6 タマの覚醒


 久々に大舞台に立った西川氏は、VR西川よりも興奮ぎみに、

「さて、本日司会を務めさせていただきますわたくし西川義樹、ちまたで囁かれる西川義樹死亡説などものともせずに、雌伏十年、この日のために単身ハリウッドに渡り、ひたすらサンバの特訓に励んでおりました!」


 そう言って、くいくい、などと腰をくねらせて見せても、マスコミ露出の盛んだった青年時代から十年どころかすでに三十年、不摂生でたるみきった今の当人の腰など、まともにキレるはずがない。


 当然、観客も誰ひとり本気にせず、でもまあ今回こんだけ派手にブチ上げたからには、確かにハリウッドでなんかいろいろ暗躍していたのだろうと、声援だか失笑だか、微妙などよめきが観客席に広がった。


閑話休題あだしごとはさておき――」

 西川氏は少しも悪びれず、

「ただ今ご覧いただいたイリュージョンは、新世代デジタル・ホログラフィー・システム[マキシラマ]の実力の、ほんの一端にすぎません。

 まだまだ秘めたる底力、そして無限の可能性に関しましては、後ほどゆっくり御説明させていただくことにいたしまして――。

 まずは記念すべき長編映画第一作、全編[マキシラマ]による日米合作ファンタジー超大作[たまたまタマ]! ――その主役たちを、ここで御紹介いたしましょう!」


 観客席の、主にぶよんとしてしまりのない層が、ノリノリで歓声を上げる。

「タマちゃ~~ん!!」

「暎子ちゃ~ん!!」

「マトリョーナ!!」

 すでにそれぞれ、ファンの棲み分けができあがっているようだ。


 歓声の中には、あの日アキバで団子坂2×4ツーバイフォーに送られていたのと同様の声援も、ちゃんと混じっていた。

 マイナー地下アイドルの世界飛躍をすなおに祝福できる健気けなげなファン、そして微乳で小尻な女児よりも、たゆんたゆんのばいんばいんを歓迎する健全なムスコの所有者が、この日本では、まだまだ多数派なのである。

 俺は、俺自身の嗜癖をちょっとこっちに置いといて、この国の未来に、確かな光を見ていた。


「さて、紹介を始める前に――」

 西川氏は、左右や背後の客席を見渡しつつ、

「目立ちたがりの中年男なんて、横顔と後ろ姿だけで充分だけど、可憐な主役たちまでが、それでは困るとお嘆きのあなたに!」


 さすがに生身の本人たちが、その場でぬぼぬぼと増殖するわけにはいかない。

 実物メンバーと、新たにVR投影された三組のコピーが、ステージの四方に進み出る。

 今回の三組は、リアルタイムで実物を解析した3Dコピーだから、どうしてもコンマ五秒ほど動きが遅れてしまうが、それもまた別の意味でリアル、[マキシラマ]の底力を見せるには格好なのである。


 西川氏は、先にバックダンサーとして、団子坂2×4ツー・バイ・フォーのお嬢ちゃんがたを、まとめて紹介した。


 次いで平成西川三人娘の紹介に移ると、今回の映画が世界的なメジャー作品であることを強調するため、マトリョーナを一番手に選び、


「――まずは、ハリウッドのオーディションで三千人の候補者の中から選び抜かれた、百年にひとり、いや千年にひとりの世界的美少女――ロシア貴族の血を引くロマノフの宝石――マトリョーナ・ベスパロワ!」


 ひときわ高まる歓声に、マトリョーナは、夏の向日葵ひまわりのごとき笑顔をカマしてみせた。

 どちらかといえばクール・ビューティに属する彼女だが、今現在、フトコロ具合もちょっとクールになってしまっているので、ここはあえてホットに稼がねばならない。なにせ、成長期っぽいのにちっとも成長しない体、表舞台で怪しまれずに稼げる期間は限られている。

