第1話 待ち合わせは物販会場にて

 コンクリートに日差しは照りつける。



 眼前に広がるのは仮設テント。

そこには面白いくらいに伸びる人の行列がある。

目的を同じくする人の群れに対して、あくまで自分の目的は別にあるというオーラを全開に出して列を横切っていく女性がいた。

すらりとした長身に黒い長髪を後ろで一つに結んでいる彼女は、首を左右に辺りを見渡しながらどんどん進んで行く。

彼女とすれ違う人々のほとんどが二度見のように振り返るのは整った顔立ちのせいなのか、スーツ姿のせいなのかは定かだではないが黒のジャケットにスラックスというファッションは、思い思いに着飾った人たちが多いこの場所において、悪目立ちするには十分すぎる要素であった。


「フユカさん。私はこちらです」


 彼女がスラックスのポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認していると、どこからか名前を呼ぶ声が聞こえた。


 か細くて消え入りそうな声。

 どんよりとした曇りの日のようであった。


 決して通る声ではないがフユカにとって聞きなれた声である為、すぐに本人の耳に届いた。

目の前にそれらしき人影は無かったので、彼女は後ろに振り返った。

すると、ショッパーバッグを両肩にさげている紺色の髪の少女が手を振っていた。

見失った飼い主を見つけたペットの犬みたいな速さでフユカは少女の元に駆け寄る。


「随分探したわよ。こんな人混みの中を待ち合わせ場所に指定しないでよ」


「申し訳ありません。ですが、今日は会う約束をしていなかったはずです。刑事さんに突然呼び出されたものですから勘弁してください」


「よくこんなにも堂々と皮肉が言えたものね。そうよ、突然に私が呼び出したのよ。悪かったわ」


「いいですよ。そんなに気を落とさないでください。私だって申し訳ないと思っているのですから」



 二人の間で小言の言い合いはもはや恒例と化しているのだ。

少女は一応謝りつつもフユカの文句を気にも留めない様子で嬉しそうにショッパーを揺らしている。


 小柄で童顔な為一見すると小学生にも見えてしまいそうな彼女は立派な高校生である。

待ち合わせに彼女が指定した場所はアリーナ会場であった。

今日の午後からとあるアーティストによる音楽ライブが始まるので、今はライブ限定グッズの物販の最中であった。

開演前の人だかりからして相当人気なアーティストだということは疎いフユカにもわかるぐらいである。


「そういえば今日の服装は随分とラフなのね。とても可愛いし似合っているわ」


 少女はチノ素材のワイドパンツにTシャツを合わせている。

制服姿が見慣れている彼女にとって、少女の今日の格好は年相応というべきか、幼く見えるというべきか難しい所ではあるが、想像していたよりも少女らしいファッションだったので少し驚いたのである。

突然に発せられたフユカの誉め言葉に対して、同じように驚いた様子の少女は慌てて口を開く。


「そうやってまじまじと言葉にされると恥ずかしいですよ。今日の服は少し子供っぽくはありませんか?いつもはもっと大人っぽい格好を心掛けているんです。嘘じゃないですよ!」


(いや、別に子供らしいとは言ってない......)


 難しい年頃なのだろう。

 フユカは褒めたつもりだったが、少女は頭を抱えておろおろと狼狽えている。


 程なくして正気に戻った彼女から問いかけられた。


「それより、話ってなんですか?まさかこれから一緒にお出かけするために呼び出したわけではないですよね」


「私は今から貴方とデートでもいいんだけどね。まぁそれは今度ゆっくり予定を立てるとして......」


「立てなくて結構です!行きませんから!」


「えー!そんなに全力で否定しなくても。お姉さん悲しいよー。この傷は癒えるのに時間がかかるね」


「おふざけはこの辺で良いですよ。フユカさんが私のことを尋ねる時は決まって猶予が短いときなんですから」


 少女はいつの間にか真剣な表情をしていた。

自分がこれからやらなければならない行動にフユカよりも先に決心がついたようであった。

そんな少女の眼差しを受けながら彼女は大きく深呼吸をする。


「車に移動しましょ。話はそこでするわ」


 ゆっくりと二人は歩き出した。









 ショッパーを嬉しそうに持ちながら会場を後にする人の流れに乗るように二人は出口へと向かう。

フユカは会場の隅の方で二人から四人ぐらいの小さなグループがいくつか形成されているのを見つけた。


「ねぇ、あれは何をやっているの?」


「悪い癖ですね、別に怪しい取引をしているではありませんよ。開けてみるまで中身がわからない"ブラインドパッケージ"の商品を交換しているのだと思います」


 友達や知り合い同士に限らずSNSで募った初対面の人と交換することも珍しいことではないのだ。

多くのファンが参加するイベントだからこそこういう取引を行うチャンスでもあるといえる。


「ところで私達というか、たぶんフユカさんのせいなんですけどじろじろ見てくるひとが多くないですか?」


「なんで私のせいなのよ」


「良い意味でフユカさんは場違いなんですよ」


「悪かったわ。こんなイベントが開催されているなんて知らなかったのよ。まだ開演まで時間があるし、こんなに集まっているなんて思わなかったのよ」


「服の話だけでは、ないですよ」


 少女は少し恥ずかしそうにする。なんでわからないんだとでも言いたげな眼でフユカに訴えている。

彼女は自分たちと周りの状況を見渡して思考を巡らせるが答えは見つからない。


「私がまるで姉に連れ添って貰っている妹みたいなんですよ!」


「へ?」


 フユカは思いもしない言葉に気の抜けた声を出す。だが赤面している少女を見て、理解は追い付かなくとも本能だけは動きだした。


「へぇー。澄ました顔をして意外とあなた妄想癖があるのね。私の事お姉ちゃんだと思っているのね」


「違いますよ」


「なんで一瞬で冷静さをとりもどすのよ!」


「私は見えてしまうと言っただけです。フユカさんの事を姉だと思ったことなんてありませんし似ていませんよ」


「じゃあなんで赤くなったのよ」


「それはフユカさんがいかにも食いつきそうな話題だと思ったからです。そしたら想像通りにまんまと食いついたので冷めてしまったのですよ」


「なによそれー!私が単純だとでも言いたいのね」


 仲の良い姉妹が口喧嘩しているとしか見えない光景にますます人々の視線は二人に集まるのであった。











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