キャットキラー

粘膜王女三世

キャットキラー編

第1話

 神奈川で小学生を殺しまくったシリアルキラーも、秋葉原で通行人を刺しまくったマスマーダーも、日常的に猫を虐殺する習慣があったという。今の俺にそんな願望も度胸もないけれど、でももし誰かに優しい口調で『腐った世の中に復讐してやれ』とかささやかれたりでもしたら、ひょっとしたらその気になってしまうかもしれない。

 初めて猫を殺したのは高坊の頃だった。なんでそんなことをしたのかを人に説明するのはちょっと難しい。ただ単にむしゃくしゃしていて何かすっきりできそうなことをしたかったのかもしれない。いやいや手に入れたばかりのタガーナイフの切れ味を試したかったのかも。或いは漠然とした憧れから過去の殺人鬼を模倣したであるとか? どれも違うような気がするし、全部そうなような気がする。

 まあ結局のところガキが木に登るのと同じ理屈で、「なんかおもしろそうだった」と表現するのが、納得してもらえるかどうかはともかく適切ではあると思う。いずれにしても俺はその遊びにハマって十九歳になった今も続けている。

 夜中にタガーナイフを持って原付で家を出て、猫の集会している遊歩道で獲物を捕らえて腹を裂いて殺す。猫がギャーギャー鳴きまくるとそれが誰かに聞こえないかすごいスリルがあるし、ナイフを腹に刺した時のヌルリとした感触は本当に癖になる。心臓が跳ね膝は震え、その興奮は残酷なことをするたびに加速度的に上昇していくかのようだ。

 多分人間は本質的に、生物を傷つけると興奮を覚えるようになっていているんだと思う。それは人や状況によって恐怖だったり不快だったりを伴うものだけれど、それでも基本的に人をヒートさせるものには変わりがない。何かを傷つけながらクールになれる奴の方がクレイジーなサイコパスで俺の方が正常なのだ。激しく興奮している間は少なくとも嫌なことは忘れられるし、ハアハア言いながら虐殺を終えた後は強い達成感と安心感がある。

 でも火遊びってだけなら別に猫を殺すだけじゃないしここまで続かなかったと思う。今日まで続いているのは同好の士を見つけられたからだ。

 イマドキはネットの巨大掲示板にも動物虐待の話題を専門で取り扱うところがある。覗けばクズたちが『架空の話』とか称してどんな猫をどんなふうに殺したか自慢げに話し合っている。だが大半はただ想像で書き込んでいるだけの未経験者なので、実際に殺した猫の写真なんかアップすれば簡単に『神』になれる。まあ調子に乗りすぎて証拠になるようなものをアップしてしまうと、自称正義の人に通報されて大変なことになるんだけれど。

 『キャットキラー』とかいう固定ハンドルネームで活動している内に俺はそこそこ有名人になれて、その内に別のコテと仲良くなってメールのやり取りなんかを始める。

 『動物大嫌い掲示板』も結局はネット上の同好会みたいなもんなので、水面下では他の同好会同様ふつうにオフ会なんぞやったりしてる奴もいる。何をやるオフ会かというとそれはいうまでもなく動物虐待で、大勢で集まって持ち寄った獲物(猫)でバーベキュー(生きたまま縛って鉄板でジュワジュワ)などを楽しむ糞尿野郎達がネット上には確かに存在しているのだった。

 その真夏の日の深夜、オフ会に誘われた俺は、待ち合わせ場所のファミレスにいた。

 楽しみな気持ちはそれなりにあったが、コミュ症の俺にとってはそれも痛し痒しだ。緊張を誤魔化す為にドリンクバーのコーラを三杯飲んだあたりで他の二人の参加者が現れる。

 175センチくらいの背の高い女とそれと同じくらいの身長の男の組み合わせで、それぞれ自己紹介を始める。

 「あ、お、俺、CK。キャットキラー。よろしく」俺は気持ち上ずった声で口にする。ネットでは竹馬の友とは言わずともそれなりの期間仲良くしていても、こうして会って話をすると緊張が声や表情に出る。

 「亀太郎ですぅ」女の方がぴょこんと頭を下げた。すらりとした体格で色白の綺麗な女の人である。多分、二十代の前半か半ばくらい。ニコニコと上品な笑い方がとても自然でおだやかな感じがしたが、左目の下にある槍を持った黒い小悪魔の入れ墨だけが全体の印象を裏切っていた。

 「沢村栄治だよ。よろしく」もう一人の青年は確か俺と同い年だったはずだ。往年の野球選手の名を名乗るに相応しく引き締まった体格だった。イケメンのホストかバンドマンといった印象の甘いマスクをしていたが、右側の眼球は正面を向いたまま動かず、色素の薄い左の眼球よりはるかに黒々としている。義眼だ。

