6 トンデモ日米会議


 やがて廊下のどん詰まりに、木彫の施された立派な扉が見えてきた。


「ところで富士崎君、お仲間との連絡は今のうちだ。会議室に入ったら、あらゆる通信が遮断される」

「承知しております。先ほど、打ち合わせは済ませました」


 その会議室は、機密保持を徹底するため、扉も上っ面だけが高級木材で、実はひと部屋まるごと、金属とコンクリで補強されている。

 近頃は諜報機器がハイテク化しているから、昭和の昔のように、料亭の奥座敷でゴニョゴニョと密談するわけにはいかないのである。


 牧さんが常磐ときわ老人に訊ねた。

「中でパソコンは使えますか?」

「いわゆるプレゼンテーション機器は揃っとる。暗号回線とやらで、ネット会議もできる。こないだ君んとこの小川嬢に見てもらったシステムだから、外野に覗かれる心配はなかろう」

「ならば、スタンド・アローン以上に安全です」

 その意味を知るや知らずや、常磐老人は頼もしそうな笑顔を浮かべた。


 扉の横に立っている八人ほどの警備員のうち、常磐邸専属のふたりが、顔見知りの俺たちに親しげな会釈を見せた。

 他のしゃっちょこばった六人には、見覚えがない。客の偉物えらぶつたちが連れてきたのだろう。


 室内に入ると、中は一流企業のプレゼンテーション・ルームみたいな造りで、俺がニュースでしか見たことのない矢倍やばい首相と、渋い中年の内閣調査室長、そしていかめしい軍服姿の在日米軍司令官が、中央の円卓に控えていた。通訳らしい外人さんは、司令官の後ろに立ったままである。


 三人は椅子から立ち上がり、常磐老人に深々とお辞儀した。

「お久しぶりです、御大おんたい!」 

 まずは矢倍首相が、へりくだって常磐老人に握手を求める。

 常磐老人は余裕で握手に応じ、

「おう、矢倍君、お久しぶり。ここで顔を合わせるのは、君の第二次内閣が発足したとき以来かな」

「いやあ、すっかりご無沙汰いたしまして、恐縮です」


 常磐老人とは初対面の内閣調査室長と、在日米軍司令官トマス・カクティネス中将を、矢倍首相が紹介し、それぞれ握手を交わす。


 内閣調査室長・利蔵りくら氏の面構えを間近に見て、俺は、かなりときめいてしまった。故・高橋悦史さんを思わせる、野性と知性を併せ持った風貌である。


 次いで、常磐老人が俺たち同行者をあっちに紹介し、やっぱりまんべんなく握手を交わす。


 富士崎さんと利蔵室長が握手したときは、まさに映画[皇帝のいない八月]の渡瀬恒彦さんと高橋悦史さんが対峙しているようで、両雄の間に、パチパチと火花が散ったような気がした。

 あの映画では、武装蜂起した元自衛隊員と、その事実を丸ごと闇に葬ろうとする内閣調査室長の役回りだったから、最後まで直接対決することはなかったが、今回は所属こそ違え、プロの隠密同士である。


 ちなみに、俺も富士崎さんや牧さんといっしょに、相手方と対等の扱いで、握手の交差に加わっている。

 おお、俺ってば、いよいよ各界最高実力者の仲間入り――。

 などと舞い上がりそうになるが、考えてみれば、あちらさんには、タマがらみのこっち側の動静がほとんどバレているのだから、フヤけたニート上がりのウスラデブだって、粗略には扱えないわけである。

 マトリョーナの裏工作も、効いているようだ。カクティネス氏が俺と握手したとき、片言の「コニチワ」くらいしか聞き取れない英語の挨拶の中に、〈ミスター・ロックチャイルド〉という発音が、確かに混じっていた。


 常磐老人は余裕の表情で、

「MIBの皆さんは、アメリカの方々に警戒心が残っているようなので、私が代わりに出向きました。

 龍造寺タマ嬢も、初対面の人間には、爪や牙を立てかねない。タマ嬢の底力は、皆さんも御存知ですな。下手に御機嫌を損ねると、あなたがたがバラけてしまう恐れがある。とりあえず、この荒川君が、タマ嬢の保護者として皆さんのお話を伺います」


