・3-2 第15話 「商業都市フルーメン」
翌日、キアラとフェリクスは早速、出来上がった軟膏を売りに街へと出かけた。
谷に沿って飛行し、しばらく川を下っていくとたどり着く、以前、ハーブティやシロップなどを売りに来た街だ。
フルーメンというらしい。
人口は約一万人。古城の裏の湖から続く川のほとりにできた街で、その最上流部の河川港を持つ。
港があるから、賑やかだ。
人々は物資の運搬に主に家畜や馬車を使っているが、一度に大量に運ぶなら船が便利だ。まして、川を下っていく際には流れに従って行くだけでいいのだから尚更に効率がよく、みんなが港を利用したがる。
そういうわけで、フルーメンには港を利用するために多くの人々と物資が集まり、こういう場所では、商業も活発になる。品物が集まってくるのだから、それを求める商人たちも方々から足を運んでくるためだ。
キアラにとっては、いろいろと都合の良い街だった。
自分が作ったものの販売先には困らなかったし、なにより、[流れ者]に対する偏見や警戒心が小さい。
フルーメンの人々は、外見や言動、態度では、その人物のことを評価しないのだ。
ここでの絶対的な判断基準は、どんな商品を取り扱っているのか。
その種類、品質の良し悪し。
———彼、もしくは彼女は、取引をするのに値するだけのものを持っているのかどうか。
それこそがこの街の人々にとっての最大の関心事であり、幸いなことに、ふらりとあらわれたキアラのことを詮索しようとする者は誰もいなかった。
どこに誰と住んでいるのかなんてことには、興味のない人々ばかりが暮らす街なのだ。
彼女はこの街で自分のつくった商品を販売し始めてから、一部でハーブティ売りとして、大部分ではシロップ売りとして認識されていた。
甘い食べ物は、みんな大好きだ。ハーブティもよく売れたが人々はシロップの方を熱心に欲しがり、今ではキアラが訪れるのを心待ちにしてくれる人もいる。
丁寧に作ったシロップは品質も良いと好評で、定期的に品物を下ろす、という契約を結んでいる取引先もできているほどだ。そのままパンにかけて食べたり、ケーキなどのお菓子の材料に使われたりしている。
そうした店に約束通りの量のシロップを納品した後、薬草師は自身の本業である薬品を買ってもらうために露天商を始めた。
今日も、街の中心部、河川港に面した大広場では様々な露店が建ち並び、盛んに取引が行われている。店頭に並べられた品々を求めて多種多様な種族、人種の人々が訪れ、真剣な瞳で品定めをしていた。
そんな市場の片隅を借りて、薬草師も売り物を広げていく。
今まで売って来たハーブティ、契約先に納めた残りのシロップに、以前から売りだしていた粉末タイプの風邪薬や滋養強壮薬。
そして、軟膏だ。
初めて売り出す商品をより魅力的に見せるために、彼女は工夫を凝らしていた。
広場には業者が作って販売している安価な薬も出回っているから、手間がかかっている分価格面ではどうしても太刀打ちできないキアラは、高くても買ってもらうために知恵を絞るしかない。
彼女は軟膏を以前この市場で買った美しい貝殻に小分けし、色とりどりのリボンでかわいらしくラッピングして店頭に並べた。
こうすれば見た目で高級感、特別感を主張することができるし、人々の目を惹き、興味を持ってもらえるだろうと思ったのだ。
加えて、立ち止まってくれた人にはその場で、軟膏を試してもらうこともした。薬だからそれだけでは効果を実感してもらうことは難しいのだが、塗り心地の良さや、どんなに丁寧に作られているかをわかってもらえれば、買ってもらえるだろうと思ったのだ。
シロップもハーブティも、最初はそうやって試してもらって、今のように売れ始めた。薬でも同じやり方が通用するはずだった。
正直言って、なかなか痛い出費になる。ほんのひとすくいの量でもけっこうな価値のある薬なのだ。
時間をかけ、たくさん働いて作った軟膏を試すだけ試して、やっぱりいらない、と去られてしまうと、がっかりもしてしまう。
そして、———困ったことに、軟膏はほとんど売れなかった。
これまでこの街で売ったことのあるハーブティやシロップはよく売れたのだが、どういうわけか軟膏はさっぱり。
以前からそうだったのだが、粉薬もあまり売れなかった。
「やっぱり、みんな業者さんのお薬を買っちゃうのかしらね……」
日が傾き始めたころ、キアラはすっかり落胆して、店じまいを始めた。
一切手を抜かずに、厳選した素材を使った、最高の薬。
効き目は絶対にあると自信を持てる、自慢の商品。
それが、見向きもされないのだ。
———かつて、師匠が作って売っていた薬は、今店頭に並べているのと同じものでもさらに高額だったが、こんなふうではなかった。
自分から出向くまでもなく、客の方から遠路はるばる買いに来るほどだったのだ。
それなのに、自分と来たら。
商品を魅力的に見せる工夫を必死に考え、自身の知識と技術の限りを尽くし、手を抜かず細心の注意を払って作った薬なのに、見向きもしてもらうことができない。
(いったい、なにがいけないのかしらね……)
約束した時間に自分を迎えに来るフェリクスを待たせてはいけないと思い手早く片づけをしつつも、自然と、ため息が漏れてしまう。
やはり、自分は師匠に及びもつかない薬草師でしかないのか。
そんな風に思えてしまうのだ。
なんとか暮らしていけているし、古城での生活は望んだとおりに穏やかなもので、毎日が楽しかったが、しかし、薬草師としてのキアラの仕事はまだまだ、前途多難であるらしかった。
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