第3話 付与術師、クエストへ

「ウィリオ! こっちこっち!!」


 元気よくミリアは洞窟の奥へと進んでいく。俺達は今、都市ガミジンからそう遠くない位置にあるF級ダンジョンへと来ていた。

 ダンジョンにも冒険者と同じく階級が存在しており、F~SSS級に分かれている。今回は初級探索者たちが集うF級ダンジョンにてクエスト『ゴブリン10体の討伐』を行う予定である。

 ゴブリンはF級の魔物なので、初心者からは良く狩られている弱小モンスターだ。

 そんな弱小モンスターでさえも俺は一人で戦うことは不可能だと感じていた。それは俺が【魔力極小】だからである。


「ふーーん、ウィリオは魔力が人よりも少ないから家を追い出されちゃったんだね」


「そう言う事なんだ」


 ミリアには俺の事情を伝えた。俺のこれまでの事、魔法を2、3回唱えるだけで魔力が尽きてしまう事、隠してもいずれはばれてしまう為、今話をしておいた方が良いだろうと思ったからだ。

 ミリアは歩きながらうんうんと相槌を打ちながら話を聞いてくれた。


「ウィリオ、大変だったね。レイドール家だからって魔力が少ないだけで家を追い出されちゃって……でも、私はウィリオがレイドール家だからとか魔力が少ないからって見捨てることなんて絶対しないから。ウィリオにはウィリオの個性があって才能はどこかに必ず存在すると思うの。だから、それを当分は一緒に見つけて行こ?」


