・1-2 第2話 「ドラゴンの花嫁:1」
なぜ、自分が[ドラゴンの花嫁]になどならなければならないのか。
どうして、生贄として捧げられなければならないのか。
当然、キアラは激しく抗議し、理由を問うた。
———この辺りに、ドラゴンが住み着いた。
その噂なら、彼女も知っていた。
一週間ほど前、原因不明の病で苦しんでいる家畜をなんとか助けて欲しいという依頼を受けて村に行った時に聞いたのだ。
その時は、さほど気にも留めなかった。
昨日から倒れ伏して激しく悶えている牛を助けることでそれどころではなかった(結局、悪いモノを食べて苦しんでいたということが分かったので、嘔吐させる薬を与えて解決した。後始末がとても大変だった)せいだ。
それに、ドラゴンなど滅多にあらわれるものではなかったから、誰かがなにかを早とちりして騒いでいるだけだろうと思っていた。少なくとも自分はまだ、その姿の影さえ見たことがなかった。
だが、キアラは村人たちによって[ドラゴンの花嫁]に、———生贄に選ばれてしまった。
「どうして、私なのですか!? 私は皆さんのために一生懸命、薬を作ってきたはずです! いったい、なぜ私を生贄に選ぶのですか!? 」
キアラは、何年も放浪してこの地にやって来た。
過酷な旅だ。
どこに行っても自分のような薬草師は迫害の対象であり、住むことのできる場所は与えられなかったからだ。
良質な薬草を採取することのできる理想的な森を見つけても、そこには先住の薬草師が住んでいたり、人々からの偏見と差別があったりして、長くとどまることはできなかった。
そうして最後にたどり着いたのが、この、辺境の地。
もう他に行くべき場所もなく、なんとしてでもこの地に住まわせてもらいたかった彼女は、懸命に自身の[居場所]を作ろうとした。
村人たちは、やはり薬草師のことを[魔女]と呼び、恐れ、忌み嫌っていた。
だが、相応に感謝してくれてもいたのだ。
キアラが作る薬は安く出回っている粗製乱造された物と比べて非常によく効いたし、村人たちに受け入れてもらうために精一杯値引いて、時には物々交換にも応じるなどしてもいたから、人々は少しずつ薬草師という存在を認め、必要とし始めていた。
そういう感触を、手ごたえを確かに感じていた。
それなのに。
村人たちは、自分たちの身を、暮らしを守るための[犠牲]として、キアラのことを選んだ。
なんとか、心変わりしてはもらえないか。
そう期待しながら、必死にうったえかける。
だが、村人たちの決定は変わらなかった。
———人々が向けてきていた、本当に、申し訳なさそうな視線。
彼らもみな、罪悪感を覚えてはいたのだ。
この辺境の地にたどり着いたキアラは一生懸命に村人たちの役に立とうとしてきたし、実際、大勢を救った。
最初は不信感を隠そうともせず、露骨に悪口を言いふらしたり、嫌がらせをしたりして来る者もいたが、ここ最近になってはそういう人もいなくなっていた。
村の一員として、自分たちにとって必要な存在として、認めつつあった。
だが結局は、キアラは[よそ者]でしかなかった。
自分の娘や、妻。
愛する家族。
そういったかけがえのない存在を生贄とするくらいなら、まだ誰とも家族になっていない、どこか知らない遠くの土地から流れて来て、村の近くの森に一人で住み着いた[よそ者]を差し出す方が、いい。
そう、[魔女]だ。
[ドラゴンの花嫁]になることをなかなか同意しないキアラに業を煮やした人々は、やがて、口々に「黙れ、魔女め! 」「怪しい術を使う奴め! 」と、非難をし始めた。
薬草師が魔法など使わないこと、使えないことを、彼らはすでに知っているはずだった。
秘伝の調合レシピを公開するということまでは行っていなかったが、キアラは時折、村の人々を自身の家に招き、どういう風に薬を作っているのかを、怪しい呪術などは用いていないのだということを証明してみせていたからだ。
それなのに、村人たちは口々に[魔女]と呼び、そしった。
よそ者だというだけで、善良な女性を犠牲に選ぶ。
その罪悪感から逃れるために、人々は彼女につきまとっていた悪評を利用し、これは正当な行いであるのだと、自分たちに自身に信じ込ませたのだ。
その時キアラは、これが、逃れようのない運命であるのだということに気がついた。
人々は、ドラゴンという存在を恐れている。
剣や槍を通さない頑強な鱗に守られた小山のように大きな体に、巨大な蝙蝠の翼。不気味に、そして獰猛に輝く蛇の瞳に、岩をも砕くと言われる強靭な
そしてなにより、人を上回るとされる高い知性と、強力な魔法の力を持っている。
この世界において、ドラゴンとは神話の世界の、空想の生物ではなく、現実であった。
ひとたび怒りを買えば辺境の小さな村など容易に全滅させてしまう、脅威。
災厄の具現化。
人間の力では到底、太刀打ちすることのできない、自然災害同然の存在だ。
しかし竜の災禍からは、逃れる方法が存在した。
それは、[花嫁]を差し出すことだ。
強大な力と同時に人間以上の叡智を持つドラゴンに対し相応の[対価]を献上することで危害をもたらすことなく穏便に、この地から去ってもらう。
それは古くから行われて来た伝統的な風習であり、かつて竜族と人間族との間で交わされた[盟約]であり、人々は自身の村に訪れた
———だから、なんとしてでも、どんなことをしてでも、薬草師を生贄にする。
キアラがなにも知らずに、日陰干しにしているアンへデク草が均等に乾燥するようにかき回してやったり、新たな薬草を探したり、食べるために木の実やキノコを採集し、パンを焼いたりし、小鳥や野ウサギと戯れたりしている間に、村人たちは密かに話し合いの場を設け、こちらの意向などおかまいなしにそう決めてしまったのだろう。
キアラは、ただの薬草師だった。
薬草のことやその加工法、調合レシピのことはよく知っているが、武器を持った大勢の村人たちの手から逃れる方法など、知りはしない。
彼女は、[ドラゴンの花嫁]となることを受け入れざるを得なかった。
村人たちが非難の声と共に向けて来た槍の切っ先に、どう抗っても無駄なのだということを思い知らされてしまったからだ。
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