2 おたく、再起に挑む
実際、悪いのは世間なのである。
馬でも鹿でも入れるような公立高校を出て、四流五流の私立大学に上がる金はなく、零細企業の正社員の座にもことごとく落ちこぼれた俺だって、去年の冬に自室に引きこもるまでは、せめて自分の食い
とくに長く勤めた隣町のコンビニでは、
それがある日突然、
俺が隣町の女子小学生A子ちゃん(仮名・当時十一歳)を言葉巧みに騙くらかし、ひと晩連れ回したというのである。
冗談はULTRAヨシ子デラックス。
俺にそんな革命的偉業を達成するほどの克己心があるなら、ネットで拾いまくったアレな実写画像でパンパンになったハードディスクを、児●法の適用条件が広がったとたんに泡を食って物理フォーマットしたり、数十枚のビデオ落としDVDを延々と叩き割ったり、関東一円あっちこっちのアヤしげな古本屋で掻き集めた昭和なら合法の写真集を、泣きながら一冊残らずシュレッダーに突っこんだりするものか。
なのに派出所のお
で、大山鳴動して鼠一匹、その鼠すら容疑者の俺ではなく女子小学生自身であり、単に親と喧嘩して発作的にプチ家出を試みただけ――そんな事実が判明してようやく釈放されたとき、すでに俺は一般世間から、今のところ罪人ではないが近日中に犯行必至のロリペド変態野郎、そんな
隣町のA子ちゃん(仮名・当時五年生)に恨みはない。
親に怒られるのが嫌で、つい優しそうなコンビニのお兄ちゃんを悪役に仕立ててしまうなど無邪気の楽園、たわいないものではないか。
この世のすべての女子小学生を、大らかに許す度量が俺にはある。
お
まあ勾留中には脅されたり突っつかれたり泣かされたり、ひとり残らず
見ず知らずの俺に対する
真偽も正邪も
しかしマスゴミの
後から謝罪記事を載せてくれた新聞や週刊誌など皆無だし、それらマスゴミのインタビューに「そんなことをする青年には見えなかった」と答えてくれた町の衆は、向こう三軒両隣、ただのひとりもいなかったのである。
これでも悪いのは世間ではなく俺のほうだとあなたが言うなら、俺がわなわなと震える手で力いっぱい振り下ろす図太い
*
庭も塀もない長屋同然の門口から前の道に出ると、たまたま通りかかった超高級ブランド姿の痩せた老人が、歩く
老人が散歩させていた、もとい上機嫌で老人を引きずっていた秋田犬は、いきなり首を後ろに引っぱられて
「ぉわぉぅ」
いかにも秋田生まれらしい
ただし豪邸の主である老人は、俺のような得体の知れない雑種など、保健所で薬殺したほうがいいくらいに思っている。
「おはよう、
俺はしゃがみこんで犬の頭や顎の下をわしわし撫でながら、飼い主に対する
そもそもこの爺さんが「そんなことをする青年には見えなかった」とは真逆のコメントをマスゴミ相手に漏らしたあたりから、俺の受難の本番が始まったのだ。
俺は凍結状態の老人を振り仰ぎ、本性とは無慮百億万光年を隔てた純真無垢な笑顔を浮かべ、力いっぱい朗らかに
「おはようございます!」
老人はつっぱらかったまんま、もごもごと口元を
「お……うぅ」
たぶん「おはよう」と発音したつもりなのだろうが、犬よりも
「いやはやご無沙汰しました! どうもお久しぶりです!」
「お……おお」
老人の引きつった顔面筋肉は、依然として歩く
俺は長年のコンビニ勤めで体得した、ゼロ円スマイルならぬ絶対零度スマイルで、とどめを刺した。
「かわいいお孫さんはお元気ですか?」
ハイソ系女学院初等部の入学祝いに、老人がどでかいグランドピアノを買い与え、そのたどたどしくも可憐な音色を、道行く俺の耳にときおり風に乗せて届けてくれる
しかし、町内一の大豪邸でこれ見よがしにふんぞり返っている政商あがりの
噂では、表舞台から退いた今も、『陰の
「じゃあ、お先に! かわいいお孫さんによろしく!」
老人は、自分自身が歩く
俺は明朗快活な笑顔のまま、内心に邪悪この上ないジョーカー笑いを浮かべ、凍死寸前の爺さんを残して、掘割方向に歩を進めた。
――よし、予期せぬ再起試合は、俺の完封勝利。
後は野となれ山となれ。
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