第11話 付与術師、竜と対峙する

 ドラゴネットはベビードラゴンが一段階成長した魔物だ。一段階成長するだけでF級の魔物が一気にC級へとランクが上がる。

 これを意味することは至って単純な理由だ。竜種としての危険性が一気に増すと言う事である。

 そんなドラゴネットとF級の冒険者が相まみえるなど本来ありえないべきことなのだが、今日はまたしても運が悪い。


 ドラゴネットは俺たちを睨み付ると、大きく咆哮する。

 そのその甲高い咆哮で耳がやられそうになる前に耳を塞いで鼓膜が破れるのを防いだ。

 ミリア、すまないが今回は君のアドバイスは通用しないみたいだ。


「ウィ、ウィリオさん! ここは私が引きつけますその間に卵を!!」


 ベリルはロングソードを引き抜き、ドラゴネットへ向けて剣を構えた。


「何を言ってる! 無茶だ!」


「でも、誰かがおとりにならないと卵が運べないです!」



 そうこう俺たちが言い争っている間にドラゴネットは大きく前足を振りかぶり、俺たちへと振り落としてきた。

 俺とベリルはそれを回避する。前足が振り落とされた場所が深く陥没しているのを見て、俺は鳥肌が立った。


 どんだけ力があるんだこの化け物は……


 勿論ドラゴネットはそれだけで攻撃をやめることは無い。今度は尻尾を動かして、ベリルへ向けて薙ぎ払いを行ってきた。

 ベリルは尻尾をロングソードで受け止めるがドラゴネットの力に耐えきれず、吹き飛ばされ樹木に叩き付けられた。


「う! うぅ……」


「ベリル!!」


 ベリルの額から血が流れ出ており、力なく座ったまま立ち上がる様子はない。このままでは不味い状態だ。

 動かなくなったベリルに向けてドラゴネットはゆっくりとにじり寄ってくる。

 このまま卵を持っていくことなど出来るわけがない。俺は剣を抜いて、大きく叫んだ。


「おい! こっちだ!!」


 俺の声にドラゴネットは振り返る。俺はショートソードをドラゴネットへと向けて構えていた。


「こっちへ来いよ」


「ウィ……ウィリオさん」


 ドラゴネットは挑発的な態度を見せた俺に怒りを覚えたのか、今度は俺に向かって勢いよく突進してくる。

 俺はそれを交わし、ドラゴネットの首へとショートソードを振り下ろした。

 しかし、ショートソードの刃は首を通らずに首の表面で受止められた。ドラゴネットの身体には堅い鱗が有り、その鱗が剣の刃を通させないようにしているのだ。俺は一度距離を取り、どうすれば良いのか考えた。

 身体は硬い鱗で覆われている、この安物の剣では身体にダメージを負わせるのも一苦労だろう。

 ならば、懐はどうだ? 身体をひっくり返すことが出来れば、その腹回りの防御力を確認する事が出来るはずだ。

 よし、そのアイデアを試してみよう!

 俺はショートソードの刃に手を触れ、魔法を唱える。


「風の精霊よ、この刃に風の力を纏わせたまえ、【風刃付与ウィンドエンチャント】!」


 俺の魔法によって、深緑のオーラがショートソードの刃へと纏わり付いた。

 剣を構え、ドラゴネットへと剣を振るう。


「風よ吹き飛ばせ! 【風刃斬ふうじんざん】!」


 振った刃から勢いよく風が生まれるとつむじ風が生まれる。

 そして、徐々にそのつむじ風は小さな竜巻へと変わりドラゴネットの身体にぶつかる。ドラゴネットは竜巻の猛烈な風圧によって、身体が飛ばされうつ伏せの状態になった。

 俺はすぐにドラゴネットの身体へと近づき、腹の上へと乗った。やはり、腹の上は硬い鱗が少なくここならダメージを負わせられそうだ。俺は剣を突き立て、ドラゴネットの腹へと

 突き刺した。


「ギャアオオオオオオオオーーーー!!!!」


 ドラゴネットは大きな断末魔を上げながら、苦しそうに悶え始めた。

 俺は剣を腹から引き抜き、何度も何度も剣を突き刺す。攻撃によって、穴の空いた樽から漏れる様に大量に血が流れる。

 そして、俺が最後の一撃が弱ったドラゴネットの首を掻き切った。ドラゴネットはそのまま絶命し、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 俺は剣を引き抜き、血を払って鞘へと収める。


