんこんな物件が仕上がるのではないか。


 常磐老人と富士崎さんと牧さんも、さすがに反応に窮している。

「……変だな」

「……変ですね」

「……これは変だ」


「確かに、見かけは変です」

 すでに見慣れているモリタ氏は、平然と言った。

「しかし内部構造は、未知のテクノロジーによる、緻密かつ整然としたメカニズムでした。

 そして何より注目すべき点は、この投影機には小型の推進装置が付属しており、ロズウェルに残された宇宙船の推進装置と、規模こそ違え、明らかに基本構造をいつにしている。といって、その推進装置がいかなる原理で駆動するのか、未だに解明できておりません。

 しかし、横に浮かんでいる文字列、こちらには解明の糸口がありました。古代メソポタミア文明が残したシュメール語の楔形せっけい文字に、多くの類似点が見つかったのです。

 それをもとに解析したところ――『神の一族である[タマタマ]を見いだした者は、すべからく崇め奉るべし。さすれば神の祝福あらん。よしおとしめる者あらば、大いなる神の鉄槌が下されるであろう』――おおむね、そのような文意と判断されました」


 こりゃ妙な話になってきたぞ――。

 俺たちサイドが、戸惑いの視線を交わし合ったとき、


 ぐわごば!!


 などと、爆発的な衝撃が、会議室の入口方向で炸裂した。


 面食らって振り向くと、シェルターじみた金属製の扉は周囲の壁ごと内側にぶち破られ、そのぶ厚い扉とコンクリ片を弾き飛ばしながら、巨大人面猫モードのタマが躍りこんできた。


「ぐななななあ!!」


 なんじゃやらめいっぱい錯乱しているらしく、何を叫んでいるのか、タマ語に精通した俺にも理解できない。


 巨大タマは、鬼神のごとき凶眼で俺をロックオンすると、全身をバネにして飛びかかってきた。


「ぐわななにゃあ!!」


 なにがなんだかよくわからんが、このイキオイは、生死を分ける――。

 俺はなかば死を予感しつつ、それでもアンコ型の誇りにかけて、真正面から、がっぷり四つに取り組んだ。

「どぉすこいっ!!」


 しかし、力士ならぬニートあがりの我が身、体長体重ともにまさる巨大猫又の敵ではない。


「ぐぬぬぬぬう……」

「ぐにゅにゅにゅにゅう……」


 俺は、寄り切りで土俵際に追いつめられ――いや、別に土俵はないんだけども、そのまんま、タマに浴びせ倒しを食らってしまった。

「ぐえ」


 俺の太鼓腹が、きたての餅のようにし広げられ、行き場に困った内臓脂肪が、肺を押しつぶす。

「ぐええええ」


 巨大タマは、どでかい舌で俺の顔面をべろんべろんと嘗めまわしながら、

「ぐな、ぐななぐなぐな、にゃおにゃおん。なんなごなんのぐななんな、ぐな」


 今度は、なんとか意味が解った。

 太郎、あなたを私の永久下僕がしらに任命します。命ある限り、私を独占飼育しなさい太郎――そう言っているのである。


 酸欠状態で痙攣けいれんしながら、俺は思った。

 いや、おまえ自身が下僕頭の命を奪おうとしてるぞ、タマ――。


「太郎さんが死んじゃうよ、タマ!」

 暎子ちゃんの焦った声が聞こえた。

 ふと横を見れば、霞みゆく視界の中で、暎子ちゃんが懸命にタマを引き離そうとしてくれている。

 俺の親父やマトリョーナも、それに加勢している。


 その向こうには、MIB支部長や丹下さんやその他諸々もろもろ、つまり食堂にいた関係者全員が雁首を揃えていた。

 あまつさえ大量のMIBたちも、入口の大穴から、怖々と中を覗きこんでいる。


「……ぐみゃ?」

 巨大タマは、ようやく我に返ったのか、しゅぽん、と三毛猫モードに縮小し、俺のポロシャツの裾から、わたわたと腹に潜りこんできた。

 俺はぜいぜいと呼吸再開しながら、暎子ちゃんに支えられて半身を起こした。


「……これはいったい、何事ですか」

 横にいたMIB支部長に訊ねると、かなりとっちらかった顔で、

「いえ、上の部屋で、あちらの飼い主さんの説明をしておりましたら、タマさんが、突然錯乱いたしまして」


 MIB支部長は、例の3D写真だか投影機だかをポチッと操作し、

「こんなに御立派で、優しそうな御家族なんですが……」


 親子三人、いやたぶん親子ではないかと思われるなんらかのイキモノが三体、会議室の中央に、どーんと浮かび上がった。


 常磐老人と富士崎さんと牧さんが、額に冷や汗を浮かべて言った。

「……ものすごく変だな」

「……ものすごく変ですね」

「……これはものすごく変だ」


 俺も正直、生えてもいない背中の毛が、ざわざわと逆立つ気がした。

 イソギンチャクの家族どころではない。

 確かに手足の数は、おおむね百本くらいに見える。

 しかし、その頭だか胸だか腹だか判然としない本体部分は、ロブ・ボッティンを三日三晩シャブ漬けにしても造形不可能と思われるほどぐっちょんぐっちょんでねばねばでずるずるで、あまつさえドドメ色のまだらが全身を覆っている。


 俺は嘔吐おうと目眩めまいをこらえて、MIB支部長に訊ねた。

「……この真ん中にいるのが、息子さんですか」

「はい。実に利発そうな、かわいらしいお子さんでしょう」

「……数十メートルでしたっけ、この子」

「はい。親御さんは百メートルを越します。実に御立派な家族でしょう。近隣の銀河でも有数の財産家ですし、人品骨柄も申し分ありません」


 そう言われても吐き気の治まらない俺に、俺の中の白い俺が言った。

 ――太郎、貴様は、そんなに心根の卑しい男だったのか。宇宙人であれ地球人であれ、容貌で人を嫌悪してはいけない――。

 もっともらしい意見だが、その声は北極圏のホームレスのように震えていた。

 腹の中の黒い俺は、腹にしがみついているタマといっしょに、ぷるぷる怯えている。


 いや、でも、しかし――。


 俺は、あえて克己心を鼓舞し、懸命に怯えをこらえた。

 白くも黒くもない中間色の俺、かつ人並み外れて大デブの俺としては、いわゆるルッキズムを容認するわけにはいかないのである。


 確かに人も動物も、脳味噌の中に自前の形状判断エリアがあるかぎり、個々の好みも、苦手な容貌もあろう。

 しかし、大デブゆえに昔から多くの場で嫌悪されてきた俺だって、大デブであればこそ、今、俺の腕にすがって異形の3D異星人に怯えている暎子ちゃんにだけは、大いに頼られたり慕われたりしているのだ。それがすなわち、個性であり多様性なのである。

 ならば俺は、あえてこれらの巨大な物体Xたちとも、平常心を保って、紳士的に交流せねばならない――。


 俺は、こう想像してみた。

 ある日の放課後、暎子ちゃんが同級生を連れて、俺んちを訪ねてくる。

「今日は太郎さんに、私の友達を紹介します。幼馴染おさななじみの大親友なんです。太郎さんも、仲良くしてあげてくださいね」

 そう言って頬笑む暎子ちゃんが手を繋いでいるのは、ぐっちょんぐっちょんでねばねばでずるずるで、ドドメ色の女子小学生――。


 結論は瞬時に出た。


 ――うん、OK。無問題。いや、むしろかわいいかもしんない。ちゃんとランドセルしょってるし。

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