・2-2 第9話 「家探し:2」

 二人で共に生きていく。

 そう決めた薬草師とドラゴンであったが、話はそう簡単ではなかった。

 ———安住の地を求めて。

 誰からも傷つけられることなく、伴侶と共に穏やかに暮らしていくことのできる、理想郷。

 キアラは長く旅をした経験を持ってはいたが、地上をテクテク歩き続けるしかなかったためにせいぜい、自分の生まれた国を巡り尽くした程度だ。

 人間の身ではこれ以上どこにも行けないと思っていた。しかし、翼を得た今となっては、その選択肢は大きく広がっている。

 まだ見たことのない大地が、眼下に、無限に思えるほどに広がっているのだ。

 かといって、数えきれないほど新しい家の候補があるかというと、そうでもない。

 薬草師とドラゴンが一緒に暮らせる家、というのはなかなか条件が厳しいからだ。

 まず、それなりの大きさがなければならない。

 いくら強靭な生命力を持つドラゴンといえども休む時には雨風がしのげる場所が欲しいし、ということはその巨体が納まるほどの[屋内]が確保できる物件でなければならない。

 人間が作った建物でそれほどの大きさとなると、なかなか見つからない。貴族の屋敷や、城でなければ不足だろう。

 そういった家屋を前提に考えなければ、候補はもう少し増える。たとえば洞窟や岩棚の下など、自然にできあがった地形を利用するのだ。

 しかしそれでは、キアラが困ってしまう。生活用品を持ち込めばある程度人間らしい生活はできるのに違いなかったが、決して理想の暮らしとは呼べない。

 二人の内どちらかが満足なら良いというわけではない。

 二人が共に満足できなければ、新しい家を探す意味がないのだ。

 加えて、[人間社会との距離感]というのも大切な、絶対に考慮しなければならない要素だった。

 フェリクスが、キアラの暮らしていた村にあらわれた理由。

 それは、欲に目がくらんだ人間のドラゴンハンターたちによって襲われ、巣を追われてしまったからだ。

 いくら快適な住処を見つけても、容易にハンターたちに発見され、攻撃されてしまってはたまったものではない。

 よほどのことでもない限り返り討ちにしてしまえるだろうが、それでもフェリクスは傷つくだろうし、なにより人間に死者が出る。一度居場所がバレてしまえば、次の襲撃を避けるために引っ越しもしなければならない。

 そんな事態は避けたいことだった。

 ならばまったく人のいない場所に住めばよいかと言えば、そういうわけでもない。

 それではキアラが暮らしていくことができない。

 彼女は薬草師として師匠の教えをよく学び、きちんとした材料と設備さえあれば誰もが認める高品質の薬を作り出す術を知っている。

 だが農耕をして食べ物を自分で生産する方法については、あまり知らない。

 衣服も、布と裁縫道具があれば自分で縫って作ることはできるが、布自体はどこかで手に入れなければならない。布の織り方を知らなかったし、そのための道具も持っていない。

 人間社会との縁を完全に切ることはできないのだ。

 薬草師としてこれまでのように薬を作り、それを人々に買ってもらい、必要な生活必需品を売ってもらう。そのためには薬品づくりに活用できてしかも品質の良い薬草が手に入りやすい場所で、なおかつ、人間の街や村から離れすぎていないという条件が外せない。

 フェリクスの翼の力を借りるにしても、あまりに人間社会から遠ざかると生きていくことが難しくなる。

 近すぎても、遠すぎてもダメなのだ。

 二人は、妥協しなかった。

 自分たちだけでなんとでも決めることのできる事柄であったし、今まで何度も住処を追われた経験を共有しているのだ。

 せめて自分たちが暮らしていくことになる新しい家には、できるだけ夢を見たかった。

 ———そういうわけで、家探しは難航した。

 空から広く世界を見渡したことのあるフェリクスの心当たりを巡ってみたのだが、なかなか、望み通りの物件は見つからない。

 最初は、何十年も昔に放棄された貴族の屋敷、別荘として人里離れたところに建てられたものが候補になった。

 大きな母屋に離れまであり、フェリクスが寝泊まりするのに十分な広さもありそうだったが、そこには先住者が居ついていた。

 空から見おろした時には無人に見えたのだが、実際に近くで確認してみようと高度を落としたところ、そこに住みついていた山賊の集団が事態に気づき屋内から飛び出してきて、パニックを起こした何人かが、届きもしないのに弓で矢を射かけてきたのだ。


≪下賤な者どもめ……。キアラ、薙ぎ払おうか? ≫

「いいのよ、フェリクス。無暗に殺してはダメ。別の場所を探しましょう」


 その屋敷はあきらめることにした。

 ならばもっと人里離れた場所にしようということで、今度は森の中に半ば埋もれた遺跡を見てみることにした。

 古い鉱山の跡地で、鉱石が取れなくなったことから放置された場所だ。主要な街道から外れているために滅多に人も立ち寄らず、適度な距離感で暮らせるのではと思えた。

 だが、降り立ってみると考えていたほどにはよい場所ではなかった。

 家屋はあったがどれも見事に自然に飲み込まれつつあって新しい生活を始めるには大きな労力が必要そうであったし、ドラゴンが寝泊まりできるほどの大きさを持った建物がなかった。しかも、近くの水源はかつて掘り出された鉱石の屑によって汚染されてしまっており、飲料水の確保が難しかった。

 水がなければ、どんな生物も生きていくことはできない。人間であるキアラはもちろん、竜族であり魔力を糧としているフェリクスでさえ、水は飲まなければならない。

 二人はもっと良い物件を探すために飛び立った。

 なかなか、完璧に条件を満たした場所は見つからない。


「明日は、あの尾根の向こう側を見てみましょう」

≪そうしよう。……あちらにも確か、住処とできそうな建物があったはずだ≫


 しかし二人は焦らなかった。

 何件目かの候補地を諦めて飛び立った後、北に広がる山脈を指さしてキアラが提案すると、フェリクスも賛同してくれる。

 二人を縛るものは、なにもないのだ。

 自分たちの理想郷を、気長に探すつもりだった。

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