12 突入せよ! あさましい山荘事件
レシーバーの防音モードをものともせぬ大音響と、背後から夜の闇を突く光芒を確認したのち、壁の穴に躍りこむ。
案の定、室内のほぼ全員が破られた窓の方を向いていたらしく、視覚も聴覚も失い、ショック状態で床にうずくまっていた。
しかし中には、運良く無力化されなかった大デブもいて、そこはそれプロの悪漢、条件反射的にバンバン発砲してくる。
真っ先に躍りこんだタマは、これまた条件反射的に、大口を開けてそいつに食らいついた。
「がっぷし!」
喉笛を食いちぎられる寸前、そいつはようやく〔なにこれなんのモンスター映画?〕みたいな顔をしたが、時すでに遅し。
「べりぼり、ばり」
まさに血祭りの序開きである。
カシラやアブラミは苦手と言いつつ、そこはそれ猫科の巨獣、狩猟モードのタマには容赦のカケラもなかった。
俺の横では、マトリョーナが使い慣れたサブ・マシンガンで、床にうずくまっている連中の腕やら脚やらを情け容赦なく撃ち抜き、反撃不能にしてゆく。見かけはロー・ティーンでも実はベテランのプロ・スパイ、これまた非情そのものだ。
奥のサーバー方向から、盲目撃ちの弾が飛んできた。そっちにも無力化のハンパな奴がいたらしい。
俺は鉄砲玉を雨合羽、いや弾合羽でびしびし跳ね返しながら、奥を目ざして走った。
「どどどどどどどどど!」
マトリョーナの連射が、奥にいるKONISHIKIなみにどでかい敵の太鼓腹に、ぱぱぱと着弾した。皮下脂肪が厚すぎて血しぶきは飛び散らない。リョナやグロの苦手な俺には、ありがたいことである。
サーバー寄りのデスクは、すでに俺の天下となった。
俺は三台のモニターとキーボードを相手に、そそくさと電源OFFを進めた。
一台はLinux系のFTPサーバー、一台はWindows系のWEBサーバーである。
残りの一台は、たぶんハッキング専用のなんだかよくわからないサーバーだったが、OSはLinux系なので、俺にもON・OFFくらいは扱えそうだ。
横のドアを、外からどんどんと叩く音がした。
ドアには巨大タマがでろんと背をもたれているので、開く気遣いはない。
別室の武闘派が、焦って叩いているのだろうと思いつつ、
「レストランの人ってことはないよな」
ふと気になって口にすると、マトリョーナは窓の跡の大穴から外を覗いて、
「ええ。下の人たちは、もう庭に逃げ出してるわ。――そっちは順調?」
「ああ、楽勝だ」
「じゃあ、ヘリに連絡するわ」
タマは背中の喧噪をものともせず、さっき食いちぎった生首を抱えて、旨そうに囓っている。
「アブラっこいカシラも、もぎりたてだとなかなかオツものですね。がじがじがじ」
タマの背中のドアが、小刻みにびしびしと震動した。
向こうの部屋で、拳銃やマシンガンを使いはじめたのだ。
タマは、生首を囓りながら目を細めた。
「おほほほほ。背中のツボに、いいあんばいのチクチクが」
抱えている生首は、すでに生首なんだか
俺は、なるべくそっちを見ないようにして作業を続けた。
ちょっと自信薄だった三台目も、無事に電源が落ちる。
「よし、終わった――」
ふと横を見れば、マトリョーナが、床に横たわるKONISHIKIもどきの生死を
「……イヴァニコフよ」
「え?」
男は明らかに息絶えていた。
しかし、そのしまりなく
「別人みたいに肥えてるけど、間違いないわ」
彼女がそう言うからには、そうなのだろう。確かに、若ぶったファッションとは別状、他のハッカー連中よりも遙かに年長である。顔色がやたらドス黒いのは、撃たれて死ぬ前から、肝臓や腎臓を長く患っていたようにも見えた。
「防弾ベストさえ着けてないなんて……あさましい暮らしを続けていると、狼も豚になってしまうのね」
「その比喩は間違ってるぞ」
俺は、あえて反論した。
「豚は肥え太ってこそ旨い豚になる。狼は肥え太ること自体が外道だ」
「……まあね」
隣室の銃声がやむと、ドア全体が、タマごと激しく揺れはじめた。どでかい家具か何かで、向こうから打ち破ろうとしているらしい。
タマは、毛の生えた
「おお、今度は銭湯のアンマ椅子ですね。ぺろぺろぺろ」
マトリョーナが、新たな
俺にも予備のマシンピストルを差し出し、
「でも優しい豚は、人や狼に食われるだけよ、タロウ」
「相手が人や狼なら、せいぜい
俺はマシンピストルを受け取り、すちゃ、と安全装置を外した。
「でも外道に食われるのはパスだな」
ミリオタではない俺も、代表的な小火器の扱い方くらいは知っている。映画やネット動画で見ただけだから、実際にいじくるのは初めてだが、たとえばYOUTUBEの海外動画などは、人の撃ち殺し方を、重箱の隅まで教えてくれるのだ。
とはいえ、慣れない銃撃戦を避けるに越したことはない。
まずはマトリョーナに
「タマ、ちょっとドアに隙間を――」
そう言ってタマの頭をぺんぺんしたとたん、タマは頭蓋骨を放り出し、
「血祭りホンチャン!?」
「あ、いや、ちょっとだけドアを――」
聞こえるはずがなかったのである。
タマの耳には、まだ栓が詰まったままだった。
止める暇もあらばこそ、タマは直前までたれぱんだ化していたのが嘘のように、力いっぱいドアにぶち当たった。
「アカミ!!」
一瞬前までドアだった無数の木片といっしょになって、ぶわ、と奥の部屋に跳躍するタマを、俺たちは呆気にとられて見送るしかなかった。
隣室から、おびただしい銃声と、タマの跳ね回る重低音が響いてくる。
「……ま、いいか」
以降、隣の部屋で展開したであろう凄惨な光景に関しては、あえて詳述を避けたい。
なんじゃやら「おわ」とか「ぎえ」とか「おーまいがっ」とか泣き叫ぶ男たちの声に重なって、[ぶぢ]とか[ばぎ]とか[ばっづん]とか、肉が裂け骨が折れる音が聞こえてきたのは確かである。
無節操なスプラッター映画も裸足で逃げ出すほど大量の血しぶきが、戸口からこっちの部屋までばしゃばしゃ降り注ぎ、あまつさえマッチョなアカミの腕や足が、ぽんぽんと弾みながら転がってきたりもする。
「わははははははは!!
♪ 血! 血! 血を増す マスチゲン~~~~ ♪」
タマの陽気な昭和CMソングを聞きながら、俺は思った。
人生という過酷な生存競争において、最悪、外道に食われることはあるにせよ、能天気な化け猫にだけは、躍り食いにされたくないものだ――。
彼方から、ヘリの音が響いてくる。
〈 第8章 【君たちはどうジキルとハイド】 終 〉
〈 第9章 【未知との送迎】に続く〉
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