:第1章 「薬草師キアラの嫁入り」

・1-1 第1話 「薬草師のキアラ」

 [薬草師]のキアラ。

 何度も、何度もそう名乗っているのに、人々は彼女のことをそう呼んではくれなかった。

 ———[魔女]のキアラ。

 誰もが彼女のことをそう呼び、恐れ、忌み嫌った。

 キアラは魔法など、使ったことがなかった。

 そもそも、そんな不思議な力を使うことなどできない。世の中には魔法学院なるモノが存在し、そこでは曲がりくねりうろやフシのある木に様々な意味ありげな宝石や装飾を散りばめた杖を持ち、黒とも紫ともつかない全身を包み込むローブに身を包んだ魔法使いたちが日々、魔法の研究に打ち込んでいるという話を聞いたことはあるが、彼女にとってそれはおとぎ話だと思えるほどに縁遠いものだった。

 キアラが幼いころから学んできたことで、人に対して誇れるものと言えば、一つだけ。

 薬草を上手に加工し、様々な効き目を発揮する薬品にして、人々の役に立てるということだけだ。

 薬草師という仕事、生き方は好きだった。

 季節に応じよそおいを変えていく森の中を散策し、役に立つ薬草を探すことはまるで宝探しをしているようで飽きることなどなかったし、その後、多くの時間と労力をかけて調合した薬が人々の怪我や病を癒し、再び元気になっていく様を見たり聞いたりする瞬間は、大きなやりがいを感じられて嬉しかった。

 それでも、人々はキアラのことを薬草師ではなく、[魔女]と呼んだ。

 魔法など一切使ったことなどなく、自然に取れる薬草に、ただ上手に手を加えていただけなのに。

 おそらくは、出来上がった薬品の効き目が、良すぎたからなのだろう。

 彼女が調合した薬は、効果てきめん。

 国中、どこを探してもこれ以上のモノはないという、最高品質のものだった。

 キアラのことを育て、薬草師としての[いろは]を教えてくれた師匠が残した調合レシピが素晴らしかったというのももちろんあるが、その教えをしっかりと学び取り、丁寧な仕事を心掛け手抜きをしなかったおかげで、それだけの力を発揮する薬を作れるのだと、そう自負しているところだ。

 しかし、人々にはそんなことはわからない。

 師匠から受け継いだ調合レシピは絶対に秘密のモノで、将来、弟子を取った時にしか教えてはならないと決まっていたし、良質な薬草を得るために人里離れた森の中で暮らしていたから、誰もどうやって薬を作っているのかを知らないのだ。

 世の中にはキアラのように昔ながらの天然素材を使い、丁寧に薬を調合している薬草師もいるが、人為的に作り出した素材を使い、機械の力も使って安く、大量に作っている業者もいる。

 世間的には、後者の方が一般的であった。

 手間のかかるやり方をしているせいでどうしてもキアラが作る薬は希少となり相応に高価なものにならざるを得ず、価格面では業者が作る薬に太刀打ちすることができなかった。そして多くの人々は、自分の手に届く薬のことしか知らない。

 あの効き目の良さは、きっと、魔法を、それも怪しい呪術の類を使っているからに違いない。

 人々はキアラのことをそう噂し、少なくない人々がそう信じきっていた。

 魔女。

 その呼び方には、侮蔑の意味合いも込められている。

 同じ素材で作られている業者の物よりもずっと高額で薬を売っていた彼女のことを、[暴利を貪っている]と考える者が多かったからだ。

 キアラに言わせれば、そんなのはすべて言いがかりに過ぎなかった。

 そもそも、彼女が作る薬が[特別に効く]という認識が誤りなのだ。

 実際は、その逆。

 業者が作る大量生産品の薬が、[特別に効かない]、粗悪品なのだ。

 同じ材料を使って作っていると言っても、その材料の品質にまず、問題がある。

 キアラが調合に使う薬草は、自然の、清浄な環境の中で何年もかけて成長し、薬効となる成分をたっぷりとその身に蓄えた一級品ばかりを選んでいる。

 それに対し、業者が使っているのは人工的に、しかも時間をかけずに栽培した薬草だ。

 これでは薬効となる成分を十分に蓄えきれていないし、それを加工する方法も、時間をかけてゆっくりと乾燥させなければならないところを火に頼って短時間で無理やり乾かしたり、それを水車の力を使って機械的に、乱暴にすり潰したりするのだから、まともな効き目を持った薬を作れるはずがない。

 同じ薬草師であれば、誰もが同じように考えただろう。

 だが薬草の調合方法についてなにも知らない人々にとっては、安くて自分でも手に入る薬がすべてであり、キアラのような昔ながらの方法で素材を吟味し丁寧に薬を調合する者は、怪しげな術を使い暴利を貪る[魔女]と決めつけられた。

 人々に対して愛想よく、できる限り親切に接し、時には赤字覚悟で薬をおまけしたりしてみたのだが、周囲の扱いは変わらなかった。

 ———あるいは、とある国の王妃が大病を患った際に特別な薬を提供し、その見返りとして、その王妃が生んだ子の一人を奪っていった薬草師がいるという、おぞましい噂のためなのか。

 自分はそんなことなど絶対にしないが、それを証明する手段もなく、人々の偏見をなくすことはできなかった。

 そのせいで、一つの場所に長く住み続けることができなかった。

 キアラは[魔女]として疎外され、元々暮らしていた森にいられなくなり、あてもなく自身の居場所を求めて放浪しなければならなかった。

 そうして行き着いたのは、辺境。

 もう他に行けるところなどなかった。

 この場所に、どうか、いさせて欲しい。

 その願いを叶えるために、必死になって頑張った。

 学んできた薬草師として知識と経験をフルに活用し、様々な薬品を調合し、大勢を救って来た。

 ———だが、それでも結局、この辺境の地でも彼女の[居場所]は得られなかった。


「貴女は、[ドラゴンの花嫁]に選ばれた」


 ある日のことだ。

 一か月もかけて日陰干しでじっくりと乾燥させた、頭痛の緩和などに強い効能を持つ[アンへデク草]の根を二日かけて丁寧にすり潰した後、四日かけて煮出して薬効のある成分を抽出しようと大鍋で火にかけてかき回していた時、唐突に武装した村人たちを従えた騎士がやって来て、彼女にそう告げたのだ。

 キアラは、[ドラゴンの花嫁]というのが何なのかを知っていた。それは、古くからこの世界に伝わる伝承の名だ。

 花嫁と言えば、聞こえはいいかもしれない。

 しかしそれは、いわゆる、[生贄]だ。

 この国の古くからの風習で、ドラゴンという、翼を持つ獣がもたらす災厄から逃れるために、その対価として差し出される[犠牲]のことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る