第2話 青い車と爆破予告

 軽口を言い合いながら駐車場まで辿り着いた。

 機材の搬入車に紛れて一台の青い小型セダンが止められていた。フユカは車のロックを開けて少女を助手席へと促して運転席へと乗り込んだ。



「青い車なんて目立ってしまうので不便ではありませんか」


「そうね、お察しの通り不便だわ。というかわざと目立たせるために私だけこの色なのよ」


「そういうことでしたか。フユカさんがいつも事件性はないと判断された案件を、掘り返して捜査しようとするのを上の方々はよく思っていないのですね」



 少女の推察は当たっていた。今回フユカが彼女に相談を持ち掛けようとしたのもその類であった。




 警察署には一本の連絡が入っていた。SNS上で、あるライブ会場の爆破予告を匂わせる旨の投稿がなされた件についてである。その計画実行日は例の人気アーティストの音楽ライブが予定されている日であったので、ライブ関係者はみすみすこの投稿をただのイタズラだと断言することは出来ず警察に相談をしたのだ。


 その連絡を受けて警察はライブ会場を隅々まで捜索したのだが、爆弾が仕掛けられている痕跡はなかったのだ。


 さらにはライブの関係者らへの聴取から、爆弾を仕掛けることは不可能だという結論に至り捜査はここで終わった。だが、捜査に参加していたフユカはそれで納得することが出来なかった。


 そこでスペシャルアドバイザーである「押見おしみ はる」を尋ねたのだ。



「ほんっっっとにふざけてますね」



 ハルは拳を握りしめて怒りを露わにした。整った顔を酷く歪ませてフユカの方を向いた。



「ハル……ちゃん?」


「見返してやりましょうよ。貴方の直感が当たって解決に至った事件も一つや二つぐらいはあるのですから! 私の知人がこんな扱いを受けるのは納得いきません」


「やる気になってくれるのは嬉しいんだけど、一つや二つって……少しばかりディスられている気がするのだけど」


「細かい所は良いですよ。ほら、どんな事件なのか話して下さいよ。青い車を脱却しましょう!」



(紺色の車も結構気にいっているんだけどなぁー)



 フユカは車と同じ色。紺色の髪の少女が振り上げた腕をまねるように自分に喝を入れながら振り上げるのだった。



「「おー!」」




 






 ハルは助手席でフユカから手渡された書類に目を通す。

 長い睫毛から覗かせている瞳は憂いを帯びている。両膝に置かれているショッパーはフユカが何を言っても自分の傍から離そうとしなかった。余程大事なものが入っているのだろうか。


 数十分の静寂を切り裂く声がハルの口から発せられた。



「大体わかりました。それでフユカさんは爆弾がまだ仕掛けられていると思っているのですか?」


「そうね。私はこの投稿がただのイタズラだとは思えないのよ。犯人の動機になりそうなことは調べてみたつもりよ」



 彼女はハルから資料を奪い取り自分が調査した例のSNSのアカウントの過去投稿や、あるアーティストの情報が載っているページを見せつける。



「そこは読みましたよ。ただ、爆弾との関係があるとは思えないです」


「それじゃあ、やっぱりただのイタズラだと思うってこと?」


「爆破予告自体はただのイタズラでしょうね。この爆弾魔には別の目的があると思います」


「別の目的?」



 フユカはハルから資料を取り上げてもう一度読み直す。


 彼女が動機として挙げた投稿には特定のアーティストに対する爆弾魔の失望や恨みが表れている。だが、それ以前は熱心なファンであったのだ。だから、あることを境にして爆破予告を行うほどにその感情は反転してしまったと考えた。ただ、そのあることというのが彼女には見つけられなかった。なので、変わってしまったアーティストに対する警告としてライブを中止させることが目的だとしか考えられなかったのだ。



 フユカが眼前の気配に気が付いたときには、もうすでにハルは助手席から身を乗り出して運転席に手を付いて近づいていた。



「私はダメね。さっぱりわからないわ」


「はい、知ってますよ」



 フユカは無言でハルの頬を片手で挟んだ。








「ごめんね、ハルちゃーん!」


 先程とは打って変わりフユカが運転席から身を乗り出して、シートギリギリに座って少しでも彼女から遠ざかろうと、今にも車から出そうな様子のハルに近づこうとしていた。ハルは必死に懇願する彼女に冷ややかな視線を送っている。



