10 宇宙から来た会社員


「……僕は帰っていいよね?」

 コンビニの店長が、顔面蒼白で俺に訊ねた。

「残り半分の胃袋が、なんだかシクシクする」


「あ、どうぞどうぞ。ゆっくり養生してください」

 俺が独断で答えると、富士崎さんが店長に釘を刺した。

「今夜の件は、他言無用でお願いします。国際的な機密に属する事柄ですから、あなたや御家族に累が及ぶといけません」


 店長は、腹を撫でさすりながら、

「しゃべりませんよ。しゃべったところで、誰も本気にしません」

 ごもっとも。


 富士崎さんの提案で、店長は裏の勝手口から、荒川の土手を通って帰ることになった。念のため、富士崎さんの部下も護衛につく。


「丹下さんはどうします?」

 俺が訊ねると、丹下さんは毅然きぜんとして、

「帰るもんですか。もともとこの人たちは、あたしの知り合いなんですからね」

 MIBその一も、丹下さんを頼るように身を寄せている。


「ほう、なかなかきもわった御婦人だ」

 常磐ときわ老人は、丹下さんの度量に一目置いたらしく、

「どうぞ、あなたも中へ。詳しい話をお伺いしたい」


 西村こうさんっぽい老人と、沢村貞子さんっぽい老婦人が対峙した場合、存在感はほぼ互角だが、土性骨どしょうぼね気韻きいんにおいては、ときに沢村貞子さんのほうが勝ったりする。


「……で、親父」

 訊くまでもないことを、俺はあえて口にした。

「……帰るはず、ないよな」

「てりめーよ。俺はおまえの実の親だぞ。タマちゃんは、うちの大事な招き猫だ」


 それは、あくまで表看板である。

 江戸以来の東京土人が、燃え広がりそうな火事を見逃すはずがない。

 たとえ自分が焼けそうになっても、火の手の前で、もっと燃えろもっと燃えろとはやし立てるのだ。


     *


 ざっと見積もっただけで、二百人近いMIBの群れ――。

 町内一の大豪邸の、数多あまたある部屋の中で最も広い客間に、みっしりとMIBが詰まる勘定だ。


 もちろん屋内に引き入れる前に、富士崎さんたちは厳重にボディー・チェックを施した。

 先頭にいたMIBの言明どおり、SFに出てきそうな光線銃っぽいシロモノなどは、誰も所持していない。

 ただし全員が、なんじゃやら初代ウルトラマンの変身アイテムのような、極太のペンライトっぽい小物を懐に入れていた。


「――それは?」

 富士崎さんがいぶかしげに問いただすと、MIBの頭目は、

「まあ、ちょっとした護身用のアレですね。どんな星のどんなイキモノでも、神経系を備えていれば数十秒動きを止め、直近数十分の記憶を失います」

 そう言って、いきなり隣のMIBの顔に、その光を当てた。

 隣のMIBは、ヘ? と言うような顔で、そのまんま彫像のようにつっぱらかった。


「これこのとおり」

 MIBの頭目は、固まったMIBのほっぺたをつんつんと突っついて、

「でも、ご心配なく。元に戻れば、あら不思議」

 待つこと一分ほど、

「……あれ?」

 隣のMIBは、きょろきょろと辺りを見回し、

「……ここ丹下さんちでしたよね、支部長」

 マジなハテナ顔である。


 富士崎さんは眉をひそめて、

「使いようによっては、立派な凶器じゃないか」


 MIBの支部長――いかなる団体のいかなる支部なのか、定かではないが――は、東京本社から地方営業所に飛ばされた万年係長のようにのほほんと、

「そうですか? そこいらで売ってる護身用スプレーのほうが、遙かにアブナイと思いますけどねえ。ご心配でしたら、みんな預けときますよ。このあたりには凶暴な地球人もうろついてないし、熊も猪も出ないし」


