4 超銀河インバウンド事情
大宇宙の
俺たちは、ちょっと気落ちしてうなずいた。
俺ごときのヤワな世界観だって、人類の歴史と近頃の世界情勢を
「まあ、そんなこんなで――地球時間にして今から四百年ほど昔、今回の御依頼主様が、一家で地球ハイキングと洒落こんだわけです。
私らの星みたいなポッと出の文明とは違い、超銀河団の中でも最古の伝統を誇る豊かなセレブ星の方々ですから、皆さん一家に一機は航宙機をお持ちで、好きなときに好きなところへ飛んで行ける。
で、そのとき、いっしょに連れてきたペットのタマタマがたまたま――」
「あの、えと、すみません」
語り続けるMIB支部長に、俺は、待ったを入れた。
「たまたまたまたま?」
「いえ、[タマタマ]、それがこの毛玉類の総称なのです。依頼主様の星では、大人気のペットだそうで」
「なるほど、タマの正体が、タマタマ……」
「はい。たまたま、そうなっちゃったんですな」
タマの駄洒落も、西川氏のタイトル選択も、あんがい正しかったわけである。
「――で、依頼主様が、地球のあっちこっちを気の向くままに回ってる間に、タマタマの子供がひと玉、逃げ出してしまった。
このタマタマという毛玉類は、親タマタマひとつがいに、直近の子タマタマが十数玉ころころころころとくっついて生きておりますから、ひと玉くらいいなくなっても、親タマタマは気づかない。
親が気づかないくらいですから、飼い主は、なおのこと気づかない。
で、家に帰ってから、依頼主様のお子さんが、ようやく子タマタマがひと玉足りないのに気がついて騒ぎだした。
親御さんが『まあ、ひと玉くらいいいじゃないか』となだめても、お子さんは『あんな星の野蛮人に見つかったら、きっと生きたまま食べられちゃうよう』と泣きやまない。
『じゃあ週末の休みに、またみんなで探しに行こうね』
『次のお休みなんて待ってたら、間に合わずに食べられちゃうよう、えーんえーん』
『よしよし、じゃあ朝になったら、迷子ペット捜し専門の会社に電話して、すぐに探してもらおうね。汎銀河テレビのCMでも有名な会社だから、きっとすぐに見つけてくれるよ』――」
「あの、えと、ちょっと待ってください」
語り続けるMIB支部長に、俺は、また待ったを入れた。
食われるどころか、逆に野蛮人を生きたまま食ってますよ――そんな実態はちょっとこっちに置いといて、
「飼い主さんの地球ハイキングが、四百年前ですよね。で、MIBさんの会社に頼んだのが、帰った翌日。でもって、MIBさんたちがロズウェルに墜ちたのは、七十年前――。
なんかちょっと、時間経過がピンとこないんですけど。やっぱり、行き帰りに何百年もかかってるんですか?」
「いえ、我々の航宙機なら、地球時間で半日もあれば」
「じゃあ……」
「単純な話です。恒星と惑星の大きさや距離は宇宙様々ですし、惑星の自転周期も星様々。
たとえば、私らの星の自転周期は地球の倍程度ですが、先様の星は百倍以上です。かてて加えて、先様の背丈は我々の数十倍、寿命も桁違いに長かったりします。
そんなこんなで、時間経過そのものの認識が、我々とは、まったく別物なんですな。
早い話、先様が翌日の朝食前に電話してきたとき、私ゃ、まだ新米社員でした。
で、準備万端整えて、これから地球に出発する旨の連絡を入れますと、先様は同じ日の晩飯を食ってたんですが、私ゃ、もう中堅社員になってました」
なあるほど――。
文系頭の俺には、なにがなんだかさっぱりわからないが、やはりこの大宇宙は、大いなる神秘に充ち満ちているのである。
*
とりあえず事情が飲みこめたので、食堂にいたタマを連れてくる。
公僕コンビや西川氏、暎子ちゃんとマトリョーナ、それに団子坂のお嬢ちゃんたちまでぞろぞろとくっついてきてしまったが、すでに
意外だったのは、広間いっぱいのMIBと対面しても、誰ひとり怯えなかったことである。
すでに事情説明してあるとはいえ、無敵のタマ以外は、けっこうビビると思っていた。
ぶっちゃけ暎子ちゃんには、人前で合法的にしがみついてもらえると期待していた。
「……恐くない?」
「MIBさんくらい、お茶の子です。これまでファンタジーもラブコメも、アクションも社会派もきっちりこなしてきましたから、次はSFかなあって思ってました。ターミネーターの大群が攻めてきたって、もう驚きません。
でもほんとは、横溝正史の[
いや、たぶんこの雰囲気だと、ロリ調教路線にだけは、最後までシフトしないと思う。
隣のマトリョーナも、
「Jホラーだって平気よ。カヤコやサダコが襲ってきたって、どうせこの化け猫が、ぜんぶ食べてくれるし」
タマは気を悪くした様子もなく、
「なんぼ私でも、幽霊や機械人間は食べられません。でもまあナマの脳味噌だけなら、二百や三百は、軽くイケるかも」
MIB連中が、ビビって腰を引いた。
聞いた話によると、タマタマは円満な外見に似合わず、野生化すると自分の体長の数倍もある猛獣を補食する。
その際、まんまる毛玉のまんまでは逆に食われてしまうので、補食対象に応じて自在に変形する。
タマの本来の飼い主一家は、お子さんでさえ体長数十メートルを超える一族だからこそ、平気でタマタマ類をペットにできるのだ。
タマは、卓上に漂うタマタマの3D映像を眺めながら、
「ほう……昼にアドリブかましたときも、確かになんか、やたらしっくりくるなあ、とは思ったんですよねえ」
あくまで他人事のようにのほほんと、
「生まれたときから、可憐な三毛猫だったとばかり思いこんでおりましたが、言われてみれば遠い遠い昔、こんなまんまるい姿で、ちっこいまんまる仲間といっしょに、でっかいまんまるの後ろを、ころころころころ転がっていたような記憶も、あったような、なかったような……」
「間違いないようですな」
MIB支部長が、
「タマタマは、生まれつき擬態能力を備えておりますが、その効果的な使い方は、親の手本がないと学べません。このタマちゃんは物心つく前に親とはぐれてしまいましたから、とりあえず本能的に、似た柄の地球生物に化けて、環境に適応しようとしたのでしょう」
「で、本能のまま、無節操に化け変わりながら今に至る――と」
「けして無節操ではないはずです。相手が脳あるいは脳に類する神経系を備えていれば、タマタマには、その意識を読む能力があります。自己流の状況判断は、それなりにしていたはずで」
タマは、んむ、とうなずき、
「それはもう、何事においても熟慮遠望を重ね、その場その場の欲望に忠実に」
「それを無節操とゆーのだ」
「無節操も一貫すれば、立派な定見です」
「はいはい」
ともあれ、これはいよいよ間違いない。
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