 「っていうか、え? CKさんって女の人だったの?」沢村が俺の方を指さしながら口にする。「いや、なんかごめんね。喋り方からてっきり男のつもりで、結構きついジョークとか言ってたよ」

 「CKさん、男性の方ですよ」亀太郎がニコニコとした表情で言う。高くて綺麗だが、少しだけハスキーな声だ。「見れば分かります」

 そう言って、こともなげに俺の股間を細い指で示す。美人にいきなりそんなところ指さされて俺は面食らう。外から見て分かるってことはそれ相応の状態にあるのかと思ったが、幸いにしてそんなことはなかった。

 「いや、亀太郎さん。なんでジーンズの外からそんなこと分かるんすか。まあ俺は男ですけど」

 「腰回りの骨格が男の人なんですよぅ。喉仏もほとんど目立たないし、顎もあんまり尖ってないですけど、でもれっきとした男の人です」

 そう指摘され、俺はびっくりした。俺の初見で女に間違われる率は100%を誇っていた。女顔、という次元を通り越して完全に見た目が女なのだ。どんな服装をしようがどんな髪形をしようが構わず間違われて来たのに、よくも分かったものだ。しかし普通の人間がズボンの上から腰を見て男女を見抜いたりできるものなのだろうか?

 「あ、いや。そういうことです。だから沢村さん、気にしなくていいよ」

 「へぇびっくり。でもそれはそれで失礼だったね。ごめんよ」

 「かならず間違われるんだ。でも、レディス料金が使えるのは、いいぜ」

 俺はひきつった笑みを浮かべる。表情が引きつるのは、女だと間違われてムカついたからじゃない。沢村の対応には誠意と友好の情があった。ただ、面と向かって人と話すと緊張するのだ。俺はコミュ症の陰キャラだった。

 それから少しファミレスで話す。リアルのことにはあまり触れずに、ネットでの会話の延長のようなやり取りをした。亀太郎の入れ墨や沢村の義眼のことについて聞いてみたい気持ちもあったけれど、聞きづらかったので遠慮した。

 「そろそろ行きましょうか」

 年長の亀太郎がニコニコと提案する。この女性はずっとニコニコしている。愛想笑いのようでいて、間違いなく本心から微笑んでもいる。そんなとても綺麗な笑い方を、この人はするのだ。

 夜の街へ繰り出す。『獲物』は亀太郎が用意しているという。彼女はネットでは有名な捕獲機作成の名手で、オリジナルの猫捕獲機の製法を語らせたら右に出る者はいない。

 「いやぁわたしどんくさいものですから。足も遅いし、全力で走ったら必ず転ぶので、猫なんて自分では絶対に捕まえられないんですよ。こないだなんて道路の真ん中で転んで車に轢かれちゃったんですから」

 「『轢かれそうになった』じゃなくて?」沢村がびっくりした様子で言う。

 「はい。轢かれました。いたかったです!」力の入った口調で言って拳を握る亀太郎。「ぼーっとしてたらおまわりさんがやってきて理由を聞かれました。猫を追いかけてたんですーって言ったら、すごく怒られました。まだちょっと後遺症があって、寒くなると右足に疼痛があります」

 結構ぼんやりした人なのかもしれない。少し話しただけで分かるほど屈託がなく、こんな人が黒ムツだなんて正直信じられない。

 「だから最近は自分でこんなのを作ってるんですよぅ。慣れたら楽しいので一日中作り続けちゃって……家に三十台くらいありますよ」

 そう言って、亀太郎はやぶの中に手を突っ込んでメッシュネットでできた白い箱を引っ張り出す。中では一匹の黒猫が哀れにも閉じ込められて暴れていた。

 「あは。ちゃんとオスですねぇ。うれしいな、うれしいな……。後二台あるはずなので、見に行きましょう」

 三台中二台で猫が捕獲されていた。なるほどこれはいいなぁ。黒ムツをする時に何に苦労するって、猫を捕獲することだ。放っておくだけで猫が捕まっているならこんなに楽なことはない。

 「どこで殺る? どっか落ち着けるとこ行きたいよね」沢村が問う。

 「そうだな。俺は公園の便所なんか使ってるけど」

 「ないだろ、女の人もいるのに」

 「あ、いや、言ってみただけだよ」

 もう一つの苦労。どこで楽しむか。見付かるリスクを考えるとどこででもは殺せない。じっくりと落ち着いて殺ることを考えると、ここぞという場所は必要になる。

 「でしたら、わたしの家に案内しますよ」亀太郎が言った。

 「いいんすか? 自分ら男ですよ」

 「……? お友達だから別にいいですよ」

 俺の問いに、亀太郎はそう言って小首をかしげる。本当、なんなんだろう、この人は。

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