10 A子ちゃん(仮名)とドップラー効果
俺は絶叫し、がっくりと地べたに膝をついた。
頭の中で、あの樹海に消えたアキバ系老師の声が、俺の魂を
「前世紀が
ならば今、思わず
「――違う!」
俺は両の拳で地べたを乱打しながら
「違う! 違うんだ!!」
すると、頭上から『
「あーもう、このおじさん、なんかめんどくさい」
でも使えそうな召使い、他に見つかんなかったしなあ――そんなぼやき声ののち、
「がっぷし!」
いきなり視界を覆った暗黒の中、覚えのある顔面べろべろ感と首ぶんまわし感を再体験しながら、俺は思った。
ああ、やっぱり俺みたいな寸足らずは、まともな発狂さえかなわず、自らが産んだ
「はぐはぐ、はぐはぐ」
今回はやけに味見が長いが、どうですべては俺の自業自得、今さら何をも恨むまい。どうぞこのまま彼岸に引導よろ――などと、死による免罪を
「ぺ」
俺の目に、ふたたび朝の光が戻った。
一瞬、あの巨大人面猫が眼前に立ちはだかっている気がしたが、改めて目を
「なるほど、太郎の言わんとしている意味が、だいたい見当がつきました」
タマは厳かに言って、スカートをまくり上げた。
「はい、パンツ」
豊かなフリフリに縁取られた、ドロワーズだかズロースだか判然としない、丈長の純白物件が、そこにあった。
「おお……」
これこそが俺の正しい幻覚――。
そう、ゴスロリスカートの内部にあるべきは、グンパンやブルマーではなく、ましてざーとらしい白水着でもなく、まさにこの
かてて加えて、さっきは見受けられなかったフリフリのペティコートまで、スカートと一緒にまくり上げられているではないか。
俺は思わず合掌していた。
「なまんだぶなまんだぶなまんだぶ」
なんだかよくわからんが、とにかく俺は
そのとき突然、背後から、
「ひ!」
と
悲鳴を上げようとして、上げる前に飲みこんでしまった――そんな悲鳴だった。
うわしまった、いつのまにか、後ろに第三者が――。
仰天して振り向くと、木立の向こうの舗道からこちらを窺って立ちすくんでいるのは、赤いランドセルのボブショート娘――忘れもしないA子ちゃん(仮名・当時小学五年生・十一歳)だった。
いや正確にはA子ちゃん(仮名・現在推定六年生・十一歳か十二歳かまだ不明)である。
両の
俺は対処に窮し、合掌ポーズのまま首だけそっちに向けて、A子ちゃん(仮名)の澄みきったまんまるお目々を、自前のニゴリ目で阿呆のように直視するしかなかった。
とりあえず「あの」と声をかけようとした瞬間、A子ちゃん(仮名)は、
「うぁぁぁぁ!」
長い悲鳴と、ランドセルのかたかた揺れる音が、超加速から生じるドップラー効果によって周波数を低めながら、彼方の推定小学校方向に遠ざかっていった。
*
「……なんでしょ、あれ」
パンツ丸出しのまま、タマが言った。
俺は言葉を濁した。
「あ、いや、ちょっと……」
思えば、俺の幻覚を、A子ちゃん(仮名)が共有できるはずはない。
彼女が目撃したのは、あくまで忘れてしまいたい過去の遺物が、なぜか植えこみの奥の地べたにひざまずいて、泣きながら虚空を礼拝している姿なのである。
いつもの通学路でいきなりそんなシロモノに遭遇したら、俺だって即行トンズラこく。
――ま、いいか。
俺はここまでのアレコレを、脳内で強制初期化することにした。
――うん、今後の予定に問題なし。
「肩車していいぞ、タマ」
タマはなんの屈託もなく、がしがしと背中によじ登ってきた。
「♪ おっ
第一章 【お早うございますの猫又さん】〈終〉
〈第二章【愛と死を煮つめて】に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます