第1話 偽聖女認定で絶体絶命

「イリス! この偽聖女め!お前との婚約は破棄だ!」


 星祭りの祝祭のその日。

 ついに来てしまったこの日、この国の王族から平民までが一堂に集う儀式のさなか、私に向けられたラウロ殿下の怒りの声が、厳かな神殿の静寂を破った。


「今日のこの日に、聖なる光の、その一粒さえ表すことができないとは! お前は何の聖魔法も使えないというのか!?」


 私は純白に包まれた聖女の正装のまま、黙ってうつむく。婚約者であるラウロ殿下の顔をまともに見ることができない。

 この星祭りの日は、17歳になったアドルナート家の娘が、神殿で聖女としての力を見せ、王族を祝福する日だ。しかし、儀式のため神殿の魔法陣の前に進み出た私は、そこにそろった王侯貴族、神官たち、そして私の家族と婚約者である第一王子ラウロ殿下の前で、今この瞬間、何の聖魔法も見せることができなかった。

 本当に、聖なる魔法の光の一粒さえ、表すことはできなかったのだ。


 でも、こんなことはわかっていたことだ。

 そう、私を含めここにいる者たち全員がわかっている。私は聖女たる力を何一つ持っていない。


「なぜ黙っている! 何とか言ったらどうだ! 聖魔法の大家アドルナート家の娘であれば、誰であれ聖魔法の一つくらい使えるものだろう……! 聖女を騙れば死罪だというのは、お前も知らぬわけではあるまい!」


 聖女の騙りが死罪、知っています。知ってますとも。ただし、私は自分で聖女だなんていったことは一度もない。

 私の一族が、そして世間が、私がアドルナート家の娘だから聖女だっていっていただけ。 でも、そんな言い訳は通用しないだろう……というのは、実はずっと前から思っていた。


 17歳の星祭りの日に、私は殺されるかもしれない。

 ずっとそう思っていたのだ。だから、そうされないために今日までこの国のために私は働いてきた。

 そう。魔法騎士団の筆頭騎士として。

 ──武功をもって命乞いをするために、騎士たちを率いて、働いてきた。今日の日に、歎願たんがんするには十分すぎるほど。

 私は顔を上げ、目の前にいる婚約者、ラウロ殿下を見た。


 しん、とあたりは私の言葉を待つように静まり返る。私が口を開こうとした瞬間。


「イリスお姉さまを責めないでください」


 一見かばうように、私とラウロの前に進み出たのは、私の異母妹のミアだった。直感で、なんだか嫌なことが起こる気がした。

 ミアも数か月生まれが違うものの、私と同じく17歳。私と共にアドルナート家の娘、聖女としてこの神殿にきていた。ミアは私と違って、はっきりと聖女の力を持っていた。

 ミアは口のはしをゆがめ、私とすれ違いざま、私にだけ聞こえるように、小声で呟く。

「うちの家系に不要なゴミが、これで消えるわ。嬉しい」

 一見、かばうように現れた妹だったが、いつも家で私をいじめるときのように、見下した目でくすっと笑う。


「皆わかっていたことです。お姉さまなんか聖女じゃないって。私と違って、お姉さまの血統は最初から怪しかったんですもの。これで、お姉さまがアドルナート家の血を引いていないってことが、はっきりしましたわ」


 周囲からひそひそ声が聞こえてくる。やっぱりイリス様がアドルナート家の実子じゃないっていう噂は本当だったのか、というような、そんな声だった。


「妹の私が、お姉さまに代わって謹んでお詫び申し上げます、ラウロ殿下。私に償えるならどんなことでも……」


「ミア、お前が償う必要はない。お前はあんな女よりずっと美しく、すばらしい聖女の力もある。お前こそが俺の伴侶にふさわしい。本来、俺と婚約すべきだったのは、お前だった。俺は、お前と婚約しよう」


 ラウロは、あろうことかミアの肩を引き寄せて、その手を握る。ミアは感激したように瞳を輝かせた。


「ああっ、嬉しい!ラウロ様と婚約できるなんて夢みたい!」


 何が繰り広げられているのだろう。まるで2人の世界とでもいうように、ミアとラウロ殿下の2人は、私の目の前で手を取り合った。


「いや、最初からお前と婚約すべきだったんだ、ミア。これがあるべき正しい姿だったんだよ。俺とイリスとの婚約が決まっていたこと自体、大間違いだったのだ」


 ラウロ殿下の言葉に、妹はうるんだ目で彼を上目遣いに見た。


「ラウロ殿下……いえ、ラウロ様。聖女を騙ったこの女はどうしましょう?ラウロ様に恥をかかせたなら死んで当然ですわ。厳しい処分でなければ、王族であるラウロ様に顔向けできません」


「ああ、そうだな。このどこの馬の骨ともしれぬ偽聖女の処分を決めなければ」


 ラウロ殿下の冷ややかな目。


「聖女を騙った者は裁きを受ける、この国の法を知らないとはいわせんからな」


 彼はねっとりとにやつきながら、こちらに一歩踏み出した。

 その右手が剣の使につかにかかる。私ははっとした。ラウロ殿下は私を斬り捨てるつもりだ、と。


「ラウロ殿下!」


 私のとっさの大声に、彼は驚いて足を止める。


「確かに私に聖魔法の力も、聖女の力もなかったことは認めましょう。

 しかし、私は自らを聖女と名乗ったこともなく、また今日神殿にきたのは、アドルナート家の娘として……17になれば必ず神殿に来なければならないと定められていたからです。

 聖なるアドルナート家に生まれながら、この私、イリスが、聖女の力をもたなかったことはお詫び申し上げます。しかし私は聖女を騙ったことはございません!

 私は今までラウロ殿下にも、ひいてはこの国にも貢献してきたはずです!

 騎士たちを率い、自らも騎士として、前線で12の年から5年もの間、魔物を退け働きました。北の魔物討伐、南方のドラゴン討伐、執政官でもいらっしゃるラウロ殿下直属の魔法騎士団の一員として、恥ずかしくない功績を上げてきました!」


 『そうだ!』


 観衆の市民席から、一声、私を応援するように声が上がった。


 『イリス様がいなければ、この国の平和はないぞ!』


 もう一度市民席から、今度はさっきよりも大きな声がとぶ。

 そして、次は騎士たちのいる席からも、後押しされたように声があがった。


 『殿下! イリス様の武勇と功績についてもお考えを!』


 おそらく私の魔法騎士団の誰かの声だ。

 そう、私は聖魔法以外なら、自分で言うのもなんだけど、恐ろしいほどの使い手だった。だって、この力で、数々の功績を上げてきたのだ。それは、市民も騎士たちも、貴族たちもみんな知っている。

 私はラウロ殿下の瞳を、まっすぐにみて述べた。


「なにとぞ私の武功をかんがみて、お考え直しくだされば……!」


 『大きな戦果は減刑ときまっているじゃないか!』

 『イリス様は命がけで戦ってくださったのよ!』


 もう一度、騎士席、市民席から声があがった。

 体を張って魔物退治に出るものは、市民たちの尊敬のまとになる、というのはどうやら本当の様だった。貴族以外は、はっきりと私の味方についている気がする。


 これでなんとか、命は助かるかもしれない。私は希望を見出した。

 が。

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