厄介ファンと爆弾魔

シンシア

世界観への侵略 Ⅰ

 アリーナライブ。


 音楽コンサートをメインとした会場の内部は、ステージ中央へ一身と注がれた熱線のごとし眼により異様な熱気に包まれている。今まさにとある男性アーティストの「最後の曲です」という口上と共に音楽が鳴り響いている。



 演目が終わり舞台からたった一人の主役は袖へと手を振りながら捌けていく。思い思いの歓声を上げる人々。だが、ここで終わるとは誰もが思ってはいなかった。もはやお決まりと化したアンコールが控えているからだ。終わりを惜しむよりかはさらなる期待を膨らませているような思い思いの嬌声が響き渡る。



 今更ながら、アンコールまでがセットリストとして作られているのは不思議な気もする。RPGでもすっかりお馴染みになったラスボスを倒した後の、クリア後の世界みたいなお得感がある。



「あれ?あのお決まりの曲がまだやってないね。アンコールの初っ端で聞けるかも」


「流石にあの新曲はやるでしょ。アンコール確定だ」


「最後の最後であの曲来たら盛り上がるもんね」



 なのでむしろ無いとガッカリとさえしていまう。あの会場全体が一丸となって「想いよ!届けー!もう一度顕現し給まえ!」とアンコールを呼びかける時の興奮感は何にも代え難いものがあると思う。その感情こそが極上の体験であり、アンコールの本質でもあるのだ。



「アンコール!」


「「アンコール!」」


「「「アンコール!」」」



 手拍子と共に大きくなっていく声。段々と掌が一枚の板のような感覚になるが叩いて離してまた叩くの動作を止めることはない。



 観客全員が声を上げ手の感覚は失くなり会場のボルテージが最高潮に達した頃、予定調和のように戻ってきた主役は一つの影と共に再登場した。



 予期していない状況に悲鳴のような歓声が上がる。その影の正体は彼と楽曲でコラボをしたこともある女性アーティストであった。彼女がゲストとしてライブに参加するのはこれが初めてであり、その登場はお決まりの儀式であるアンコールにスパイスとして振りかけられたサプライズであった。



 スペシャルゲストと称された彼女は彼とデュエットで見事に歌い上げた。


 巻き起こる歓声に彼女はこう答えた。



「こんなに凄い歓声は生まれて初めてだよ。みんなありがとうねー!」



 それから彼と彼女は息ピッタリのMCを繰り広げ、もう一曲披露をしてからライブは大成功で幕を閉じた。










「えー楽しそう!感動的で良い話だね。ファンにとっても最高のサプライズだし、きっと嬉しいよね」



 ジュースをストローで啜りながら赤髪の少女は私も行きたかったと零している。紺色の髪の少女はテーブルに頬杖をついて、向かいに座る少女のことを眺めている。そうして彼女は不服そうに言葉を吐く。



「まったくです。羨ましくて仕方がないですよ」


「それにしてもさ、まさかゲスト出演するとはねー。てっきり世界観?を壊さないためーとか、何とかで可能性はゼロだと思ってた!」


「そこの線引きは作曲者的にはOKらしいですよ。活動が終わった後に彼女が一人でやっていけるようにと、むしろ個人での活動には好意的みたいです」



 赤髪の少女はへぇーと少し呆れた様子で相槌を打つ。その態度に臆することなく彼女は続ける。



「こんなの良くないと思いつつもモヤっとするんです。自分に向けられた歓声に対して初めてだよと言ったことや自分のライブではしないようなラフな格好を別のライブで解禁したことが......」


「珍しく感情的だねぇ、もしかして厄介ファン?」


「なんと言われようが良いですよ。あまり人様に迷惑かけないようにしますし、私がこんな事を話すのはナツミさんだけですよ」



 ナツミは茶化したつもりだったのに帰ってきた言葉が自分への告白に似たものだったので、どんな顔をすればよいか分からずにテーブルに突っ伏した。それからモゴモゴと独り言のように呟いた。


「でもそんなこと言ったら○○さんは個人での活動ができなくなっちゃうじゃん」


「活動するなって言ってるのではありませんよ。単にびっくりしてしまったんですよ。素足に白のワンピースの○○さんはこんな歓声初めてだよなんて言わないんですよ」


「はいはい」


「SNSではこんな意見が多いんです。あのライブに出てたのはあくまで○○さん個人であって△△△△のボーカリスト〇〇としては出ていない。笑っちゃいますよ。コラボした時は○○from△△△△って表記してあるんですけどね。許せないのが私と同じような事を綴った投稿に△△△△の作曲者の言葉を使って非難してくる信者達ですよ。そんなのわかっていますよ。一番気持ち悪いのが私だってことくらい......」



 紺色の髪の少女は情緒不安定そのものであった。ナツミも適当な相槌や苦笑いで答えるのにもそろそろ限界が来ていた。どうやって話題を変えようか決めあぐねていた時、急激に幕が下りた。



「すみません。色々と吐き出してしまいました。これを聞き続けるナツミさんの気持ちを考えられていませんでした」


「ううん。ハルちゃんの気が済んだならそれで......いや流石にもう限界だったかな」


「そうですよね、では話題を変えましょうか」
















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