2 ロズウェル諜報戦


 富士崎さんは、逆に常磐ときわ老人に訊ねた。

御大おんたいは、すでに何もかも御存知なのではありませんか? 私の知らない、上のレベルの話まで」

「いんや。今のところハッタリと腹芸、それに少々の状況判断、そんなところだ」

 富士崎さんは苦笑して、

「御大には、何を今さらの話でしょうが――」


 富士崎さんは、主に俺たち民間人に向けて話を始めた。

「我が国の内閣調査室や自衛隊には、お互い存在を知らされず独自に活動している種々の別班があります。一般社会に隠されているのと同様、班が違えば別班同士も赤の他人、直接の情報交換などは一切ありません。

 たとえば我々は、現在タマちゃんの身辺警護に専従しておりますが、外には外事関係の別班が複数いるでしょう。国際政治上の懸案として、地球外生物を監視しているわけです。

 そしてその中には、タマちゃんの存在が確認される以前から、地球外生物――外宇宙からの来訪者を調査している連中も存在します」

 やはりな、と常磐老人がうなずいた。


 富士崎さんは、話を続けた。

「ちなみに、それらの情報は、上司から教えられたわけではありません。あらゆる情報を収集分析している上層部も、個々の別班に伝えてくるのは、直接の任務に関わる限られた情報だけですから。

 しかし、そこはそれ、蛇の道は蛇――。

 我々としては、たとえば荒川君や田所さんたちが押さえてくれたCIAの連中を介して、あえて自国の他の班の活動状況を把握したりもしますし、場合によっては陸自の別班同士で諜報活動が交錯したり、内調別班にこちらの工作員を送りこむようなケースも」


 単細胞の俺には、思わずケロリンが欲しくなるような話だが、まあ、昔から隠密とかお庭番とかいうやつは、そんな気忙きぜわしない業界なのだろう。


「そんな有様ですから、これからお話しする情報も、百パーセント確実とは言いがたいのですが――現在、MIB関連の調査活動を担当しているのは、内調に属する別班のひとつ。

 活動を開始したのは、第三次佐藤内閣の頃と聞きますから、たぶん一九七〇年の日米安保条約自動更新を契機に、ニクソン大統領の依頼を受けて、佐藤首相が組織したのではないか、と」


 常磐老人は、ほう、と感嘆し、

「それが、今の矢倍やばい内閣まで連綿と続いているのか。大した老舗しにせだな」

 すると、牧さんが疑問の表情で、

「しかし、例のロズウェル事件は、確か一九四七年、終戦の二年後ですよね。まあ、戦後数年はアメリカが日本を占領していたわけですから、この国でも、米軍が自由にMIBを調査できたでしょうが」

 常磐老人も、

「確かに、七十年安保では遅すぎる。六十年安保あたりで、内々に話が来てもおかしくない。いや、そのほうが自然だ」


「はい、おっしゃるとおりです」

 富士崎さんがうなずき、

「我々としても、その七十年前後、アメリカ政府の内部に、なんらかの重大な契機が生じたのだろうとしか、今のところは……」


 常磐老人が、MIB支部長に訊ねた。

「あなた御自身に、心当たりは?」


「アメちゃんの内部事情までは、まったくわかりませんなあ」

 MIB支部長は、あっさりさじを投げ、

「ロズウェルに落ちたとき、分乗していた二機の航宙機のうち一機は大破してアメちゃんの手に渡り、我々もいったん拘束されたんですが、なんとか動く一機を奪還し、みんなでトンズラこいたわけで。

 幸い、そっちの航宙機の損傷は軽微で、量子迷彩装置もすぐに修理できましたし、人数分の迷彩服も積んであったんで、まるっきり姿を消せるのをいいことに、それからずっと、世界中を仕事で回っておりましたから」


