第6話 ライブの魔力
時間はライブの入場開始時間に遡る。
二人は続々と集まる参加者の中に怪しい動きはないかを会場前の並木道に停めた車の中から監視している。
お互いが張り込みばかりでうんざりしてきた頃である。
「フユカさん、私っていつになったら解放されるのでしょうか?」
「いつって、ライブが無事終わるまで仕事は終わらないわよ」
「冗談じゃないですよね? チケットあるんですけど」
「何言っているのよ。あなたは私の監視対象でもあるのだから無理に決まっているでしょ」
「えー!そんな!休日をいきなり潰された挙句に前から楽しみにしていたライブにまで参加出来ないなんてことがあっていいんですか。警察に通報しますよ」
「あなたが私の傍を離れないって約束したんでしょ」
ハルに拘束される謂れはなかった。
いくら怪しいとはフユカからはそう見えるだけ、仕事はアドバイスまでなので捜査に最後まで肩入れする必要も本来ないのだ。
ただハルはフユカと傍を離れないという個人的な約束をしてしまったので離れられないのだ。
だから、あくまで退屈しのぎ。戯言の延長線上で会話しているのだ。
「そうだ! ライブ中の会場内部を警戒するということで私に行かせてくださいよ」
「今回ばかりは譲れないわ。そうやってすぐ離れようとしないの!」
ハルはぷくーと頬を膨らませながらフロントガラスに向き直った。
「そういえば、何で今日は憎い人のライブに参加しようとしたの?」
ハルは爆弾魔との対峙で自分を同士だといった。
自分にも爆弾魔と同じように彼に対して危害を加えることについて動機があるように見える。
だけどハルはそんな彼のライブに普通に参加しようとしただけではなくグッズまで買い込んでいた。
嫌いだけど好き、好きだけど嫌い。一見すると矛盾しているような感情が蠢いているように思えた。
「ただの気まぐれですよ」
フユカはそう言われてしまうと否定することも出来ないし、これ以上心の内に踏み入ることも出来ない気がした。
「いいこと思いついたわ。車から降りるわよ、ついてきて」
「なんです?」
「秘密よ」
フユカの思いついたいいこととは関係者席でライブを見ることであった。
これならチケットがない自分もハルに同行できるし、ライブを見たいという願いも叶えることが出来ると考えたのだ。
ただ、この提案に厄介ファンのハルが同意するわけもなく言い合いが始まったのだ。
「──すベて嫌なんですよ。警察ってだけで関係者席に通れてしまった事実も、通してしまう体制も、自分がみんなと同じ席ではなく特別なところに居ることも!」
「これはあなたを監視したい私とライブを見たいあなたの折衷案でしょ」
「それにいいんですか? あなたが怪しいと思っている人物をこんなに近づけてしまっても」
「あのね、ハルちゃん一回鏡見た方がいいわ。いまから危害を加える人にはみえないわ。どっから見てもファンじゃない。しかも私の傍が一番安全だって話だったでしょ」
「全然分かってませんね。こういうファンに擬態している、いかにもな人が怪しいんですよ。知りませんよ。挨拶に来た彼にぷすりとやるかもしれません」
「はいはい、そんな事させないからねー」
フユカはぐずり始めた子供をあやすようにハルの頭を撫でた。
「子供じゃありません」とハルは振り払う。
「もういいですよ。ライブは見ません。ほら、さっさと出ますよ」
踵を返し、控室から出ていく少女の後を急いでフユカは追う。
入場前の待機列は随分短くなっていた。
爆破予告なんて、爆弾魔なんて、ないみたいにいつもどおり開始の時は進んでいた。
裏手側から紺色の髪の少女が出てくる。
先程まで着ていたライブTシャツは脱いでいるようだ。
少女の後を追うようにスーツ姿の女性も出てきた。
「待ちなさい!」と静止するフユカの声がを耳に届いていないフリを続けているハル。
そんなハルの足を止める声が発せられた。
「──お、
か細い声であった。
吹けば消えてしまいそうな声は吹かれる前にハルの耳に届いた。
「森谷さん⁉」
ハルの瞳には暗い緑色のおかっぱ頭の少女が映っていた。
彼女の名前は
ハルのクラスメイトである。
「よかったぁ人違いかもって。でもそんな綺麗な青色の髪は滅多に居ないし、あ! 嫌味じゃないよ。押見さんいつも優しくて──」
「落ち着いてくださいよ。これから入場ですか?」
「うん、そうなの。押見さんも?」
「いえ。残念ながら私はまだやることがあるので無理そうです」
「あ! 警察のお仕事⁉ ごめんなさい邪魔しちゃって」
「大丈夫ですよ。それより気を付けてくださいね。知っていると思いますが、一応爆破予告されているのですから」
「うん、そうするね。押見さんも気を付けてね。早くやること終わるといいね」
列の方へ消えていく緑髪をハルは見送る。
邪魔しないように少し離れたところで見ていたフユカが駆け寄ってくる。
「友達? ナツちゃん以外にいたのね。よかったー、学校に馴染めてないんじゃないかって心配で」
「失礼ですよ。それに先生から私の生活態度について密告を受けているのは知っていますよ」
「げ⁉ バレてたのね」
「怪我の功名とは言いたくないですけど、交友関係までは流されていないことは今確認できました」
ハルのアドバイザーとしての活動は警察の公認であることは勿論、学校からも認められており要請があれば授業中であれ、休憩中であっても抜け出して捜査に協力することが出来る。
その分単位や出席日数については融通が利くのだが、一度しかない高校生としての時間を潰してしまっていることに変わりはない。
「ねぇハルちゃん。ライブ行ってきなよ」
「なんですか急に」
「なんにもないわよ。行きたくないの?」
「いえ、行きたいです。嬉しいです。その前に最後のアドバイスをしてもいいですか? 最初に話した夢が叶う前に壊されるか、叶った後に壊されるか、どちらが辛いかという話を覚えていますか」
「ええ、そういえばハルちゃんの答えを聞いていなかったわね」
「私だったら叶う前、つまりライブが始まる前に彼を終わらせます。理由は単純です。ライブなんか見た後ではそんな馬鹿なことをする気なんてまず起きないからです。それぐらいあの場所には魔力が満ちていると思うんです──」
真っすぐな眼差しであった。
本心で言っていることは間違いがなかった。
ファンは最後に推しのライブやイベントに参加してからやめようとすると、高確率でやめることが出来ないというのは有名な話である。
「──なので私はもう彼のことをどうこうする気は今日に限ってはありません。厄介ファンなので」
それだけ言い切るとハルは会場へと確かに歩いていった。
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