第7話 結末は後からやってくる
ハルと別れた後フユカは関係者席に戻り本日の主役に挨拶を済ませ、体調や健康は十全であることを確認した。
軍服のような衣装を着ているようだ。
ライブが始まってしまえば彼に接触することは不可能であるため、最後の山場であった。
次々に挨拶を済ませていく様子を観察している。
時には親し気に、時には余所余所しく談笑をしたり、写真を撮ったりと平和に終わった。
気を引き締めて周囲の様子を観察していたが不審な行動を起こす者は一人もいなかった。
何の問題もなくライブは始まった。
ここからなら少し上から眺める形で観覧席からステージを見渡せる。
無数のペンライトの光は天の川みたいである。
あそこのどこかにハルはいるのだろう。
どこら辺の位置かだけでも聞いておけばよかったかもしれないと今更ながらに思う。
ハルはライブに魔力があると表現した。魔力は抜きにしても、ライブ中の主役に危害を加えることは難しいだろう。
特例措置として厳重に持ち物検査が行われた。なので、何かを投げ入れたり、ステージに飛ばすことはできない。
この爆破予告は単なるイタズラで終わるのだ。今頃、爆弾魔(仮)の取り調べも行われていることだろうしこれで全て解決なのだ。
フユカはそう思いつつも会場に降りていき、遠目から関係者席を監視した。
「フユカさん、お仕事お疲れ様です! 無事ライブは終わりましたね!」
「やけにテンション高いわね。あなた本当に彼のことが憎らしかったのかしら?」
「スペゲスの件は本当に許せませんよ。私の推しをあんな風に消費するなんて解釈違いですから」
「所でここからが山よ。帰るまでが遠足。彼が帰るまで危険は付き纏うのだから。最後まで気を抜いてはいけないわよ」
フユカはライブ終了後のドーム前。会場の敷地内でハルと合流した。
ハルは上機嫌で肩から下げた大きめのトートバッグを揺らしている。
ここからの予定は本日の主役の身支度が終わり次第、警察の護衛の元無事に家まで送り届けるのだ。
打ち上げやら挨拶やらは今回に限ってはスキップである。
「わからないと思うけど、ライブ中不審な行動を取る人はいた?」
「私が参加している限りは奇行に走る人間はいませんでしたよ。いつも通りのライブでしたね。歌って、喋って、歌って、最後にはバンドメンバーと記念撮影。特に怪しいことはないかと」
フユカはハルのライブを振り返る様子に対して普通に楽しみやがってと眉をひそめるのであった。
「彼が車両に乗り込み次第連絡がくるから、そしたら今日は解散ね。ハルちゃんは私が無事に送っていくから」
「はい、助かります。帰りの電車賃が浮きました!」
「いやいや、それよりしっかりとした報酬が出るでしょ。電車賃なんて行きの分も請求していいわよ。私がそこら辺はきっちりやっておくわ」
ハルは肩から下げたマフラータオルを摘んで見せつけてくる。
「それは請求できないわよ。多分、流石に!」
しばらく談笑していると、フユカの携帯に連絡が入った。
ポケットからスマホを取り出して、フユカは電話に出る。
驚愕の連絡であった。
たった今、彼は背中から血を吹き出して倒れたのだ。
衣装から私服に着替える際にあまりに遅いのでスタッフが確認した所、倒れていたのだ。
「ハルちゃん、今すぐ帰るわ」
「何かあったのですか?」
「そうだわ。ただここからはハルちゃんに出来ることはないわ。あなたを無事に家まで送り届けることが私の仕事に今変わったの」
「まさか、犯人がまだこの会場にいると?」
「その可能性は高いわね。これから封鎖するそうよ」
ハルとフユカは車に乗り込む為に駐車場に向かおうとした。
「お、おしみさん!」
気弱そうな声が響いた。
「森谷さん!? まだいたのですか」
「い、あの、押見さんどこかなって。トイレも行ってて」
「あら、ハルちゃんの友達よね? ちょっとこのまま帰すわけにはいかないかも」
「はひぃ!!!」
もう帰ってしまった参加者はいるが、今まさに会場にいる参加者は全員もれなく参考人である。
おっとり刀で登場した彼女もその例には漏れないであろう。
「まぁ確かに森谷さんも当然参考人というわけですよね。大丈夫です。もし何か不当な取り調べが行われた場合は私に連絡してください」
ハルは彼女に近寄よると名刺を手渡した。
「……」
すると、森谷はハルにもたれかかるように倒れた。
「おっと、しっかりしてくださいよ! 嘘をつかずに正直に協力すれば捕まったりしませんよ。フユカさん手伝ってください」
体が森谷より小さいハルはフユカに助けを求める。
「ええ、今行くわ」
ハルから森谷を引き継ぐフユカ。
「では、森谷さんをよろしくお願いしますね。電車賃も出るようなので一人で帰ります。お疲れ様です」
ハルはお辞儀をした後、トートバッグを担ぎ直すと出口へ歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ! ハルちゃんだって参考人の条件には当てはまるはずよ!」
「私は後で好きなだけ調べてくれて構いませんよ。そんなに私を疑っているというなら今持ち物だけでも調べますか」
「ええ、そうさせてもらうわ」
ハルはフユカの前まで戻ってくると両腕を広げて体でT字を作る。
フユカはボディチェックを始める。念入りに調べたが、怪しいものは一つも出てはこなかった。
次はバッグの中を調べた。
ペンライトや缶バッジ、物販で買った商品が大半を占めていた。
「特に怪しいものはないわね」
「そうですよ。それに私の指紋はもう提出していますし、犯罪には手を染めませんよ。私はただの厄介ファンです。自分が可愛いので、
捕まるようなマネはしませんよ」
「それではまた連絡待ってます」とだけ言い残してハルは帰っていった。
「あの子、ちゃんとした学校生活送れているのかしら」
「ちゃ、ちゃんとしているかは分かりませんが、押見さんは楽しそうにしていますよ。みんなのお母さんみたいです」
「ふふ、なにそれ」
フユカと森谷がフユカについて話していると、携帯に着信が入った。
これからやるべきことが沢山あるのでまだ帰れそうになかった。
「よし、じゃあ森谷さんだっけ? 早く聞き込みとボディチェック済ましちゃおうか」
「はい」
それから彼の話だが、すぐに救急車で運ばれた。
その後どうなったのかはまた別の話。
SNSでの爆破予告から始まった今回の事件は結果的に見れば彼に何者が危害を加えることで幕を下ろすことになった。
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