3 タマを探して一億光年


 ポリティカル系の七面倒くさい話がようやく終わったようなので、俺は、隣でお茶をすすっている丹下さんに話しかけた。

「なんか、すごい話ですねえ」

「MIBがらみだもの、こんくらいの流れは当然でしょ」


「すみません。ほんと言うと俺、実は信じてなかったんですよ、丹下さんの話。でも、ロズウェルも米軍もCIAも、総理大臣も内調も、みんなマジな話だったんですねえ」

「肝腎の、地球に来た目的が大ハズレだったんだから、マヌケもいいとこよ。あたしゃてっきり、この人たちが地球偵察を済ませたら、空飛ぶ円盤の大軍が攻めてくるとばかり思ってたんだもの。冥土の土産に、しっかり世界最後の日を見とこうと、楽しみにしてたのに」


「へえ、そこんとこは秘密にされてたんだ」

「秘密もなにも、この人たちがあたしと口きいたの、今日が初めてだもの」

「は? じゃあ、前に教えてくれた、なんかいろいろのMIB話は……」

「それくらい本読めばわかるわよ。MIBさんたちの本なんて、何十冊も出てるんだから。まあ、あたしだって昔は興味もなんにもなかったんだけど、現に目の前をうろちょろしだしたら、そりゃ勉強しとかないと」


 MIB支部長は、ちょっと苦笑ぎみに、

「なんでだか量子迷彩の効かない方が、たまーにいらっしゃるんですよねえ。丹下さんに限らず、世界中のあっちこっちに。そーゆー方々には護身用光線も通用しないんで、バックレるのに往生したもんです。

 幸い、一万人にひとりいるかいないか程度なんで、私らの代わりに周りの世間様のほうが、その、いわゆる『心のビョーキ』とかなんとか、いろいろフォローしてくださって」


「ほう」

 牧さんが刮目し、

「つまり地球にも、そのニャーオン粒子に、特殊な反応を見せる人間がいるということでしょうか?」

「そのようですなあ。そこいらの理屈は我々にも解明できておりませんが、どうやら肉体的な特性ではなく、メンタルに関わる特性のようで」

精神的メンタル……」

「はい。ぶっちゃけ見えちゃう方々は、なぜか皆さん、信心深い人ばかり」


「信心……」

 俺たちが唖然としていると、丹下さんは当然のように、

「そりゃ、あたしも信じてますよ。うちは代々、天台法華。でもあたしゃ、あのテンツクテンツクが苦手でねえ。今は浅草の観音様が、一番の御贔屓ごひいき

「そういえば、前にも聞きましたよね。なぜか神社仏閣には、MIBが見当たらないとか」

「そりゃ観音様のほうが偉いからでしょ」


 MIB支部長は、ちょっと困った顔で、

「神道とか仏教に限らんのですよ。キリスト様でもアラーの神でも、マダガスカルのアタオコロイノナでも、とにかくマジに信心している方が恐い。ですから、その手の場所には、近頃なるべく近寄らないようにしとります」


 常磐老人が、独りごちた。

いわしの頭も信心……」

 それから、あわててMIB支部長に、

「――あ、いや、けしてあなた方が鰯の頭というわけでは」


「いやいや、気にせんでください」

 MIB支部長は他人事のように笑って、旨そうに煎茶をすすりながら、

「なんでだか、この星では、昔から一蓮いちれん托生たくしょうですからなあ。宇宙人と妖怪変化と神仏は」

 確かにオカルト系の雑誌でも、いっしょくたにされがちなテーマである。


「ともあれ、そんな苦労も、ようやっと一段落ですわ。仕事の目処めどさえ立てば、女房子にょうぼこの待つ故郷に帰って、元の体に戻れますからなあ。それもこれも、丹下さんと荒川さんのおかげです」