「その量子迷彩とは?」

 牧さんが訊ねると、

「まあ、そんじょそこらの科学水準では、絶対に検知されない迷彩技術――この国の昔話に出てくる『天狗の隠れ蓑』みたいなものですな。

 光学的に見えないだけでなく、レーダーでも熱探知でも、まるっきり検知されません。そもそもこの黒服が、この星の出張用にあつらえた、量子迷彩服だったりします」


「その原理は?」

「まあ、そこにも例のニャーオン粒子が、なんかいろいろと」

「超光速航法のみならず、そんな用途まで……」

「はい。他にもエアコンから調理器まで、なんにでも使えますな。永久カイロにも使えます。ヒマラヤやシベリアあたりの仕事で、ずいぶん重宝したもんです。あれを懐に入れとけば、文字どおり永久にぬくぬくと」


「それは便利そうだ。わしの歳になると、冬場の底冷えが骨身に応える」

 常磐老人が冗談めかして言うと、牧さんは呆れ顔で、

「それどころじゃありません。カイロどころか、事実上の無限エネルギーじゃないですか。これは是が非でも、詳しい話を聞いておかねば」


「まあ、原理的には極めて単純な――」

 続けようとするMIB支部長を、常磐老人が、再び遮った。

「ですから、そこでストップ」


 なんでなんで? せっかくだから聞いときゃいいじゃん――。

 いぶかしむ俺たちを手振りでなだめつつ、常磐老人は、富士崎さんに言った。

「これで、あちらさんの動きの裏付けはとれたな」


「はい。米国にとって、そもそもの懸案は、ロズウェルで回収した宇宙船の技術的解明でしょう。

 地球上はもとより、この太陽系に、そんな代物を造れる文明がないのは自明の理。ならばその宇宙船は、少なくとも恒星間飛行が可能ということになります。その上、完璧なステルス技術まで備えている。

 そして、そんな超文明が相手であればこそ、地球への来航目的がなんであったのか――単なる墜落事故なのか、あるいは侵略の先触れか――それも解明しなければなりません。

 以来、逃亡したMIBを探し回ること七十年、そこにタマちゃんという新たな地球外生物が発見された。その両者に、果たして関連性はありやなしや――そんな構図でしょうね」


 なあるほど、それでNASAとペンタゴンが、今回いきなり反応したわけである。


 常磐老人は、うむ、とうなずき、

「そして今夜、ついに両者が接触したとなれば、米国べったりの矢倍君や在日米軍司令官が、自ら動きだすのも当然だな」


 牧さんが気色ばんで、

「ならば、なおのこと、この方々の技術の根源を、先に知っておいたほうが」

「それを聞いて、我々に何ができる? 君の知的好奇心は満たされるだろうが、今後の流れしだいでは、我々全員が消されかねんぞ。タマちゃんの生物学的価値とは、価値の方向性がまったく違う」

 牧さんは言葉を返さず、黙考に入った。


 常磐老人は、MIB支部長に、

「そして何より、あなたは人が良すぎる。初対面の我々が、必ずしもあなた方の味方とは限らんでしょう。そうした貴重な情報は、匂わせる程度がよろしい。つまり最後の武器として、大事に隠しておくものです」


 MIB支部長は、あくまでのほほんと、

「私だって、伊達だてに百年以上も探偵稼業をやってません。たいがいの知性体の本性は、ひと目で見抜けます。

 そもそも、ニャーオン粒子の物理的特性なんぞ、この星の誰に教えても、実用化できるはずは――」


「はい、ストップ」

 なぜか今度は、牧さんが口を挟んだ。

「実用化できる――米国が人類初の恒星間飛行を成し遂げられる――完璧な迷彩技術で世界の軍事的頂点に立てる――彼らがそう思っている限り、あなた方の安全は保証されます。ついでに、仲介者である我々の安全も」

 もともと頭のいい人だから、知的好奇心より、状況判断が勝ったようだ。


 まあ、そーゆーことなら、そうしときましょうか――。

 MIB支部長も、そんな顔でうなずいた。

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