騎士姫令嬢は呪いの王子に溺愛される〜偽聖女断罪&婚約破棄された私、真の大聖女に目覚めました〜
山口じゅり@聖森聖女3巻まで発売中
第一章 追放された騎士姫
第0話 落ちこぼれ聖女イリス
「イリスお姉さまが騎士団に入ってくれてせいせいするわ。これで顔をみなくてすむんだもの! どうせなら魔物と戦って、そのまま食べられちゃえばいいのに」
私が見習い騎士になったころ、妹のミアはそういった。
「女のくせに騎士だなんて、恥ずかしい…お前はこのアドルナート家の恥よ。神聖なる聖魔法も使えない名家アドルナートの落ちこぼれが! このまま帰ってこなかったらどんなにいいか」
私が騎士になり、初めて討伐隊に入って遠征に出るとき、継母はこのように言った。
それも昔のことだ。今や17になった私は、妹や継母の願いとは裏腹に、騎士団長にまで上り詰めていた。
変わらないのは、継母たちが私が遠征に出るたび「このまま帰ってくるな」と言うことくらい。
私の生家であるアドルナート家は、代々聖魔法を使う聖女を輩出する、たった一つしかない貴族の家門として知られていた。
聖女の家という別名を持ち、聖魔法の大家であり、有力貴族であるアドルナート家。
そのアドルナート家の血筋の女たちは、誰一人として例外なく、聖魔法が使える聖女だった。
それはこの長い500年の歴史上、一人の例外もなく、だ。
いや違った、私を除いて一人の例外もなく、が正しい。
500年間アドルナート家の女であれば誰もが使える聖魔法を、一つも使うことが出来なかった史上初の女が私である。
何しろこれまで私が陰口で言われたことは、聖アドルナートの劣等聖女。一族からは聖魔法の使えない恥ずべきやっかいものとして扱われている。
とにかく、聖魔法の家にうまれたくせに、生まれたときから聖なる魔法が一切使えないという不名誉な烙印を押されていたのが私であり、それはまぎれもない事実だった。
その代わりといってはなんだけど、私は聖魔法意外の、魔法という魔法は、人よりは使いこなせた。
稀代の魔術師とうたわれ、気難しさで有名なマラジージ先生が弟子入りを許したたった二人、そのうちの一人は私。そのくらい魔術の腕は確かだった。自分で言うのもなんだけれど。
そしてその魔術の腕は、私をこれまで助けてくれた。騎士になったあと、私が史上最年少での騎士団長の地位まで上り詰めたのも、この魔術の腕のおかげだった。
◆◆◆
今度の騎士団の長い遠征、半年にわたる魔物討伐が終わったのは、夏の終わり、昼は暑くとも夕には涼しい風が吹く、秋の初めだった。
王都に帰りつき、王の御前で戦果を報告し、私たちは酒場で祝杯をあげていた。
といっても、まだ成人を迎えていない私や、魔術隊の何人かは、お酒も飲んでいなかったけど。成人したほとんどのメンバーはだいぶん出来上がっている。
騎士達も嬉しいのだろう。二言目には家に帰れると言いながら、皆浮足立っている。
ただ一人、私を除いて。
私は家に帰りたくなかった。
家に戻るのが、憂鬱でならなかった。家に帰れば、私は無能のやっかいものだ。それだけじゃない、誰も私に帰ってきてほしいなんて思っていないのだった。
うちにいる義母も、義妹も、当主である叔父も。
もしかしたら、死んでほしいとすら思っているかもしれない。騎士団にいても、心配されたことすらないのだから。
どんな魔法が使えても、私には聖なる力だけがなかった。でも、私の家で認められるには、聖なる力がなければいけないのだ。
聖魔法のアドルナート家。聖女の家と呼ばれるアドルナート家において、聖女でもなく、聖なる力もない私は、聖なる力をもつ一族の、まったくなんの力ももたない落ちこぼれ、一族の恥なのだ。
正直、危険があっても、騎士として魔物と戦っている方が、まだ私の心は静かだった。
遠征が終わるたび、私は帰りたくないと思っていた。
特に今年は、星祭りの祝祭がある。
17歳になったアドルナート家の娘たちが、聖女としてその聖なる力を見せる儀式が星祭りだ。そこで私は、どうしたらいいのだろう。なんの力も、もっていないのに……そんなことを考えると、憂鬱に拍車がかかった。
