第4話 聞き込み作戦

 簡易的なプレハブ小屋には20名ほどの当日スタッフが集められていた。各々が様々な動きをしているが、疑念や不安を抱いているのは全員だった。


「いきなり集められて不安な気持ちはわかります。ただ親身に協力していただければ直ぐに終わりますのでよろしくお願いします」


 スーツの女性は小屋の入り口で皆に深々と頭を下げる。

 余りに下手に出たからか、ぽつりぽつりと彼女の元に野次が飛んでくる。


「警察が急に何だよ!」

「もう捜査は終わったんだろ!」

「もしかして疑われているの?」

「となりの偉そうな小学生はなんだよ!」


 最後に飛んできた言葉に対して女性は頭を抱えた。その瞬間に彼女の隣にいた少女が口を開ける。


「先程の言葉は聞き捨てられませんね。私は小学生じゃありませんし、偉そうにもしていません。いや、私は少しばかり皆さんより偉いかもしれません」


 そう言うと少女はポケットから手帳を取り出した。そこには押見春おしみはるという本名と顔写真。それに警察公認の印である豪華な意匠のスタンプが押してある。


「おしみはるってあの和製シャーロックホームズじゃん!」


「和製ホームズは本当に辞めて欲しいです。名前が重すぎて某相棒の方に失礼です」


 手帳を見せたのは完全に逆効果であり、小屋内は余計にざわついてしまう。彼女らが何を言っても事態が収まらなくなった時、扉は開かれ招かれざる人物が現れる。


「僕からのお願い。みんなこの人たちの言うこと聞いてあげてよ」


 一際目立つ声。

 とても澄んでいて綺麗な声。

 後ろを振り向かなくても二人にも誰なのかがわかった。


 スタッフたちは思い思いの歓声とともにこちらへ押し寄せてくる。フユカは咄嗟に振り向いて突然来た来客を外へ押し出す。ガチャという扉が閉まる音と同時に静寂は訪れた。


「あなた達の疑いは晴れてないのだから、そこから一歩でも動いてみなさい。一人ずつ直に署で事情を聴いてもいいのよ」


 フユカの低い声が響いた。場は整ったので後はハルに任せようと隣を向くとそこに少女の姿はなかった。


「まさか!ハルちゃん!」


 慌てて飛び出すとそこには腕を押し合い組み合う二人の少女の姿があった。体格差のせいか青髪よりも黒髪の少女の方が優勢である。


「お前のせいで私の計画は!」


「まだ今なら間に合います。あなたが手を汚したところで何も変わりませんよ!」


「うるさい!お前に何がわかる!」


 力強く否定する声が聞こえたと同時に、青髪の少女が大勢を崩して押し倒された。


 フユカは黒髪の少女の後ろから羽交い絞めにするようにしてハルから引き離す。解放されたハルは肩で息をしている。


「放しなさいよ。まだ私は何もしていないわ!」


「お取込み中の所申し訳ないわ。その子に何かあったら私の首どころでは済まないのよ」


 少女は取り押さえられて最初こそ抵抗したが、力の差を思い知ったのかうなだれる様に体の力を抜いた。


「フユカさん、ありがとうございます」


「お礼で済むと思っているの!」


 ハルは服の乱れを直し立ち上がるとフユカにお辞儀をした。しかしフユカはそれを素直に受け取りはしなかった。


「私に何も言わずに危険なことをしない約束でしょ!」


 言葉には怒気が込められている。知らずの内に少女を拘束している腕にも一層に力が入る。


「申し訳ありませんでした。来てくれなかったら危なかったかもしれません」


「惚気なら余所でやってちょうだい。力入れすぎ、痛いんだけど」


「貴方はだれなの?少しは反省しなさい」


 第三者の横槍とフユカの素っ頓狂な質問で話は戻る。


「この人が正真正銘私たちが探していた爆弾魔(仮)に一番近しい人です」


 フユカの疑問に対して遠回しにハルは代弁するが、今回の爆弾騒ぎの首謀者で間違いはなかった。


「私は爆破予告はしていないわ。体でも携帯でもパソコンでも好きに調べてちょうだい」


 彼女はやけに強気な態度である。


「こう言ってますけど、どうします?もしこのまま爆破予告の証拠も見つからず、今凶器も持っていなかった場合はただの強引に彼に近づこうとしたファンになってしまいますね」


「というかこの子はなんであのプレハブ小屋で私達が聞き込みをすることを知っていたわけ?」


「それは私が情報をSNSに流したのです。熱心に監視していればその投稿が目につくはずです」


「は?」


 今回の作戦はハルがフユカに知らせていない部分があった。一つ目の当日スタッフから聞き込みをする裏で爆弾魔をおびき寄せる二つ目の作戦があったのだ。


 例のアーティストが偶然様子を見に来たのもハルがお願いしたことであった。勿論、顔を出した後はすぐに身の安全が確保できるようにボディガードも配置済みであった。


 こうしてハルが流した彼の出没情報をもとに集まった何人かの野次馬の中で最もハルが怪しいと思った彼女のことを捕まえたのだ。


「それであなたは何で彼と接触しようとしたのですか?聞かせてくれてもいいじゃないですか。私たちはおそらく同士です。話によってはこれから協力し合うことも可能だと思います」


「何よ勝手に!あなたも教唆で捕まりたいわけ?」


 ハルは人差し指を唇に当てる。その顔に一切の笑みはなかった。すっかり澄んだガラス玉のような瞳には何が写っているのかフユカに覗くことはできなかった。

 ハルは黙り込んだ彼女を余所に、さあ話してくださいと座り込む少女に目線を合わせる為に足を曲げる。


「あなたに話すことなんて何も無いわ!」


 ハルの歩み寄りに対して彼女は首を横に振って口を閉ざす選択をする。


 そんな最中に少し遠くの方で鳴り響くサイレンが聞こえてくる。恐らく先程襲われそうになった彼が通報をしたのだろう。一応フユカも刑事なのだが信用はされていないようであった。


「あら、パトカーが近づいて来るわね。一応私もいるんだけど」


 フユカはぼそりと不服そうに言葉を漏らす。


「無理もありませんよ。自分の命を脅かす存在が近くにいるのですから焦って通報してしまうのは自然なことでしょう」


 ハルは余りにネガティブなフユカをフォローする様に後ろへ振り返って言葉をかける。


「さて、このままではパトカーで連行されて終わりです。私、警察の方に少々顔が効くんですよ。だから連行を遅らせる事も可能だと思います。それだけでは話す気にはなれませんか?」


「わかった。全部話すわ」


 彼女はがくりと肩を下に下ろして力を抜く。


 ハルはそう様子を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。



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