「あんなにこっちが真面目に話しているというのに。もう知りませんよ」


「だってハルちゃんがあまりに可愛い顔で覗き込んでくるんだもん」


「正体表しましたね! なんですか? その言い分は。私が悪かったようなので、もう帰らせて頂きます!」



 ハルが扉のハンドルに手を掛ける。



「助けてよ。私だけのコンサルタント探偵!」



 それは二人の間では大きな意味を成す言葉であった。それだけにハルの動きを一瞬止めるだけの効力があった。



「あのですね。私はかの有名なシャーロック・ホームズではありません。ましてや自分の事を探偵だとも思いません。だからそう呼ぶのはやめて欲しいです。私は……」


「ええ、知っているわ」



 ハルは突然笑い出した。それを見たフユカはしてやったりと言わんばかりにドヤ顔を決め込んでいる。その顔を見て一層にハルは破顔させる。まさか自分に同じ言葉を言わせれば頬を挟ませる展開に持っていくことが出来て、おあいことして話を収められると考えたのだろうか。随分とお花畑な思考回路である。


どうしてこの人は私の前だとこうもカッコ悪くなってしまうのだろうかとハルは思うのだった。



「ほんとおかしな人ですね。わたしをそう呼ぶならせめて警部にでもなってくれなきゃ釣り合いませんよ」



 フユカはその答えを聞いて目をパチパチとさせるのであった。



「何でこれはわからないのですか!」









 わちゃわちゃと騒騒しかった車内は一変して緊張感に包まれていた。



「では爆弾は仕掛けられていない前提で話を進めますよ」


「うん。一応確認するけどこのままライブをやっても犠牲者は出ないということなのね」


「爆弾による被害は出ませんが、犠牲者は出てしまうかもそれません」


「どういうこと?」


「どうやら前提の共有からしなければいけませんね。私からも質問させてください。フユカさんはどう思いますか? 夢が叶う前に壊されるのが辛いか。夢が叶った後に壊されるのが辛いか」



 突然哲学的な質問を投げかけられてフユカは困惑する。今は一刻も早く何故、犠牲者がでてしまうのか知りたかったのだが、ハルのあまりに真剣な眼差しを向けられて無下にすることは出来なかった。フユカは少しの間俯き、考えをまとめた。



「そんなの分からないわ。どちらも辛いにきまっているわ」


「それで正解を言ったつもりですか? 個人的な事ではなくて、もし爆弾魔の立場だとしたらを聞いているのですよ」



 話が全く分からなかった。何かまだ共有出来ていない、ハルの頭の中にしかない情報があるはずだとフユカは考えた。



「ちょっと待って。まず爆弾は無いという根拠を私にも分かるように話してちょうだい」


「私だったら爆弾ではなく爆弾騒ぎをおとりに使うからです」



 きっぱりと言い放った少女は何処か悲しげに伏せた目をしている。



「わかるのですよ。何故、この人はわざわざ爆弾魔になってまで大好きな人の不幸を願ったのか」


「爆弾魔が不幸にしたいのは彼だけだからどこまで被害が出るかがわからない爆弾は使わないってことで合ってる?」


「そうです。動機としては資料に書いてあった通り、去年のライブであったスペシャルゲストの件が関係していると思います」



 フユカは資料を開いて該当するページを確認する。確かに自分が調べたアーティストの情報の所に去年のアリーナライブの事が書いてあった。だがここの項目は個人的に、狙われている人物がどんな人なのかを調べている過程で歌手としての実績が纏められているサイトから雑にコピーペーストした所であった。



「え! これはアリーナライブが大成功で終わったっていうことじゃないの?」


「彼のライブは大成功でしたよ。ですが、そうは喜べない人達もいるようです」


「わかったわ、そのライブが原因だということは飲み込むわ。だけどそんな事で犯罪に手を染めようとするとは思えないのだけど」


「そんな事と切り捨ててしまうのはどうかと思いますよ。一つだけ確かなのはライブを中止にした所でこの人の恨みは晴らされないと思います。彼と直接会うことは絶対的な条件であるはずです」



 フユカにとって信じられない内容であった。


 ハルが証拠として出したのは、もし自分が爆弾魔ならという思考で導き出した答えのみであった。


 そんなものは証拠にならないし警察は動いてくれないことを少女は知らないわけではないだろう。だが、信じるほかないのだ。そもそも一人ではどうにもできず、組織も事件性はないと結論を出したのだ。今更考えても埒が明かない。



「わかったわ。爆弾を撒き餌にするなんて恐ろしいわね」


「はい。会場の様子やSNSの情報により問題なくライブを開催するという旨は知れ渡っているので、ここまで犯人の計画通りに進んでいると思います」


「とすると、いつコンタクトを取りに行くのかというところね」



 フユカはスマホを取り出して電話を掛け始めた。

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