7 アポロ11号の真実
モリタ氏は、続けて言った。
「発砲したのは合衆国陸軍ではなく、ニューメキシコの州軍兵士だったようです。まあ、なにかと気風の荒い土地柄ですし、宇宙船から下りてくるのは血も涙もない侵略者――そんな固定観念の時代ですから」
確かに一九五〇年代以前のSF映画では、ほとんどそんな感じだった。紳士的な宇宙人など、ロバート・ワイズ監督が一九五一年に撮った[地球が静止する日]くらいしか見たことがない。
「ともあれMIBの方々が、まだ動く機体を奪還して逃亡されてから、米軍以外にもCIAやFBIなど、血眼になって捜索を開始しました。しかし
これは宇宙に逃げ帰ったのか――そんな楽観論も出はじめた頃、世界の各地から、どうもMIBの方々らしい目撃例が上がってきました。これがなぜか、ヴァチカンやメッカ、あるいはエルサレムや伊勢神宮、そしてカイラス山等々――つまり宗教的な聖地ばかりなのです。
ここにおいて政府内の関係者にも、あるひとつの伝説的な仮説――古来『神』と呼ばれていたものは、実は地球外から訪れた知的生命体であった――そんな考えに囚われる者が現れました。
現に、宇宙人たちは地球人にいっさいの危害を加えず、ただ全世界の聖地を
そうしてMIB追跡の人員は削減され、米軍の掌中に残された、大破した宇宙船の研究に主力が向けられることになりました」
富士崎さんが訊ねる。
「しかし、総理も利蔵室長も御存知と思われますが、この国の内閣調査室にMIB捜査専従の別班が組織されたのは、七〇年代初頭のはずです。当然、米国の依頼によるものでしょう。その時期、なぜまた世界中で、大掛かりな捜索の再開を?」
「――発端は、アポロ11でした」
俺を除く
俺だけは、その言葉の意味がつかめず、牧さんに耳打ちした。
「アポロ11?」
牧さんは、白顔をやや紅潮させ、
「アポロ11号による、人類初の月面着陸――一九六九年の夏だよ」
「あ、そうか。そうでしたね」
その夏は、アメリカだけでなく世界中がお祭り騒ぎだったと、親父から聞いたことがある。
当時ピカピカの一年生だった親父は、玩具屋で売っているピカピカの『アポロ型望遠鏡』とやらが欲しくて欲しくて親に泣きついたが、先祖代々無学無産を誇っていた荒川家には、愛はあっても金がない。
親父は、
ちなみに後日、近所の友達が買ってもらった『アポロ型望遠鏡』を覗いたところ、でかくてぼやけた丸い光しか見えなかったそうだ。
当時の幼児向け玩具のいいかげんなレンズなど、野生の親父の敵ではなかったのである。
「当時、実況中継された月面への第一歩、また後日公開された
ただ、いっさい
――ミスター牧、これからお送りする動画データを、プレゼンテーション・モニターに表示していただけますか」
「はい」
一〇〇インチはあろう大型モニターに、モノクロの動画が浮かび上がった。
そのぼやけた不鮮明な動画は、俺も昔のドキュメント番組で、何度か見たことがあった。
宇宙服姿の船長が、どでかい白箱を
「……時代を感じますねえ」
俺は牧さんに話しかけた。
「最先端のビデオカメラでも、こんくらいしか写らなかったんだもんなあ」
「いや、確かこれは、地球でのテレビ放送用に変換された画像だよ。専用ビデオシステムのオリジナル映像は、もっと鮮明だったと聞いてる」
「へえ。どうせなら、そっちが見たいなあ」
「もう現存してないそうだ。NASAが磁気テープの使い回しをしているうちに、間違って消しちゃったとか」
「ありゃ……」
天下のNASAも、そんなに予算不足だったのだろうか。
まるでNHK少年ドラマの初期の名作、たとえば[タイム・トラベラー]とかのビデオ映像が、ほんの一部しか現存していない理由といっしょである。
モリタ氏が言った。
「さすがミスター牧、よく御存知ですね」
「今にして思えば、なんぼなんでもポカが過ぎる気はしますが」
「おっしゃるとおりです。研究資料としては採集物やスチル写真がメインだったにしろ、貴重な記念的映像を、NASAがないがしろにするはずはない」
「それでは……あえて消去したと?」
「テレビ放送されなかった部分をなかったことにするために編集を施し、その繋ぎ目を不明瞭にするために、あえて劣化コピーを流布した――それが事実です。当時は、CGによる加工など不可能でしたから」
大型モニターに、先ほどと同じ構図の、船外活動が映し出された。
今度は、明らかに解像度が高い。同じモノクロ映像でも、初期のVHSと、最盛期のS―VHSくらい差がある。
「こちらが、カットされた部分の映像です」
月着陸船を背景に、宇宙飛行士たちが旗を立て終わったあたりで、船長だか部下だかどっちかのひとりが、ふとカメラに顔を向け、いきなりバンザイのポーズをとった。
つられて部下だか船長だかも、カメラに向かってバンザイしてみせた。
俺は感心して言った。
「……アメリカ人も、万歳三唱するんですね」
牧さんは不審げに、
「……ガッツ・ポーズなら、よく見かけるけど」
中型モニターの中から、モリタ氏が言った。
「あれは『バンザイ』ではなく、『どひゃあ』なのです」
本当に日本語が堪能な人である。
大型モニターでは、バンザイではない〔どひゃあ〕から我に返った宇宙飛行士のひとりが、手にしていたスチル・カメラで、こっちを、もといビデオカメラ方向を狙う。
もうひとりは、わたわたふわふわとビデオカメラに近づいてきて、三脚ごと方向を反転させる。
ぐらぐらぐるぐると映像がブレまくり、やがて再び落ち着いたとき、
「……[タマタマ]?」
俺は、そう呟いて絶句した。
月面のちょっと上に、限りなくミケのタマっぽい物件が浮遊している。そしてその横には、なんじゃやら象形文字のように不揃いな光の群れが、ごちゃごちゃと整列している。
「この解像度では、細部が
モリタ氏が言うと、大型モニターの画像が、フルカラーの静止画に切り替わり、
「こちらが、ハッセルブラッドの改造機で撮影されたスチル写真です」
アナログ中判カメラのハッセルブラッドなら、当時の製品でも、解像度は最新のデジタル映像機器を凌ぐ。
月面に浮いているのは、明らかに三毛柄の毛玉と、俺には判読不可能な文字列であった。
「結論から言えば、これらの浮遊物は、月面に埋もれたある種の機械から、宙空に投影された立体映像でした。
次の画像が、極秘の内に回収された、投影機そのものです」
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