・3-4 第17話 「商売人の憂鬱」

 薬を人々に買ってもらうためには、とにかく、それを使ってもらわなければならない。そうして実績を積み上げなければ、自分はいつまで経っても薬草師ではなく、[シロップ売り]のままになってしまう。

 そう理解したキアラは、次にフルーメンの街に商いに向かった時からさっそく、考えついた工夫を試してみた。

 外観は、魅力的に見えるようにしっかりとした飾りつけをすでに行っている。

 それ以外のことをしなければならなかったから、まずは手に取ってもらわなければならない、ということで、この日は大幅に値下げをしてみることにした。

 ———自分の作った薬が売れないのは、まず、価格が高すぎるせいだ。

 厳選した素材を使い、丁寧に、時間をかけて加工したものだからその分高価に売らなければほとんど儲けなど出ず、むしろ売れば売るほど赤字になってしまうのだが、まずは自身を[薬草師]として人々に認識してもらうためには、やむを得ないことだ。

 薬草師としての商売を始めるのに当たっての[開店セール]だと思い、キアラは販売価格をぐっと安くし、業者が大量生産して売っている薬よりもさらに安価で露店に並べた。

 値下げの効果は、間違いなくあった。

 人々は以前よりも粉薬や軟膏の存在に興味を示すようになり、手に取ってくれる人もいた。


「もしよろしければ、お試しにどうぞ、手に塗ってみてください。丁寧に作ったので塗り心地がとても良いですよ! 」


 そうした人々に向かって精一杯のビジネススマイルを浮かべながらそう勧めてみると、実際に手に塗ってくれる人も何人かはいた。

 そしてそういった客はみな、軟膏の塗り心地の滑らかさに感心し、業者のものとは違う、ということも気がついてくれる。

 だが……、結局は誰も、買ってくれなかった。

 値下げをしたことで人々はキアラが作った薬に関心を示してくれるようになったものの、今度はその低価格が仇となってしまったのだ。

 確かに、広く流通している他の薬よりも使い心地は良く、見た目も綺麗に、かわいらしく飾られていて魅力的だ。

 しかし、こんなに安く売られている商品が、果たして本当に効果があるのだろうか?

 どうやら人々はそんな風に思ってしまったらしい。

 薬は、多くの人々を助けることのできるものだ。

 病や怪我を癒す手助けをし、時には命を救うこともある。

 ———その薬が効く・効かないということは、時に、人々の命を左右することだってあるということだ。

 そうであるのだから、たとえ値段が安くとも、本当に効果があるのかと疑わしい薬を買おうという気にはなり辛い。もし自分が病気や怪我になった時、キアラの薬を使用して効果がなかったら、一つしかない自身の命を失ってしまうかもしれないのだ。

 得体の知れないものにお金は出せない。

 購入するかどうか時間をかけて迷っている客もいたが、最後には「ごめんなさいね。やっぱり、今日は買うのを止めておきます」などと言い、立ち去って行ってしまった。


「どうすればいいのかしら……」


 薬草師は、途方に暮れるしかなかった。

 見た目も工夫し、値段も下げたのに、ちっとも自分の作った薬が売れない。

 一度買ってもらって、実際に病気や怪我をした時に使ってもらえば絶対に効果があると実感してもらえるはずなのに、そのスタートラインにさえ立たせてもらえない。

 他に、どんな方法があるのか。

 一つも薬が売れないまま時間が過ぎ、フェリクスと合流する時間に遅れないためにはそろそろ立ち去らねばならないという時間になって、キアラは寂しそうな溜息を漏らしながら店じまいを始めなければならなかった。

 幸いなことに、ハーブティやシロップは相変わらずよく売れている。

 だから今の生活が破綻してしまう恐れはないのだが、それでも薬草師は自身の薬を売って生計を立てていきたかった。

 生きがいだからだ。

 自分の作った薬で誰かを助け、喜んでもらう。

 彼女が国中のどんな場所でも迫害され続けながらも今の仕事を捨てずに来たのは、この生き方に意義を見出し、そして他のどんなことをするよりも多くの人々を救い、幸福にできると信じて来たからだ。

 今の状況は不本意だった。

 粗製乱造された大して効果もない薬を人々が信じて買っていくのが悔しかったし、自分の薬を使えば助かった命があるかもしれないと思うと、やりきれない気持ちにもなって来る。


「あのぅ、もし! そこの方、よろしいですかな? 」


 憂鬱な気持ちで店じまいをして来ると、突然、近くでそう呼びかける声が聞こえてくる。

 キアラは最初、この声を無視した。

 自分にかけられた言葉だとは思わなかったからだ。


(こんな、誰からも見向きもしてもらえない私なんて……)


 自分の作った薬を誰にも買ってもらうことができず、そのショックですっかり落ち込んでいた彼女には、店じまいを始めているのに今さら誰かが声をかけてくるとは思えなかったのだ。


「あの! 金髪の、薬草師のお嬢さん! 話を! お願いですから、話を聞いてください! 」


 薬草師。

 その単語にようやく反応し、キアラは顔をあげた。

 このフルーメンの街では誰も彼女を[魔女]扱いしなかったが、[薬草師]とも扱ってはくれなかった。

 それなのに、自分のことをそう呼ぶ誰かがあらわれたということは、もしかすると昔、放浪の旅をしていた時に知り合った誰かかもしれない。

 もしそうならば、自分の薬を買ってもらうことができるのではないか。

 そんな期待と共に視線を向けると、そこには、見覚えのない人物がいた。

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