第2話 元婚約者に処刑されそう

「うるさい!」


 とラウロ殿下は叫んだ。


「魔物を討伐できたのはすべては執政官であり騎士団をかかえる俺の力だ!お前が何をしたって、その功績は俺の功績だ!いいか、聖女を騙ったものは処刑、この国の法でそう決まっている」


 どうやらうまくいかないようだ。


「まぁ俺をだましたこと自体が万死に値するが。ふっ、あの世で後悔しろ、イリス!」


 言うなり、ラウロ殿下が剣を抜く。

 周囲から悲鳴が上がった。

 血の気が多いとは言われていたラウロ殿下だけれど、本当に剣を抜くなんて……

 なんて愚かなの? 神聖な神殿で剣を抜くことは、神殿そのものへの侮辱で禁忌なのに。


「剣をお納めください、ここはどのような武器も抜いてはならぬという不可侵の神殿ですよ、ラウロ殿下!」


 じりっ、じりっと下がりつつ、けん制しながら私は問うた。私は丸腰、戦うとしたら魔法を使うしかない。しかし王族に魔法を使ったら、それこそ死刑だ。

 どこか逃げる場所はないか、素早く左右を見ると、集まった観覧席の最前列の中にいる現当主、私の叔父が目に留まった。


「当主さま!」


 わらにもすがる思いで当主である叔父に駆け寄り、その腕をつかむ。

 いつも冷たい叔父ではあるが、剣を抜かれた養女を見れば、さすがに助けてくれるだろう、そんな思いもあった。


 しかし、それはすぐさま打ち砕かれることになる。


「やめろ!汚らわしい女め!聖女でないならアドルナート家のものではないわ!」


 取りすがった私に父は言い放った。


「ラウロ殿下、お好きなように処分を!」


 父が私を突き飛ばし、突き飛ばされて私は転ぶ。


「お父さまの言う通りよ!もうこの女は私の姉じゃないわ!この恥さらしの偽聖女には厳しい処分が必要ですわ!」


 顔を上げれば、向こうから追い打ちをかけるようにミアの声もとぶ。

 その薄ら笑いで、私はわかってしまった。


 そうか。そうだ。

 仕組まれていたんだ。

 王族の縁者は殺せない。私はラウロ殿下の婚約者だが、婚約破棄すれば、この聖女ではないという大義名分で、私を殺せる。


 叔父も、ミアも、ラウロ殿下も。


 私を、ここで陥れて殺すつもりだったんだ。

 私は、この国と、この王子のために、家のために、ずっと戦ってきたのに。

 貢献してきたのに。

 最後に、この仕打ち?

 どんなにいじめられたって、人を恨んだことなんてなかった。

 前を向いて、まっすぐに生きていこうと、亡き父母に誓ったのだ。

 でも今、私の心に芽生えたのは、激しい怒りと、恨みと、悲しみだった。


 一方、それに対抗するように市民からは助命を!と多くの声が上がる。

 騎士と思われる太い男たちの声も響く。


「魔物討伐で多大なる功績をあげた救国の英雄です、なぜ処刑を?」

「寛大さを示してください!ラウロ王子!」


 がたいのよい騎士たちの声は、ひときわ通って聞こえた。

 もはや神殿は大荒れだ。


「今声を上げたものどもは誰だ、イリスの騎士団か、平民か、それとも貴族か!俺に逆らう身の程知らずがいるのなら前にでろ!」


 ラウロ殿下の挑発の声に応じるように、見慣れた何人かが、おそらくイリス騎士団のリーガ、エルンあとは何人か、私の騎士団の顔なじみが、観覧席から素早く動き出すのを私は見逃さなかった。

 私が率いた騎士たちが、前に出ようとしている。そんなことをしたら、私と一緒に処刑だ。

 私の大切な人たち、大切なもの、何もかも、めちゃくちゃになってしまう!

 私は一声叫んだ。


「来ないで!」


 自分に向けられた言葉だと理解したのか、騎士たちが一瞬止まる。

 絶体絶命。でも誰かを巻き込む前に、自分で何とかするしかない、そうはっきりと心が決まった。絶対に私の騎士団は巻き込めない。私はラウロ殿下に向き直る。


「な、なんだその目はっ!!」


「なんだ? なんだっていうなら見せてあげようじゃない……」


 私はつぶやいた。ラウロ殿下にはきこえなかっただろう。

 もう、どうなったっていい。

 

 しかし、私が呪文を唱えようとしたそのとき、ラウロと私の間を遮るように、誰かが割り込んできたのだ。



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