 まあ確かに、銃火器よりは遙かに平和的である。DQNや熊が固まっている間に、こっそりトンズラこけばいい。お互い、恐い思いも悔しい思いもしないで済む。


 支部長に促され、部下のMIBたちも、次々と富士崎さん一派にベーターカプセルもどきを差し出した。


 ――どうせこの国じゃ、ほとんど使わないしな。

 ――ほんと呑気のんきで、いい国だよなあ。

 ――ロズウェルあたりじゃ、問答無用でぶっ放されたもんなあ。


 そんなMIBの声が、あちこちから漏れ聞こえた。

 その声の中に出てきたアメリカの地名に、俺は確かな聞き覚えがあった。


 ロズウェル――いわゆる『ロズウェル事件』。

 ニューメキシコ州のロズウェル付近で、米軍がUFOをナニしたり宇宙人をアレしたりしたという、UFOおたく御用達ごようたしの大騒動は、今からおおむね七十年前に起きている。

 てっきりトンデモ話だと思っていたが、どうやらこの黒っぽい方々が、事件の当事者だったらしい。


     *


 いきなりタマと対面させる前に、まずは事情聴取、とゆーことで、仕事柄エイリアン関係にも明るそうな牧さんが、食堂から客間に呼ばれてきた。


 客間いっぱいのMIBを代表して、支部長が俺たちと同じ卓の席に着く。

 客間には、他にも歓談用の長椅子が置かれているが、とても全員座れる数ではないので、他のMIBは、お行儀よく立ったままである。支部長以外は、みんな同じ平社員らしい。


 MIB支部長が、まず俺に名刺を差し出した。

「どうも、自己紹介が遅れまして。わたくし、こーゆーものです」


 如才じょさいなく常磐老人や牧さんにも名刺を配っているが、彼にとっては、あくまで俺がこの場の主役らしかった。

 正確には、まだ食堂にいるタマが主役であり、そのタマの現在の飼い主が俺、ということなのだろう。


「あ、これはどうも御丁寧に」

 俺も自分の名刺を差し出した。

 常磐老人と牧さんも、俺に続いて名刺を差し出す。


 この館のあるじでありながら二の次にされて、器の小さい人物なら気を悪くするところだが、さすがにベテランの悪家老、もとい政財界の闇将軍を自負する常磐老人は、いたずらに目立とうとしたりしない。


 MIB支部長の名刺には、なんじゃやらホログラムっぽい、いかにもMIB仕様の活字が印刷されていた。


「えーと、『超銀河探偵社 地球支部代表 壬生園一』――みぶ、そのいち?」

「はい」

「……ずいぶん解りやすいお名前ですね」

「ぶっちゃけ、御当地向けの偽名ですな。そもそも正体にしてからが、実はこんなんですし」

 MIB支部長は、そう言ってサングラスを外してみせた。


「わ!」

 このところの騒ぎ続きで、大概のことには動じなくなっている俺も、さすがに腰が引けた。

 MIB支部長の眼窩がんかには、目玉の代わりに、金属製の絞り羽根が露出していたのである。


「九枚羽根の円形絞り……最高級カメラなみの仕様ですね」

 俺が感心して言うと、MIB支部長はサングラスを掛け直し、

「はい。元の目玉はロズウェルで米兵に撃たれちゃったんで、逃亡後、ニコンのカメラの部品で修理しました。私ら、この星に出張が決まった時点で、向き向きに機械化されておりますから」


 ニコンの光学技術は七十年も前から世界的、いや宇宙的だったのだなあ――そんな感心しかできない俺に代わって、牧さんがMIB支部長に言った。

「サイバネティック・オーガニズム――いわゆるサイボーグですね」

「まあ、オリジナルの臓器は脳味噌くらいですから、むしろサイバネティック・リンク・システムでしょうな」

「なるほど。地球人型の機械体を、本来の脳で直接制御している、と」

「はい。この星の方々は手足が左右一対なんで、慣れるまでが大変でした。本来、私ら、手足兼用のやつが八本ありますもんで」


 実は古典的SFに出てくる、たこ型火星人みたいな生き物なのだろうか。





〈 第9章 【未知との送迎】 終〉


  〈 第10章 【ロズウェル ~星の濃い人たち~ 】に続く〉

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