「な、なんとか倒した……」


 俺はドラゴネットの体から降りて、次に向かったのはベリルの元だった。


「ベリル! 大丈夫か!?」


「あぅ……ウィリオ、さん。ドラゴネットは?」


「大丈夫だ、倒したよ」


「す、凄い……」


 そう言ってベリルは意識を失った。


「ベリル!?」


 俺はベリルの首元に手を置く。脈拍はあるのでどうやら気絶してしまったみたいだ。

 急いでベリルを安全な場所に運ばなくては。

 俺はベリルを背負って、急いでギルドの荷馬車へと向かった。



 ☆☆☆☆☆



 こうして俺はベリルと卵を運び込み急いで暗闇の大森林から離れた。

 そして、ギルドへと戻って直ぐにベリルの治療を行った。

 俺はギルドヘとベリルを運び込み、急いで医者のドリドを呼ぶ。ドリドは直ぐにやってくるとベリルの治療を行った。

 ベリルの頭に回復魔法を施してやると、頭から流れていた血が止まり、傷が癒えていく。


「ドリドさん、ベリルは大丈夫ですか」


「問題ない、傷は癒えた。大きな衝撃による脳振盪で気絶したのだろう。少し休ませておけば時期に起きるさ」


「そうですか……良かった」


「それにしても、この子は竜人だったのか」


 ドリドはベリルの頭に生えた角を見て言った。


「はい、過去にコンプレックスがあるようで隠していたそうです」


「そうだったのか。ウィリオ君、彼女が起きたら君が看病してあげるんだ。恐らく、彼女は君のことを信頼している。少なくともそのコンプレックスを見せた人間は君が先なのだから」


「わ、分かりました」


 ドリドはそう言い残し、ゆっくりと立ち上がると直ぐにギルドの奥へと戻っていってしまった。

 俺は横で眠っているベリルの側に寄り添ってやった。いつ起きるか分からないから、しばらくは様子を見てやることにする。

 ベリルの様子を見ていると突然ギルドの入り口の扉が勢いよく開かれた。


「ウィリオお帰り!! てか大丈夫だった!?」


 慌ただしくやってきたのはミリアだった。俺はミリアにE級昇格試験で起こった出来事を伝える。


「何ですって!? ドラゴネットが現れてベリルが怪我を!? そしてウィリオが倒したですって!?」


「そういうことなんだ」


 ミリアは想像よりも情報量が多かったのか、少し混乱した様子を見せていた。

 だが、直ぐに状況を把握したのか眠っているベリルの方を見る。


「でも、ここに居るって事は無事って事よね」


「ああ、そのようだよ」


「この堅そうな角、彼女竜人だったのね」


「彼女のおかげで今日のクエストは上手くいったんだ。ベリルが居なかったら試験の進行が困難になっていた筈だ」


「そうなんだ。でも、ほんとによかった。みんな無事で。ちょっと心配しちゃったんだから」


 ミリアもベリルの近くへ座り、ベリルの角を易しく撫でる。


「私も昔は獣人だってだけでいじめられた事があるの。だからこの子の気持ち、分かるな」


 ミリアにもそんな過去があったとは。この世界は人間以外の種族と共存して暮らしているのは良い事だが、地域によっては上手く共存していくどころか、生物としての尊厳すらも与えてやれない可哀そうな輩もいる。

 それは異種族だけではなく、俺のように人間間でも起こることだ。


「それにしても、ウィリオがまた凄い事をして来たようじゃない。ドラゴネットも討伐してきたなんて、驚き過ぎてもう笑ってしまうわよ」


「ベリルが危なかったんだ、やるしかなかった」


「ええ、ウィリオならそうすると思った。ギルドに来て数日で自分よりも上位階級オーバーランクの魔物を倒すだなんて。それも剣と自分の魔法だけで……これもレイドール家の力なのかしら?」


「おいおい止めてくれ」


「うひひ、そうでした」


 そうミリアと話していると唸るような声を出しながらミリアが意識を戻した。そして、ゆっくりと眼だけで周囲を見渡すと俺とミリアを見て慌てて起きだした。


「気が付いたみたいだね」


「あ、あのありがとうございました!! し、師匠!!」


 ……ん? ちょっと待って今なんて言った?


「あ、えっと……今なんて言ったんだベリル?」


「はい! 私、ウィリオさんの力に感動しました! まさか、1人でドラゴネットを倒してしまうだなんて! だから、是非、師匠と呼ばせて下さい! 私を弟子にしてください!!」


「……へ?」


 目を輝かせ、鼻息を荒くしてベリルは俺に言った。まんざら冗談ではないようだ。

 俺は頭を掻きながら、困り果てる。


「いや、俺が師匠とか、それに弟子とか取る資格何て俺には……」


 そう言っていると今度はミリアが立ち上がる。その表情は俺を睨みつけて口を膨らませていた。


「じゃあ私もベリルの弟子になる!! 良いでしょベリル!!」


 え? え? え? お前は何の脈絡でそうなるんだミリア!?


 俺は2人に挟まれたまま頭を抱える。

 どうして、俺が師匠って言われきゃならないんだ!?


 こうして、俺達のE級昇格試験は終わり、新たなる仲間も加わった。

 そして、周りの仲間たちがなぜか俺の弟子になってしまった。半ば強引にな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る