第5話 9つの頃、幼少リベルタと私の思い出、あるいは師、マラジージ


 9歳の時。


 その時の私は、リベルタの師匠であり、私の師匠でもあるマラジージ先生に師事していた。

 と同時に、私に聖なる力がまったくないと、はっきりと判明した頃でもあった。


 聖なるアドルナート公爵家の当主であった私の父、そしてその父に嫁いできた母。

 そこに生まれた一人娘の私。


 当然、私にはアドルナート家の女にふさわしい、聖なる力がそなわっているものと誰もが思っていた。

 しかし、7つの時に魔法を習い始めた私は、9歳で地水火風すべての魔術をすでにマスターしていたにもかかわらず、聖魔術に関してはてんでだめ、なんの力の片鱗も示さなかったのだ。


 これには、母の浮気を疑うようなうわさまで出たらしい。

 しかし、母は父を傍目でもわかるくらい愛していたし、それは父も同様だった。そして私は、どうみても父そっくり。

 で、2人の子であることは、聖なる魔法が使えないこと以外、疑う余地はなかったのであった。


 私が聖なる魔法を使えないとわかっても、父も母も、私への態度を変えなかったし、それだけではなく、アドルナート家の聖なる力がなくても、どうにか生きるすべを身につけさせようと、私を大魔術師に弟子入りさせたのだった。


 大魔術師、マラジージ。

 マラジージ先生は、才覚がありながら気難しいと評判の魔術師で、貴族の子弟と言えども、とびぬけた才能がなければ教えないということでも知られていた。

 当時、彼のお眼鏡に叶ったのは、私と、この国の第一王子、リベルタだけだった。


「はじめまして、マラジージ先生」


 気難しくて意地悪、という先生の評判を知っていた私は、ドキドキしながら、彼の館で挨拶する。

 彼は思いのほか柔和で穏やかだった。先生は意外と優しい笑顔で、翌週から来るようにと私に言った。


 父も母も、マラジージ先生に断られなかったことにほっとして喜んでいたのを覚えている。


 翌週、先生のところへ習いに行くと、ぽつんと男の子が立っていた。

 同い年くらいかな、と思ったのを覚えている。一見してわかる、貴族の子弟だろうという品のある身なり。でも、そういう貴族の子弟の中でも、彼のたたずまいはひときわ上品だった。空色の瞳に、小麦がなびくような金髪。でも、その美しい男の子は私を一瞥してぷい、と黙ったままだ。

 しかし、マラジージ先生がやってくると、彼は一転、笑顔を見せた。


「マラジージ先生」


 彼女に挨拶をしなさい。とマラジージ先生は彼に言った。


「お前はこの子の兄弟子。恥じない振る舞いと、彼女に何でも教えてやること、そして仲良くすることだ。いいね」


 はい、と彼は言って、私に向き直るものの、その冷たい表情は変わることはなかった。本当に仲良くしてくれるのかしら……と私は心配になる。


「リベルタ・ディ・シーラだ。君は?」


 ツンとした様子で彼は名乗った。私も一礼して名乗る。


「私は、イリス・フィオーレ・アドルナートと申します。本日より宜しくお願いします」


 挨拶を終えた私たちに、面倒だから2人一緒に教える。とマラジージ先生は言った。その日から、私たちは一緒に魔法を習い始めたのだった。


 ◆◆◆


 貴族の子弟の中でも、魔術に秀でたものにだけ教えていたマラジージ先生の生徒は、リベルタと、私、たった二人きり。

 マラジージ先生は本当に変わった人だった。魔法を教えるだけでなく、草むしりから水汲みといった家事まで、私たちをこき使った。まぁ、それも楽しかったから今となってはいい思い出だ。


 ちなみに、この頃のリベルタは、先生に言われたこともあるのか、私が質問すれば何でも教えてくれた。

 でもプライベートで私に優しくすることは全然ない。

 あまりに冷淡なので、ある時私は、マラジージ先生に申しつけられた草むしりをおえ、一息つくと、彼に聞いた。


「どうして私に冷たいのですか? 私、あなたに何かしてしまったのでしょうか?」


 草むしりを一緒にしていたリベルタは、ようやく終わり、というように立ち上がると、じっと私を見る。


 それから、ため息をついた。


「僕に関わらない方がいいと思うが」

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