「ミ、ミリア」


「だから! シャキっとしなさいな!」


 俺の歳と同じくらいか、それ以下の娘に慰められてしまった。でも、なぜか俺の心は少しだけ軽くなった。


「ありがとうミリア」


「ほらほら! さっさとゴブリン倒して帰ろ!」


 俺達はダンジョンの中を歩いていくと、広い空間に出た。そこには大きな目をぎょろぎょろと回しながら辺りを見回す緑色の小さな鬼が5匹程居る。


「居たわ! ゴブリンの群れよ! 構えて!」


 ミリアは腰に付けたショートソードを引き抜き、俺は背中に付けた杖を構えた。

 2人の存在に気が付いたゴブリンの群れは持っていた木の棒を高く掲げ、襲い掛かってくる。


「ミリア! 来るぞ!」


「ええ! 行くわよーー!!」


 ミリアはゴブリンの群れへとかけ走る。流石はE級の冒険者だ。慣れた動きでゴブリンの攻撃を回避する。

 そして、ミリアの剣がゴブリンたち身体を切り裂いていく。剣さばきは流石剣士と言ったところだ。

 気が付くと、俺はただミリアの戦いを後ろから見ているだけだった。

 数分が経って、ミリアの周りにはゴブリン5体分の死体がゴロゴロと転がっている。


「ふぅーー! 良い準備運動になったわ! イェイ!」


 ミリアはモフモフ尻尾を振りながら俺へ満面の笑みのVサインを見せた。


「お、お疲れ様です」


 正直、ここまでミリアが強いとは思わなかった。だが、おかげで魔法を使わずに済んだ。


「さて、ゴブリンから色々はぎ取らなきゃ。ウィリオはゴブリンの舌を切って頂戴」


「ああ、分かった」


 魔物は討伐して終わりではない。魔物を討伐した証として魔物から得られる素材をはぎ取り、それを帰還したギルドに納品する。

 小物の魔物はこれで構わないが、個体が大きい魔物になると専門の冒険者やギルドの立ち合いが必要な場合もある。


 俺はミリアに言われた通り、ゴブリンの舌を5体分剥ぎ取った。ミリアはゴブリンから取れる素材を器用にはぎ取った。


 ある程度の剥ぎ取りが終わり、俺達はまたダンジョンの奥へと向かう。

 ダンジョンの奥へと向かうとさっきの場所と似たような場所に出ると、同じくゴブリンが数体ほどいた。全員を倒しきれば今回のクエストは完了できるだろう。


「こいつらを倒せば終わりみたいね、さ! ちゃっちゃと終わらせちゃお!」


「う、うん!」


 ミリアは勢いよく部屋の中へと飛び出していき、ぼさっとしていた1匹のゴブリンに不意打ちを仕掛ける。

 突然部屋に入って来たミリアを見てゴブリンたちは驚きの顔をしていた。

 ミリアはそんな呆気に取られたゴブリンたちの隙を逃さず、ゴブリンたちに剣を振るう。

 ゴブリンたちは武器を持って襲い掛かってくる前にミリアの剣の餌食となった。


「ふぅ、流石はF級の魔物だね、良い運動になったわ」


 剣の刃に着いた血を拭い、ミリアはゆっくりと剣を鞘へと納めた。

 F級のゴブリンだからと言ってここまで圧倒的に勝利することはあるだろうか。そんな疑問も残しつつ、俺はまたしても何もできなかった。

 俺はミリアに近寄り頭を下げる。


「すまないミリア。俺、何もできなくて」


「そんなの大丈夫だよ! こいつら雑魚だったし、私の力が強かったのかな? あはは!」


 ミリアはああ言っているけど、何もできていないのは確かだ。そんな悔しさを持ちながら、俺はバッグから剥ぎ取り用ナイフを取り出してゴブリンの舌を切り始めた。

 これでクエストが終わってしまう。せめて、どこかで人の力になりたい。そんな思いが、俺には強く残っていた。


 そんな思いは悪い方向で実現することとなる。


「グルルゥ……」


 それは俺たちが剥ぎ取りをしている時だった。ダンジョンの奥から複数体の足音が聞こえた。

 俺達が振り向くとそこには今までのゴブリンよりも一回り、いや二回りも大きいゴブリンがいた。

 筋肉質のその身体にショートソードを持っている魔物が2体、そしてそいつらよりも身体が大きく、巨大な鉈を持った鬼のような形相の魔物が1体立っていた。


「ご、ゴブリンウォーリアーとゴブリンキング!? どうしてD級とC級クラスの魔物がここに居るのよ!?」


 素材をはぎ取っていた途中のミリアが慌てて立ち上がる。

 D級とC級? ここはF級のダンジョンだったんじゃないのか? 


「ミリア! これは一体!?」


「分からないわ……でも、ここは逃げなきゃ!」


「でも剥ぎ取りがまだ!」


「そんなの良いの!! それより、早くギルドに報告へ!」


 俺達が逃げようとした時だった。

 ゴブリンウォーリアーの1体が腰から1本のナイフを取り出し、俺達へと投げつける。そのナイフが俺へと向かってきた。


 あ……まずい……


 そう思った時だった。


「危ない!!」


 突然、ミリアが横から俺にぶつかって来た。俺はその場から吹き飛ぶ。


「ミリア!?」


 俺はすぐに起きてミリアの様子を確認する。何と、ミリアの足にナイフが刺さってしまっていた。


「ミリア大丈夫か!? あ、足が!?」


「だ、大丈夫よ……これくらい」


 ミリアはそう言って立ち上がろうとするが、力が入らず立ち上がることが出来ずにいた。


「ウィリオ……逃げて、貴方だけでも!」


「そ、そんなこと……」


 俺は慌ててしまっていた。このままではミリアは逃げられない。だからと言って俺がミリアを運んだとしてもゴブリンから逃げられるかもわからない。

 そう考えている間ににじり寄って来るゴブリンウォーリアーとゴブリンキング達。

 俺は後悔していた。もしかしたら、俺が『人の力になりたい』と思ったせいでこんな事に……

 ならば、責任を取るのは? 取らなければならないのは誰だ?


 勿論、俺だろ。


 俺は杖を持ってミリアの前に立ちはだかった。


「ウィリオ? 一体何を?」


「俺が君を守る!! 絶対に置いていくことなんてしない!! 俺も誰かの力になりたいんだ!!」


 俺は怖かった。今にも逃げ出したかった。けれど、ここで逃げたら本当の無能だ。

 家族からも絶縁されて、魔力も少なくて、戦いも参加しない足手まといで……それで終われるか!!


「これを使って!!」


 ミリアの声を聞いて後ろを振り向くとミリアは腰に付けたショートソードを俺へと投げた。俺は飛んできたショートソードを掴む。


「これは?」


「お守り! それでもだめなら本当に逃げて!!」


「……ありがとう」


 俺は、ゆっくりと鞘から剣を抜く。


 その時だったんだ。俺の身体が突然熱くなりだしたのは。




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