第5話 厄介ファンと爆弾魔

 ハルが爆弾魔を口説いていると、ドタドタと足音を立てながら数名の警察官がこちらにやってきた。


「そこの三人。動くんじゃないぞ………ってあれ、フユカじゃないか! それに押見さんまで」


 二人の事を知らない人から見ればフユカが少女で押見が女性のことであると思うだろうが、実際は逆である。


 近づくにつれて明瞭になる人影に対して親し気な言葉を発したのはいかにも警部らしい強面のおじさんであった。


 フユカは警部を確認するなり、体を出来るだけ小さくしてハルの後ろに隠れるように移動する。


「はぁ──もう無駄ですよフユカさん。あなたが隠れてしまわれたら誰がこの状況を警部に説明するのですか」


「そんなのひどい話よ。私は本当の作戦すら聞かされていないのだから、説明の責任はハルちゃんにあるはずよ」


 フユカは恥じらいもなく自分よりも歳下の少女に責任を押し付ける。


 小声で話し合う彼女たちに苦笑しながら警部は口を開く。


「押見さん、とりあえずこの場は任せてもよろしいですか?」


 二人よりもずっと大人で話が分かる彼は彼女たちが返しやすい言葉を投げかけた。


 ハルは待ってましたと言わんばかりにすぐさま彼の方に向き直る。



「はい。そうして頂けると助かります。それと、周囲の安全確保と通報者の対処をお願いしたいです」


 顔も声もよそ行きのシャキッとしたものに変わっていた。


 彼は承知したと頷くと、フユカへ勝手に捜査をしないこと、ハルと一緒の時は必ず申し出ることの二点。


釘を刺すように注意すると、じゃあまたと手を振りながら去っていった。



「さてと、お待たせしました。まずは何故彼に接触しようとしたかを聞かせてもらえますか?」


 ハルは爆弾魔に向き直る。


 問いかけに対して彼女は渋々口を開いた。




「あいつにスペシャルゲストの件を改めさせる為よ」


「え!そんなことが動機で爆破予告までしたわけ!」



 フユカは思わず驚きの声を上げる。


 その言葉を否定しようと爆弾魔が口を開けるよりも早くにハルは話し出した。



「そんなことではありませんよね。その件は私たちにとっては重要なことです」


 肯定されると思っていなかった彼女は気の抜けた声を出す。


「だから言ったではありませんか。同士だと。それに貴方は彼のファンではないですよね。例のライブでゲストを務めた彼女のファンだ」


 ハルは気持ちばかりだが語気を強める。


「なんでそこまでわかっていて、なおかつ同士だというのに邪魔をしたのよ!」


 彼女は悲痛に顔を歪ませる。


「こんな事をしてもあなたの気持ちは晴れないからですよ」


 彼女の疑問に対してきっぱりと言い切った。


「むしろ、悪い方に傾くはずです。ライブが予定通り始まれば、ファンの疑念を取り払うべく爆弾魔に打ち勝ったことを美談として語るかもしれません。彼に一撃お見舞いして目的を達成できたとしても自分は牢の中です。それになんの意味があるというのですか?」


「意味ならある! もうこれであいつも彼女も過ちを犯さないし、私も全てを終わりにできるから。さぞ嬉しかったでしょうね。普段聞くことが出来ない歓声を嬌声を体一杯で浴びることができて。彼女のせいであいつは苦しむんだ。元はといえばゲストとして呼んだあいつも悪いし、あれだけ大事にしてきた世界観を壊したんだから自業自得か!」


 爆弾魔は自暴自棄になったように言葉を吐き出す。


「本当に情けないです。自分を犠牲にして推しに苦しみを与えることを選んだのですか。あなたの幸せのために推しはいるのです。推しの幸せと自分の不幸せを秤間違えるあなたに言うことはもうなにもないですね」