「えーと、その、つまりMIBさんたちが地球にやって来たのは、初めっから、うちのタマを探しに?」

「はい!」


 MIB支部長は嬉々として、懐から一枚の写真を取り出した。正確には、写真によく似た、材質不明のフルカラー3Dプリント、そんなシロモノである。

 そのちっぽけな3D物件を、MIB支部長が指で突っつくと、直前の空間に、いきなり被写体が膨れあがった。


「いやあ、似た柄のイキモノは、地球のあっちこっちでなんぼでもにゃーにゃー言っとるんで、この七十年、もしやもしやと隈なく探し回っておったのですが、ドンピシャに行き当たったのは、今日が初めてとゆーわけで」


 なあるほど――。

 俺たちは、こくこくとうなずき合った。

 今日の今日まで見つからなかったのも道理、俺たちがなかば呆れて見つめる広間の卓上には、どでかい三毛柄のケサランパサラン――まごう方なき[ミケのタマ]が、モフモフと漂っていたのである。


「うちの探偵社は、ペット捜索専門の老舗しにせなんです。ふつうなら、せいぜい隣の銀河くらいまでしか出張でばらんのですが、今回は、捜索期間も経費も余裕たっぷりの依頼だったもんですから、超銀河団をまたいで出張しました」


 超銀河団規模の、迷子ペット探し――。

 俺は、驚いていいんだか脱力していいんだか、かなり反応に窮した。


「でも……どうやったら、あのタマが宇宙で迷子になれるんですか? 確かに空は飛びますけど、まさか宇宙を飛べるわけじゃ――」

「飛びます」

「……飛べるんですか? 銀河の果てまで?」

「さすがに、それは無理ですな。まあ、せいぜい四五十万キロくらいでしょう」


 うわあ――。

 俺のみならず、全員が驚愕した。

 牧さんも固唾かたずを呑んで、

「……月くらいまでなら、飛べる勘定ですね」

「楽勝ですな」


 俺は、アルプス上空での夜間飛行を思い出し、胸を撫で下ろしていた。

 あのときコンテナに二三杯もキャビアを食わせていたら、俺とマトリョーナは、宇宙の藻屑と化していたかもしれない。


「しかし、タマさんが迷子になったのは、この地球上です。

 月は岩ばっかりで人気ないんですが、地球は自然相が豊かですし、珍しい生き物も多いので、昔から異星の観光客が絶えません。

 とくに地球人は、大宇宙の知的生物界における稀少な珍種として、注目されております」


「珍種?」

 俺が訊ねると、

「はい。手足がたった四本で、ここまで知的進化を遂げる生物は、超銀河団広しといえども、他に類を見ません。手足八本の私らだって肩身が狭いくらいですから。

 ちなみに今回の依頼主様なんか、伸縮自在の手足が大小百本あります」


 俺はたこの惑星や、歩き回るイソギンチャクの惑星を想像し、死ぬまで地球に引きこもっていようと決意した。


「それに地球人は、近々、絶滅危惧種に指定されるという噂も」

「……絶滅危惧種?」

「はい」


 MIB支部長は、のほほんとお茶をすすり、

「ふつう、おらんのですよ。大宇宙広しといえども、これほど変わった知的生物は。とにかく、むやみにドツキ合いたがる。

 まあ、原始人レベルの生活環境と知能段階でドツキ合うのは仕方ないですが、この星の歴史でいえば――そう、黒色火薬が銃火器にまで発展した、十四世紀あたり――あれくらいの段階から、たいがいの知的生物の歴史は、惑星単位の共存共栄にシフトしていきます。

 このまま縄張りにこだわってドツキ合ってると、共倒れになる――そんな単純な理屈に、ようやっと気づくわけですな。ですから惑星全域を共有の縄張りと認識し、政治的にも経済的にも宗教的にも、緩やかな混淆こんこうに向かっていく。

 ところがこの星の場合、十八世紀の産業革命、あれほどの段階に至っても、まだ集団でドツキ合いを続けている。さらには二十世紀の核分裂技術、あれをドツキ合いに使おうとする発想など、もはや全宇宙生物の想像を絶します。

 こりゃ近々、星ごと派手にぶっ飛ぶぞ――。

 そんな噂が広まり、そうなる前に地球見物しとこうと、私らの銀河界隈では、旅行会社がツアー組んでるくらいで」



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