第10章 ロズウェル ~星の濃い人たち~

1 宇宙論講座と超宇宙高座


 牧さんは、さらにMIB支部長に訊ねた。

「そうしますと、あなた方の会社――『超銀河探偵社』の本社は、いったい宇宙のどのあたりに?」


「力いっぱい大雑把おおざっぱに説明しますと、この地球が属する超銀河団の最も遠い銀河団の真ん中あたりの銀河の端っこあたりにある恒星系の真ん中あたりの惑星――そんなところです。

 まあ、恥ずかしながら、ほんの田舎星ですわ。手近な銀河連盟に加入して、まだ五千年ちょっとですから」


 当人が謙遜けんそんしているわりには、なんだかとてつもなく超文明世界っぽい気もするが、どの程度とてつもないのか、浅学な俺には想像できない。

 日本の闇将軍やベテラン諜報員も想像できずに首を傾げているくらいだから、運転手ひと筋の親父だって想像できるはずがない。


 俺たちは解説を求めて、牧さんに視線を集中させた。

 想像できてしまったらしい牧さんは、顔面蒼白でつぶやいた。

「超銀河……文字どおり超銀河団規模の会社組織ということですか」

 顔色を白菜からホウレン草に変えて、それっきり絶句している。


 見かねた丹下さんが、さらりと言ってのけた。

「なんか、一億光年くらい先の星から飛んで来たんですってよ。なんて星だか、聞いてもよくわかんないんだけどね」

「地球の言語では、発音できない名前の星ですからなあ」


 あが、と口を半開きにしている俺たちに、牧さんが、ようやく宇宙関係の解説を始めてくれた。

「――我々が日々見上げる太陽を中心に、水金地火木土天海の八惑星、他にも五個の準惑星、またそれぞれの衛星、そして無数の小天体――それらをひっくるめたものが、我々の太陽系宇宙です」

 それくらいならおおむね知っているので、俺たちはこくこくとうなずいた。

「その直径は、おおむね三光年少々と考えられています」


 へえ、そんなにでかいのか――俺は内心で感嘆しつつも、いかにも昔から知っていたように、こくこくとうなずいた。

「ほう、そんなにあるのか」

 常磐ときわ老人が、素直に感嘆した。

 偉ぶって知ったかぶりなどしないところが、俺より器が大きい証拠である。


 牧さんは話を続けた。

「この宇宙には、そんな恒星系が無数に存在し、それ以外にも種々の天体が重力で寄り集まって、まあ規模は一千万から百兆ほどまで様々なんですが、大小の、いわゆる『銀河』を形成しています」

 常磐老人がうなずいて言った。

「それは聞いたことがある。確か地球は『天の川銀河』の中だったかな。他には『アンドロメダ銀河』くらいしか覚えておらんが」


「はい。そして、それらの『銀河』が数十個から数千個寄り集まって『銀河群』や『銀河団』を形成します。で、そのまた『銀河群』や『銀河団』が重力によって寄り集まり、直径一億光年を越える『超銀河団』になったりするわけです」

