5 イッツ・ショータイム


「でも、タマの自己紹介やインタビューは、ほんとにアドリブまかせでいいんですか?」

 俺は西川氏に念を入れた。


 暎子ちゃんやマトリョーナは、何日も前にマスコミ向けの公式プロフィールを渡され、インタビューでは何をどこまで口にしていいかとか、しっかりアイドル教育を受けている。

 団子坂のお嬢ちゃんがたは、もとより海千山千のインディーズ・アイドルだから、自己演出はお手のものだ。

 しかしタマは、そこいらが完全な放任状態なのである。


「だってタマちゃんは、マジに慶長以来の猫又じゃないか」

 西川氏はしれっとして言った。

「そのプロフィール設定はハリウッド側でも踏襲されるから、何を質問されても、ありのままに返答して問題ない。ただし今回の映画の内容そのものに関しては、サニー・ピクチャーズとの契約上、厳重な守秘義務があるから、タマちゃんだけじゃなく私たち全員、何を訊かれても『ノー・コメント』に徹することになる」

 実のところ映画本編のストーリーなどは、現在、日米のライターたちが、必死こいてでっちあげている最中なのである。


 ちなみにステージ下にいるイベント・スタッフの半数は、俺たちと渡欧前から関わっていたメンバーであり、タマがマジな猫又であることを知っている。

 残り半数は今回のみのスタッフだから、タマの猫耳や尻尾や変身は、あくまで商売上のギミックや、VRシステムによるイリュージョンだと信じている。

 その双方が、西川氏の言葉に同じような微苦笑を浮かべて納得してしまうあたり、西川氏の話術、というか詐話術は、平成に至っても衰えていなかった。


     *


 さて、いよいよイベント開幕時刻である。


 もっとも俺たち裏方は、特設円形ステージの床下、いわゆる『奈落』に詰めっぱなしなので、会場の様子は、数台の小型モニターでしか確認できない。

 開演のアナウンスとともに、武道館内が上映開始前の映画館のように真っ暗になり、満場の客席の喧噪が、徐々に静まるのが把握できただけである。

 今のところキャスト一同も、奈落に設けられた昇降装置、いわゆる『り』の上に待機しており、本当の出番は、まだちょっと先なのだ。


 ともあれ、西川氏が中心となって演出したオープニングは、新世代VRシステム[マキシラマ]の底力を、世界にカマすのに十二分な趣向であった。


 暗転した場内に、まずは頭上からヘリコプターの爆音が近づき、あの日秋葉原に舞い降りたのと同型の中型ヘリが、武道館の屋根の存在を丸っきり無視して、いきなりばたばたどばどばと館内に下降してくる。

 館内から照射される幾条ものスポット・ライトを、リアルに反射するヘリの質感は、どう見ても実物にしか見えない。


 ヘリの下には、直径数メートルほどの虹色に輝く発光球体が――よく見れば[たまたまタマ]と[Tama・Tama・Tama]のロゴをいくつも組み合わせ、巧みに立体造形した巨大なPOPがぶら下がっており、ヘリはその球体を、ずん、と円形ステージ上に下ろしたのち、四方の観客席を掠めるように、わざとらしくばたばたどばどばと旋回して皆をきゃあきゃあ言わせながら、再び武道館の屋根を突き抜けて、屋外に飛び去る。もちろん屋外から見れば、ヘリなど影も形もないのである。


 無人のステージ上に残された巨大な発光POPは、生ある者のごとくあっちこっち転がってからステージ中央に落ち着くと、なんじゃやらぷるぷると震えたのち、ぶわ、と膨れあがっていきなり花火のように破裂、四方八方に飛び散った無数の[たまたまタマ]&[Tama・Tama・Tama]ロゴは、観客席を直撃する寸前で宙に静止、シャボン玉のように、ぽ、と消滅する。


 きゃあきゃあ騒いでいた観客がステージに目を戻せば、突如出現したタキシード姿の西川氏と平成西川三人娘、そして団子坂のお嬢ちゃんがたが、じゃじゃじゃじゃ~~ん、とかポーズをキメるのみならず、いきなり華麗なるサンバの群舞など、披露しはじめたりする。


 ヘリやサンバを使った演出は、秋葉原騒乱を記憶している観客に対するサービスの意味合いもあれば、あの日のヘリやサンバのどこまでが現物でどこからがVRなのか、世間を攪乱かくらんする狙いもあった。

 実はこの時点でステージにいるキャスト一同も、霍乱用のVRなのである。


 サンバが佳境に入ったところで、西川氏がプロ・ダンサーなみの腰のキレを披露しながら、

「それでは――後ろ姿しかご覧になれないと、お嘆きの方々のために!」

 そう声を張った直後、メンバー全員が、ぬぼ、と左右に分裂増殖、増えたほうのメンバーは身を翻し、円形ステージの反対側に別れてゆく。


 双方、同じステップで踊り続けることしばし、

「――それでもやっぱり横顔しかご覧になれないと、お嘆きの方々に!」

 あっちとこっちの西川氏が、同時に叫んだとたん――ぬぼ、ぬぼ。

 こうして全員が四組に分裂増殖すれば、全周の観客に、[マキシラマ]の図抜けたVRっぷりをアピールできる。


 やがて頃合いを見計らい、タマがいきなり巨大人面猫に変身する。

 その背中に暎子ちゃんがひらりとまたがり、マトリョーナをからかうように、彼女の周囲を跳ね回ったりもする。

 ここいらの動きも、秋葉原でのの一部をまんま再現しており、初めて実物を目撃した大部分の観客たちも、二度目に目撃した少数の観客たちも、ほぼ総立ち状態で、歓声を上げまくっていた。


 ちなみに今回のイベントには、多数の放送局がテレビカメラを持ちこんでおり、中には生中継している局もある。かてて加えて、一般観客による動画撮影やネット配信も禁じられていない。

 つまり現在の状況そのものが、あの秋葉原騒乱と、ほぼ同じ構図になっている。

 この時点で、そもそもの目的である秋葉原騒乱の虚構化は、ほぼ達せられたと言ってよかった。


 だから、今日の西川氏の残る仕事は、「なにかとバブリーな西川映画が、ウン十年ぶりに魔界転生、いや表舞台に復活しますよ! しかも驚天動地の新発明を引っさげて!」――そんな感じで、めいっぱいブチ上げるのがメインとなる。


 暎子ちゃんを乗せた巨大タマとマトリョーナの間に、西川氏が〔こらこらケンカしてはいけません〕みたいな振り付けで割って入る。

 タマは、どでかい肉球で西川氏を突っ転がし、背中の暎子ちゃんが止めるのも聞かずに、舞台中つんつんと西川氏を突っ転がして回る。


 その騒ぎに押されて、分裂増殖していた複数のメンバーもわやわやと入り乱れ、そのうち円形ステージ上に渦を成して駆け回り、しまいにゃ全員、ちびくろサンボに出てくる虎たちのようにペースト状に混ざり合って、栓を抜かれた風呂のお湯のようにぐるぐるずるずると、ステージ中央に吸いこまれ――。


「あらためまして――ようこそ皆様!」

 みたび西川氏の声が響けば、そこには元どおり、増殖前の西川氏と平成西川三人娘、そして団子坂のお嬢ちゃんがたが、じゃじゃじゃじゃ~~ん、とポーズをキメている。


 ただし今度のメンバーは、ここまでのVRキャラにあらず、奈落からステージに上がってきたばかりの本人たちである。

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