「イリス団長、ようやく帰れますね!」
弾むような明るい声に顔を上げれば、はちみつ色の髪を珍しく編み上げにした少女が無邪気な笑みで私に飲み物を差し出していた。今回の遠征で、初めて騎士団入りしたクリシュナだ。
私はなんて返答するのか一瞬つまり、ええ……と答えながら飲み物を受け取る。表情がひきつっていたかもしれない。
私の隣にいたシーエ副騎士団長が、いさめるよう顔をしたのを私は見逃さなかった。
すかさず古参の騎士エルネストが、
「よお新入り、お前が我らが女神、イリス団長様に口きくなんて、百年はえーぜ!」
と言いながらクリシュナの方を小突く。そしてシーエはすかさず話題を変えた。
「そうだ、イリス団長。今回の戦利品の猛獣パトスの角、私に下さるとのこと、感謝いたします。あれはいい笛が作れますからね。職人に楽器にしてもらったら、私の笛の腕をお見せしますよ」
「それは楽しみね」
と私は微笑む。シーエも、
「ぜひ。うちにご招待いたします」
と笑った。
シーエは、私が家族と不仲なのを良く知っている。いや、うっかりしたかわいい新入り騎士以外、全員が知っていると思う。多分だけど。
エルネストが乾杯の音頭をとる。それは、私を元気づけるかのようだった。
「イリス団長のおかげで、誰一人としてかけることなく、この遠征から帰ってこれた! 我らが偉大なる騎士姫イリス様にかんぱーい!」
みんなが私を見つめている。
私はおずおずと杯を上げた。乾杯! の歓声があがり、みんなが私に笑いかける。
この騎士団が、私の今のところ、たった一つの落ち着く居場所だった。
でも、この宴会が終わったら、私は憂鬱な家へと帰らねばならないのだ。
◆◆◆
私の生家、アドルナート家の広い門は、あいていなかった。
私が帰ってくると知っていたはずなのに、誰の出迎えもない。
妹や継母たちはどうせ夜会にでも出ているのだろう。私は仕方なしに、裏口に回って家に入る。召使たちも、家を取り仕切る継母や叔父たちにならってか、私には挨拶もせずに無視していたが、それはまぁいつものこと。
元々あったこの家の私の部屋は、いつしか義母と義妹の衣裳部屋となり、事実上なくなっていた。私は仕方なく、屋根裏をこの家での私室にしていた。
というわけで、屋根裏部屋へと向かおうとしていた矢先。
「こそこそ家の中をはい回って、まるでドブネズミみたい」
振り返れば、夜会帰りなのか、華やかなドレスで着飾った妹のミアが立っていた。彼女はクスっと馬鹿にしたように笑う。
「よくこの家に帰ってこれましたわね。ここは聖なるアドルナート家。聖女の家と呼ばれる場所ですのよ。聖なる力のないお姉さまが、来ていい場所じゃないと思いますけど?」
私は黙ったまま彼女の脇を通り過ぎた。何か言っても無駄だというのは、長年身に染みてわかっていたからだ。
「ああ、星祭りの祝祭が楽しみだわ。逃げられませんわよ、お姉さま。星祭りの日、お姉さまに聖なる力のないことが、誰の目にも明らかになるはずなんですから」
義妹のミアは、勝ち誇ったように私の背中に言葉を投げつける。
「そうなれば、お姉さまの婚約者のラウロ殿下も、お姉さまをこの国から追い出すでしょうね! そうなったらラウロ殿下をわたくしに譲って下さらないかしら、ねぇ、お姉さま!」
私をあざけるミアの言葉を無視して、私は足早に屋根裏部屋に戻った。
星祭りの祝祭、とミアは言った。そう、もうすぐだ。
アドルナート家の17の娘が、神殿に呼ばれ王族を祝福する。光のきらめきを与え、それによって国に認められた正式な聖女として、神殿に務めることになるというのが星祭りの日。
──でも、私には、聖女の力なんて一つもない。
星祭りの日まで、もう数日もない。確かに、私に聖なる力がないとわかったら、本当にこの国を追い出されてもおかしくはないのだ。その日が来ることが、本当に憂鬱でならなかった。
でも、きっと何とかなる。手は打ったのだ。
私はため息をついて着替えると、ベッドに転がり込んで目を閉じた。
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