 そんな、腹をくくった美少女の超弩級スマイルに、固定ファンのみならず、会場にいる老若男女の九割がたが、夏の太陽に晒された板チョコのごとく、メロメロとトロけた。


「続きましては、我が西川義樹事務所が秘かにオーディションを重ね、満を持して日本から世界に送り出す、下町の太陽――。

 あなたの町にも、ちょっと前まできっといた、でも今となってはなぜかどこにも見つからない、古き良き昭和おとめちっくワールドの申し子――假名暎子ちゃん!」

 暎子ちゃんは、かなりはにかみながら、ぺこりと頭を下げた。

 そんなぎこちなさもまた、昭和のおとめちっく路線とは不可分である。


 庶民派なりに舞台用のメーキャップをきっちり施し、スポットライトを浴びる暎子ちゃんの姿に、俺の胸は、あらためてきゅんきゅんと疼きまくった。


 暎子ちゃんは、けして行動から窺えるほど大胆な少女ではない。

 自我自体が脆弱ぜいじゃく、という意味ではけしてない。内的世界は、むしろ度を過ごすほど豊穣かつ濃密である。

 しかし、内的世界と外的社会の隔壁が、まだ幼くて薄いがゆえに、ときとして自我との天秤を計りかねる。

 そんなよう自体のもろさが、俺にとっては、も言われぬ『おとめちっく』なのだ。

 だから、逆に内容空疎で面の皮だけが厚い俺などは、そーゆー乙女を見ると、思わず我を忘れて護ってやりたくなる。

 今、会場で暎子ちゃんに声援を送るファンたちも、たぶんそんな保護本能に、きゅんきゅんと悶えているに違いない。

 でも見るだけよ、見るだけ。

 やんないかんな。俺のだかんな。


「そして最後に――もはや紹介は不要でしょう。今年の日本の夏を竜巻のごとく席巻した、変幻自在の猫耳娘――。

 我が国の中世そして近世、さらに現代から未来、そのすべてをクール・ジャパンな『萌え』でつらぬく永遠のにゃんこ――龍造寺さんちの三毛猫、タマちゃん!」

 んむ、苦しゅうない――タマは悠々とうなずいた。


「それではタマちゃん、まずは主役として、なにかひと言!」

 西川氏の突然のフリに、タマは毅然として歩を進め、武道館いっぱいの群衆を、余裕綽々しゃくしゃくで見渡した。


 タマに対する歓声は、さすがに多種多様であった。


 全世界で話題沸騰の猫科アイドルが、ついになんか自己主張するぞ――。


 ここは公式プロフィールを尊重して、大真面目に「うわ化け猫だあ」とか驚いてやったほうがいいのだろうか。それとも、紹介する西川義樹自身がすでに(笑)みたいな顔なのだから、こっちもすなおに爆笑していいのだろうか――。


 でもやっぱり、このイキモノには、にゃんこそのものの愛嬌っつーか、萌え線狙いのイロモノを超越した、天然のナゴミ感があるんだよなあ――。


 そんな様々の感興が、満場の観客席で混交し、名状しがたい歓声のうねりとなって、萌え系おたくたちの能天気なタマちゃんコールなどは、そのうねりに紛れてしまう。


「――思えば、長い道のりでした」

 タマは、血統書付きのシャム猫のように媚びのない瞳で、厳かに口を開いた。


「この世で最もハナマルなイキモノに生まれつき、さらにおのれの美しさを磨くべく、日夜ぺろぺろぺろぺろと毛づくろいに励むこと幾星霜……。

 猫の宿命として、全世界に君臨する野望は常に心の奥に抱いておりましたが、今、こうして大伽藍がらんを埋めつくす下僕の群れにかしずかれておりますと、野望を成し遂げた喜びよりも、むしろ美しすぎることの孤独、美しすぎることの罪深さが、この繊細な心を、惻々と侵しはじめていたりもするのです……」


 観客たちは、さすがにとっちらかっていた。

 なんか、話がどんどん、明後日あさっての方角にズレてくぞ――。

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