第10話 呪いを解くイリス


「何を……!」


 鋭い声と共に手を引っ込めようとしたリベルタを無視して、私はぎゅっと彼の手をぎった。

 もし、リベルタの呪いが消えたら。消えたら、そう、リベルタはずっと生きられる!

 ただその一心だった。

 つないだ手からあたりを包み込むようにまばゆい光が放たれ、私は思わず目をつぶった。

 彼は、小さなころの私の、たった一人の親切な味方だった。人に冷たく見えるけれど、本当は違う。心優しく頭のいい、静かな優しさのある人だった。だから、だから呪いが消えるなら、ずっと生きていてくれるなら、どんなことだって、私はしようと思っていたのだ。


 目を射るような鮮烈な光は、ほんのわずかな時間でおさまり、あふれた光は雪のようにゆっくり、ゆっくりと降り注ぎ始める。私はうっすら目を開ける。


 あたりは海のように光の粒が舞って、そして、静かに消えていく。

 最後の光のひとかけらがきえると、後に残ったのは、手袋を外し、ぼうぜんと自分の手を見つめるリベルタだ。


「呪いが──」


 リベルタの右手、ツタ模様の邪悪な呪いは、すっかり消えていた。

 その代わりに、手の甲には、美しい獅子の文様が──王位継承権を表す王族の紋章が現れていた。


「やっぱり消えてるわ! ふふっ、良かったわね、リベル……」


 私はリベルタに思いっきり抱きしめられていた。


「君は、どうして……なんで僕の手を握ったりなんかしたんだ! 死ぬところだったんだぞ!」


「だってリベルタが助かったらいいなって思ったら──」


「だからって、なんでこんなむちゃを!」


「あなただって無茶して私を助けてくれたじゃないの、今日の星祭りで」


 リベルタは黙って、私を抱きしめる力はさっきより少しだけ強くなった。


「──ああ、イリス。ずっと、この呪いが消えたらって……ずっと思っていたんだ……!」


 感極まったように、リベルタはそういった。

 抱きしめられているから、その表情は見えない。


「ねぇ、泣いてるの? リベルタ」


「……泣いてない。なんでこういうときにそういうこと言うんだ、君は」


 彼は、ゆっくりと私から体を離し、ほんの少し微笑んだ。それから、いつも通りのリベルタに戻って、もう一度まじまじと自分の左手に宿る継承紋を見つめた。


「獅子紋を持つものは王位を継承する権利を持つ……呪いが消え、この紋章が現れたということは、僕は皇太子に戻るのだろうか」


「きっとそうね。これでリベルタも王位継承者の一人になるってこと?」


 リベルタは嬉しそうに、そして少し困ったように苦笑した。


「多分……しかし、ちょっとした厄介事が起こるかもしれないな」


 ふいに、ぎにゃおお、と、やや濁った小動物の鳴き声が間近で聞こえた。

 私とリベルタは、声のした方、すなわち自分たちの足元を見る。


 猫、よりは少し大きい。そして丸っこい熊みたいな耳をした小動物がいた。

 図書館の床、私たちの足元にひっくり返って、私のドレスにはねながらじゃれついていた。


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