第3話 探偵が爆弾魔?
「それは正気ですか!」
目的地へと進み続ける車の中。紺色髪の少女は苦悶の表情を浮かべながら問いただす。
フユカが電話を掛けた相手は例のアーティストのマネージャーであった。爆弾魔の目的が彼に直接危害を加えることであるならば、彼を監視していれば、いつか現れるという考えであった。
「何よ、これが一番合理的で今の私たちにはピッタリな方法じゃない。手分けして怪しい人物を探すのにも二人では限界があるでしょ」
「そんな力業で解決する話は聞いたことがありませんよ。こう、もっと刑事さんらしい捜査とかは出来ないんですか?」
「張り込みだって大事な捜査の一つだわ。それに私の目的は被害者を出さないことなの。ハルちゃんが被害に会うのは彼だけだって言い切ったのだからこうなるのは当然でしょ」
今回ばかりは言い返す言葉がないらしく、ハルは黙ってフユカの意見を聞いている。
「わかりました。運転に集中してください」
フユカは窓から外の様子を見ているハルのことを確認すると、笑みを浮かべるのであった。
「このまま何も起こらずに終わればいいのに」
「いえ、絶対に奴は現れますよ」
「あんパンと牛乳買ってこようか」
「はい?」
二人は車の中からじっとある建物を見つめている。
「そういえばその格好はなに?」
ハルは先程からごそごそとショッパーの中を漁っていたのだ。着ていたTシャツはオーバーサイズで青いネオンカラーのトップスに変わっており、頭には鹿撃ち帽を被り、首にはマフラータオルを掛けている。
「今回のライブグッズです。探偵がテーマなんですよ。おそらくこの格好の方が都合が良い気がするんです」
「まさかライブに参加する気だったの!」
なぜ、待ち合わせ場所が例のライブ会場だったのか。
なぜ、ショッパーバッグをあんなに大事に持ち歩いていたのか。
なぜ、爆弾魔の思考になって考えることができたのか。
なぜ、待ち合わせ場所が偶然アリーナ会場だったのか。
その全てに答えが出た気がした。
「あ、だれか出てきましたよ!」
ハルは建物から出てきた人影を確認するや否や、車から飛び出そうと扉のハンドルに手をかける。
「ちょっと待って!」
フユカはガシャというドアが開く音と同時に身を乗り出してハルの腕を掴んだ。
予想もしなかったできごとにハルは目を大きく開いてフユカの方を見る。
「ハルちゃん、貴方が爆弾魔なの?」
いつものような小言を言い合うときの声色ではなかった。今フユカと対峙している少女はこれから犯罪を起こすかもしれないのだ。そうならば止めなければいけない。より一層に眼光は鋭くなる。
「否定します。私は爆弾魔ではありません」
真剣なまなざしで彼女は答えた。それを聞いてフユカは胸をなでおろす。
「よかっ」
フユカの安堵の言葉を遮るようにハルは言葉を続ける。
「ですが、それは例の予告をだした人にも言えることです。爆破予告を陽動にした別の事件を起こそうとしているのであれば、今の状況で彼に近づこうとするすべての人が動機を否定できないはずです。私自身も例外ではありません。なので私を疑ってくれて安心しました」
「こっちは安心できない。ちゃんと最後まで否定して欲しかった。これじゃあまるで自分は彼を傷つけたい動機がありますって言っているようなものじゃない」
「はい。その通りです」
この言葉が彼女の真意だというのは痛いほど声色や態度から伝わってきた。
「私はこれから爆弾魔候補と一緒に捜査をしなければいけないのね。いや、ハルちゃんを家に帰すべきか」
「私はあくまで爆弾魔(仮)なので拘束される謂れはありませんよね。なのでフユカさんとここで別れるのであれば、これからライブに堂々と参戦しますよ。もしかしたら客席から文字通りに石を投じるかもしれません。だからずっと私から目を離さないでください。もしものことがあれば容赦なく逮捕していいですから」
フユカはハルの言葉を聞いて居ても立っても居られなくなり抱きついた。
ハルは驚声を上げて体に力を籠める。
「逮捕なんてしないわよ。その前に私があなたのことを止めるわ」
ハルは優しい声色に反応するかのように一つ息を吐くと体を彼女に預けた。
五分、いや十分ほど経過しただろうか。預けていたはずの体はいつの間にか預かる側に回っていた。それから時刻を確認すると体感以上に時間が経っていたことに気が付いた。そろそろ張り込みを再開しなければいけないと思ったハルは口を開ける。
「ほら、そろそろ離れてください。見逃してしまっては目も当てられませんよ」
ハルはポンポンと背中を数回。アラーム代わりに優しく叩く。そうねと一言返事を返しながら今まで預かっていたものは運転席へぞろぞろと身を引いていく。
それから腕を上げて伸びを始めた。天井は高くないので大分斜めに伸びている。
「よし、それじゃあ張り込み再開するわよ!」
「もしかしてフユカさん眠ってました? やけに元気がいいですよね」
意気揚々と声を上げたフユカにハルは水を差す。
「え! 眠ってなんかないわよ。そんなわけ? ない......」
フユカは否定しながらも横目で車載されているデジタル時計を確認する。
「もう一時間ぐらい経っているじゃない!」
驚くフユカの横でハルはやれやれと頭を振る。
「なんで起こしてくれないのよ。あ! ハルちゃんも寝ちゃってたんでしょ」
フユカが自問自答する様子に目もくれずスマホを操作していたハルは彼女に画面を見せる。そこには例のアーティストが先程更新したSNSの投稿が写っていた。澄み渡った綺麗な空の画像であった。
「彼はライブのリハーサルを行うときには決まって空の画像を投稿するのです。爆弾魔はこの写真を撮るタイミングで接触すると思ったのですが、この画像が上がったのであればもう彼はアリーナの中なので違ったようです。考えてみればリハ前の休憩場所を探り当てるのは一ファンには難しい話ですよね」
「彼の居場所をリアルタイムで探ることが出来る唯一の
「何度も言うように私が爆弾魔ならこのままフユカさんがしっかり監視していれば何も起こらないじゃないですか。まあ張り込み中に自分の欲望のままに、か弱い乙女に抱き着いて、居眠りまでするポンコツ刑事さんには無理な話ですよね。ほら、ぐだぐだしている時間は無くなってきましたよ」
ツッコミたいところは山ほどあったが、自分が蒔いた種なのでここはじっと我慢する。
フユカはハルの嫌味を受け流してシートベルトを着けることを促す。
わざとらしいほどに態度を変えた彼女に気づかないほど鈍感ではないハルは満足げな顔で指示に従った。それから車はアリーナドームへと戻っていく。
「戻ってきたのはいいけど、どうやって爆弾魔を見つけるのよ。会場にいるファン全員が怪しいならもうお手上げだわ」
「普通に参加していれば推しに近づくタイミングなんてありませんよ。ただスタッフは別です。一つあるのですよ。優しさがゆえに生んだ一瞬のタイミングが」
駐車場から歩きながら得意げに話し始めた少女はもう最初の格好に戻っていた。
「でもスタッフは全員聴取を受けているわ。いかに狡猾だろうと一般人がボロを出さずに悪意を隠し続けるのは至難の業よ」
「なので当日スタッフに絞りましょう」
作戦は単純明快。当日スタッフに聞き込みをして悪意が感じられるかチェックする。ただの聞き込みだけで爆弾魔が特定できるかは怪しい話だが、ハルが自信満々なのでフユカは何か考えがあってのことであると信じることにした。
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