「こっちから願い下げするわ。今更説教じみたことなんて聞きたくないわ。私の計画は終わったから早く捕まえて頂戴」


「ハルちゃん、もういいかしら。この子もこう言ってるし。早く捕まえて終わりにしましょう」


 今まで黙って二人の行く末を見ていたフユカがハルに尋ねた。


 ハルは口元に手を当てて何かを考えているようだった。



「何か変です」


「うん?」


「この爆弾魔は明確に殺意を抱いていたはずです。ですが、何故凶器を持っていなかったのでしょうか。ずっと彼と接触するチャンスを窺っていたのに」


「流石にそこまで強い意志はなかったんじゃないかな?」


「爆破予告をするような人がですか」


 ハルに答えが分かるはずはなかった。


 彼女は心理学者のように犯罪者の心理が分かるわけでも、名探偵のような推理が出来るわけでもなかった。


 ただの拗らせた厄介ファンなだけだ。


「どうしましょう。このままでは何か危険なことが起こる気がするのです」


 目の前にいる爆弾魔。


元は拗らせた自分と同じ厄介ファンがこんなことで満足気な顔をするわけはないのだ。


それだけはわかるのである。



 ハルの顔色は青ざめている。



「大丈夫、あとは私たちの仕事でしょ。いつから名探偵になったの? ハルちゃんの仕事はアドバイザー。私はもう十分助けて貰ったわ」


 震える小さな体をフユカは抱きしめる。


 それから、糸の切れた人形みたいに動きも喋りもしなくなった爆弾魔を見る。



「もう何も話す気はないのね? それなら一応調べさせて貰うわよ」


「ええ。好きにどうぞ。私は爆弾魔じゃないから無駄な時間になるけどね」


 フユカは彼女の言葉を最後まで聞かずに警部に連絡をする。





 間もなくして到着した警察官と共に爆弾魔は消えていった。


 腕の中にいた少女はいつも通りのすんとした態度でフユカの横に並んでいる。


「フユカさん、そういえばプレハブ小屋の皆さんってどうしてますかね」


「あ」


「あ、じゃないですよ。一歩でも動いたらなんたらみたいなこと言ってませんでしたか?」


「やばいわ。一緒に謝りに行ってくれるわよね」


「私は嫌ですよ。少し辺りを見たいですし」


「ねぇー。一人にしないでよ、お願いだよー!!!」


 諸々の説明や謝罪などやるべきことの面倒さは明確であった。










 スーツ姿の女性はやかんで沸かしたお湯みたいな集団の後ろ姿を深いお辞儀をして送りだした。


 フユカは額の汗をハンカチで拭いながら一息吐き出す。


「早くハルちゃんと合流しなきゃ」


 目を離したすきに何か面倒なことを起こされては困ると、急いでハルと連絡を取る。


「もしもし、ハルちゃん?今どこ」


「はい。今はプレハブ小屋に向かってますので」


「わかったわ。何をしていたかきっちり話しなさいよ」


「了解です」




 ハルは息を切らしながら走ってきた。


 そんなに急がなくてもいいのにとフユカは駆け寄る。


 息を整えたハルは何をしてきたかを説明する。


「まず、警部に引き続き会場の警備をお願いしました。ライブがしっかり終わるまで何があるかわからないので」


「へぇー。警部はハルちゃんの言うことなら聞くのね」



 フユカは自分が捜査を続けたいと掛け合ったときに主張はむなしく突き返された時のことを思い出す。


「私だからではなく、一応爆弾魔(仮)を見つけた状況も起因していると思いますよ」


「フォローはしなくていいわ、自分が一番よくわかっているわ」


 ハルは悲しい彼女の現状に押し黙ってしまう。


「気にしないで。当日スタッフへの謝罪を私一人に押し付けたあなたに少し仕返しがしたかっただけだから。それより話を続けて」


 ハルはごめんなさいと一言謝った後に話を続ける。


「それと彼にライブが始まるまで無暗に会場から出ないようにと注意して欲しいと関係者の方に伝えてもらいました。犯人がファンであり透明人間でないならこれで接触は不可能ですかね?」


「そうだと思うけど、なにか怪しいわね。それだけなら私と一緒に謝ってからでも遅くないような気がするのだけど」


 そもそもの話。



 爆弾を事前に仕掛けたり関係者を装ったりと突飛な行動をしなければアリーナ会場でアーティストに危害を加えることなど土台無理な話なのだ。


 先程の爆弾魔だってハルが流した情報がなければここまで彼に近づくことすら出来なかったわけだ。


すると、やはりこの少女は何か怪しい。


「ここまで信用されてないとは私は悲しいです。何度も言いますが私のことを一番近くで見張っていてくださいよ」


「あなたが自分から離れるのでしょう!」


 ハルは黙り込んだ。何かを考えているようだ。


「わかりましたよ。もうフユカさんの傍から離れませんよ。それと、もしライブが始まる前までに彼に何かがあれば有無を言わさず私を捕まえて下さい」


「二言はないわよ」


「はい」


 紺色の瞳はまっすぐとフユカを見つめていた。











「なんで関係者席なんですか!」


「なんで素直に喜んでくれないのよ!」



 ライブグッズに身を包みペンライトを両手に持った少女とスーツ姿の女性は声を荒げていた。








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