第3話 王子リベルタの助け


「神聖な儀式だというのに、処刑だのなんだの、騒がしいじゃないか」


 響いたのは、凛とした涼やかな声だった。

 私の目の前に飛び出したのは、キラキラした金髪にやや釣り目で勝気な空色の瞳、高い魔術の力を持った私のライバルにして兄弟子、人嫌いと噂される冷淡な人物にして、呪われし勇敢なとの二つ名がつく第一王子、リベルタだった。


「あ、兄上!」


 ラウロがひるむ。

 一方、リベルタは、足音を響かせて、今や私の元婚約者となったラウロの前に立ちはだかった。

 ざわざわとあたりから声が漏れる。

 呪われし英雄王子、外の王子殿、そんな声。外というのは、王位継承の外という意味だ。そう、リベルタは王位から外されている。その理由は、彼にかけられた死の呪いのせいだ。

 しかし、貴族も民衆も、この国の誰もが、リベルタ王子の呪いが、魔物と戦ったために得たものだと知っている。だから、リベルタは恐れられてもいるが、その勇敢さを尊敬されてもいるのだ。

「兄上……なぜここに! 王位継承権を外されるほどの、重い呪いをその身に宿して神殿の門をくぐるとは、いくら王子といえど、あまりに無礼なっ…!」


 ラウロ殿下が言っているのは、神殿の規律のことだ。神殿は常に清浄であれ、武を遠ざけ、穢れや呪いを持ち込まないというのが神殿の不文律だった。


「ラウロ、お前に法を説かれるとは驚いたな。お前こそ、王子ともあろうものが、武力不可侵の神殿で剣を抜き、あまつさえ法を得ずに人を裁こうとしたではないか。国の手本となるものが法を無視するとは開いた口がふさがらないな」


 そういって鼻で笑うリベルタ。

 そうだそうだ!と席から誰かの声も上がった。


「なっ…!」


 言われたラウロ殿下は口をパクパクして、顔を真っ赤にしている。


 リベルタはまったく意に介さず、ラウロ殿下とミアに軽く一歩近づくと、自分の手袋に手をかける。

 ラウロ殿下とその隣のミアが、ぎょっとした顔で思わず一歩下がる。

 それはそうだろう。理由は簡単だった。

 リベルタの左手には、呪いがかかっている。それも、とても強い死の呪いなのだ。もしこの呪いの手に触れでもしたら、皆死んでしまう。

 そのままリベルタは、ゆっくりと、自分の手袋を外す。その左手には、呪いの文様が、黒いツタ模様のように枝を伸ばしていた。この文様こそ、彼が呪われし王子と言われるようになった原因であり、王位継承者からも外された理由なのである。

 呪いがあらわになったためか、神官たちや貴族たちがざわつきはじめる。誰もかれも、このリベルタの呪いを怖がっていた。


「ラウロ、神聖なる神殿を騒がせるものには大神官と王の名のもと、相応の処分が下るというのを知っていてのこの振る舞いか?それとも、今日は王が不在だからとこのような無礼を?元老院が知ったらどうなるか」


 言いながら、一歩リベルタがラウロの前に進む。

 リベルタの呪いは魂を吸うのだと言われていた。ラウロ殿下も呪いに近づきたくもないのだろう、自分の方にやってくるリベルタに思わずひるみ、腰が引けている。

 すかさずリベルタが手袋を外した手で、躊躇なくラウロ殿下の剣をそのままつかむと、ぐにゃりと剣がゆがみ曲がった。


「ひっ……!」


 思わずラウロ殿下が悲鳴をあげ、剣を取り落として尻もちをついた。


「長らく騎士団で必死に働いてきた彼女……イリスに、この無礼な仕打ち。弟とはいえ許しがたい」


 ラウロ殿下をねめつけてそう言うと、リベルタは観覧席にいる叔父に向かって畳みかけた。


「アドルナート家当主!彼女はもうアドルナート家の娘ではない、といったな?」 


「は、はい……」


「では、彼女の身柄は王子の僕が預かる、いいな?」


 困惑したように叔父が頷くのを見ると、リベルタはラウロ殿下に向き直った。


「ラウロ、お前が彼女と婚約破棄したなら、今をもって宣言する」


 そういってリベルタは私にだけ微笑みかけると、厳しい顔であたりに声を響かせた。


「私、リベルタ・ディ・レオーネは、今ここでイリス・フィオーレ・アドルナートと婚約する。この時をもって、イリスは私の婚約者であり王族に連なるもの。王家の婚約者に傷をつければ、誰であれ相応の処分を受けるだろう、心しておけ!」


 リベルタの言葉に、ラウロ殿下が憤死しそうな顔をし、ミアが悔しそうに私をにらみつける。

 多くの市民、観衆たちはどこかほっとした顔だ。


 リベルタは、もはや歪んだ剣から手を離しほうりなげると、呪われた左手に、手袋を素早くはめなおした。


「行こう、イリス」


 彼は私の手を取り、神殿から駆け出したのだった。

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