 通訳とカクティネス司令官は、小型マイクとイヤホンで繋がっているらしく、司令官は常磐老人の言葉に、さほど間を置かず首肯している。


 牧さんが、いきなり矢倍首相に話しかけた。

「総理、善哉ぜんざい先生は元気にしておりますか? 東北の寒村に赴任されたと伺いましたが」


 うわ牧さん、問答無用の右フック――。

 俺は、てっきり東都大学病院での騒ぎに関して、張本人の矢倍首相を皮肉っているのかと思ったが、見れば牧さんは、単なる事後確認のつもりらしく、いつもの冷静沈着顔である。


 矢倍首相も、あくまでさりげなく、

「ああ、元気らしいよ。厚労省の関係者から聞いた話では、押し出しの良さを武器にして、着々と村長の座を狙っているそうだ」

 なるほど村長なら、片田舎では一番偉い。やはり田宮二郎っぽいキャラは、どこに飛ばされても、野望に生きねばならぬ宿命なのである。


 常磐老人が、苦笑して言った。

「過ぎた話は、もういいじゃないか。大切なのは未来志向だ。といって、隠居暮らしの長いわしには、未来や宇宙を語るだけの新しい知恵がない。ここはお若い方々同士、腹蔵なく語り合ってもらおうじゃないか」


「若い者同士というお言葉、渡りに船と、ありがたく受けさせていただきます」

 矢倍首相が言った。

「私も古い人間ですから、国家間の外交はともかく、宇宙船やエイリアンといった話には、どうも頭がついていけません。今回の件の細部は、この利蔵室長に任せてあります」


 カクティネス司令官も、通訳を通して、

〈矢倍首相と同感です。そもそも私は、遺憾ながら日本語に長けておりません。この通訳も、科学用語などは専門外です。

 そこで、できればペンタゴンにいる専任者を、リモートで話に加わらせていただきたい。彼なら日本語が堪能ですし、何よりロズウェル以降の流れにも精通しております〉


 常磐老人が承諾し、牧さんが、システムに連動する卓上のキーボードを操作し、ネット会議の準備を整える。小川嬢が最近リニューアルしたシステムだから、操作は慣れたものである。


 やがて、数面ある会議参加者用中型モニターのひとつに、ペンタゴンの映像が浮かんだ。


「皆様、よろしくお願いします。陸軍大尉、リアム・モリタ・マクラクランと申します」

 やや九州訛りの、流暢りゅうちょうな日本語であった。

 東洋風と南洋風を取り混ぜた顔貌は、ハワイあたりの日系出身と思われる。年齢は富士崎さんと同じくらいか。


 こちらこそよろしく、と画面に会釈してから、常磐老人は、一同を見渡した。

「どうやら、話の解る若い者同士が揃ったようですな」

 矢倍首相と司令官も、それにうなずく。

 つまり具体的な会談は、富士崎さん&牧さんVS利蔵室長&モリタ氏、そんな構図なのである。

 俺も若い者の内に入っているらしいが、あくまでタマの代理だから、借りてきた猫らしく、隅っこで丸まっていればいいだろう。


 富士崎さんが、モリタ氏に口火を切った。

「さきほど常盤先生がおっしゃったように、MIBの方々は、ロズウェルでの迫害に大層心を痛めております。いきなり発砲を受け拘束されたと聞きましたが、当時の米軍側の対応経緯と意図を、詳しく説明していただきたい」

 いや、本人たちは、大して気にしてなかったみたいですよ――などと、俺が正直に口を挟んでもしかたがない。


 モリタ氏は、日本式の古いしつけで育っているのか、アメちゃんには珍しく、自分の落ち度でもないのに頭を下げてきた。

「なにぶん、私の祖父の世代の出来事で、拘束以前の詳細な記録は残されておらず、あくまで当時、ロズウェル陸軍飛行場に着任していた祖父からの伝聞なのですが――」

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