「……気が遠くなるような話だな」

「それだって宇宙の大規模構造から見れば、ほんの一部なのですよ。この宇宙には、その『超銀河団』もまた、限りなく存在すると考えられ――」


「わかった。いや、それ以上聞いたってどうせわからんから、とりあえず、そこまででいい。とにかく、とてつもなく遠い星からやってきたわけだ」

 常磐老人は、あくまで現実主義者であった。

「しかしわしのような畑違いの年寄りでも、この世界に、光より速い物がないくらいのことは知っている」

 そう言って、MIB支部長に疑わしげな目を向け、

「どんなに速い乗り物があるにせよ、あなた方が、それに乗って一億年も旅を続けてきたとは、とても思えないのだが」


 MIB支部長は、あっさりとうなずき、

「はい。私ら、この星の方々よりはかなり長生きしますが、地球時間に換算しますと、せいぜい二~三百年がいいとこでしょうか。今現在は、見かけどおりの中年です」


 俺は、おたくの浅知恵で口を挟んだ。

「じゃあ、いわゆる『ワープ航法』で飛んできたとか?」

 ワープ航法は、SFでは定番の宇宙航法である。亜空間だの、四次元的な空間の歪みだのを利用して、何億光年離れていようが、あっという間に移動できる大技だ。


 牧さんが、いやいや、とかぶりを振った。

「あの航法は、あくまでフィクションだよ。むしろファンタジー、お伽噺とぎばなしにすぎない。

 ぎりぎり実現可能な最高速の宇宙航法は、アーサー・C・クラークのハードSFに出てくる『ミューオン触媒核融合エネルギー推進』、あれくらいだろう。

 素粒子ミューオンは、眉唾物まゆつばもの超光速粒子タキオンと違って、物理的に観測されている。しかし、どう活用しても、光速は超えられない理屈だ」


 俺は素直にシャッポを脱いだ。

 確かにワープを持ち出した時点で、そのSF作品は、むしろサイエンス・ファンタジーに属してしまうのである。ハードSFの世界では、どうがんばっても光速を超えられない。


「お言葉ですが」

 MIB支部長は、あくまで慇懃いんぎんに言った。

「超銀河団レベルですと、ここいらの銀河系で観測可能な素粒子以外にも、数多くの素粒子が見つかっております」

 牧さんは目の色を変え、

「まさか、タキオンも実在するのですか?」

「いえ、恒常的に光速を超える素粒子は、未だに確認されておりません」

「じゃあ……」

「時と場合によって、光速とか三次元とか、そうした物理的常識を逸脱してしまう素粒子があるのです。当然、いわゆる因果律にも縛られません」

「それは……」


 固唾かたずをのむ俺たちの前で、MIB支部長は言った。


「にゃ~おん」


 江戸屋猫八師匠さながら、見事な猫の鳴き声であった。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 しばしの沈黙ののち、その場を代表して俺が訊ねた。

「……えーと、念のため、猫の鳴き真似じゃありませんよね」


「はい。ここは寄席の高座じゃありませんから」

 MIB支部長は、必要以上に真面目な顔で、

「私らの銀河界隈で[ニャーオン]と呼ばれる素粒子、それが地球レベルの物理常識を超える鍵なのです。かいつまんでご説明しますと――」


 そのとき、

「お話の途中だが、ちょっと失礼」

 なぜか常磐老人は、MIB支部長の言を制し、

わしは物理学など縁がないから、その先を聞いてもわかるはずはないが、聞きたい気持ちだけは充分にある。

 しかし、学問とも宇宙ともまったく縁のない卑俗な世界――いわゆる政界あるいは財界――そんな生臭い世界の住人として、今のあなたはまだそれを口にするべきではない、そんな気がする」


 MIB支部長自身を含め、俺たちの誰もが、常磐老人の言葉の意味を理解できなかった。


 常磐老人は、奸知かんちけた悪家老の顔で、牧さんに視線を流した。

「牧君」

「はい?」

「君が研究室でタマちゃんを調べ始めた頃、SRIのシステムに、何度か外部から不正なアクセスがあった――そんな話を聞いた覚えがあるんだが」

「はい、確かに」

「相手は特定できないが推定ならできる、とも」

「はい。――えーと、NASAが二回、ペンタゴンが三回でしたか。うちの小川君の解析ですから、まず間違いないと思います」

 

「すでにタマちゃんというUMAの存在が外部に漏れていたにしろ、アメリカ航空宇宙局と国防総省が、いきなり動くものだろうか。あれらの組織の専門分野を考えれば、先陣を切るのは少々おかしい。動くとしたら、まずCIAあたりを経由するだろう」

「言われてみれば、確かに……」


 常磐老人は、富士崎さんを見やり、

「そうした動きは、君のほうの専門だ。さっきの庭先での言動を見るに、何か思い当たることがあるんじゃないかね?」

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