第13話

 窓に張り付いた雨粒が流れ落ちる。アイス・メラージは上の空でそれを見ていた。手元には『メラージ家恋愛指南書』と題された本が開かれている。

 海賊を撃退したあとデートは中止となり、一旦別れたのだ。


「心配だわ……。」


 彼女はユータとの別れ際のその表情、声色から今にも儚く消えるような弱さを感じた。これと似たような状況に対処する方法も本には書いてあったが彼女の直感は違うと告げていた。


「スキルの強さの割に全然、傲慢ではないのよね。普通あれだけの力があったら世界征服してるわよ。優しいというか内気というか普通考えない事まで配慮してるのよね。」


 時代が変われば当然正義も倫理もルールも変わる。この異世界にユータと本質的に分かりあえる者はいなかった。彼にとって命は重く、ましてや命のやり取りなど経験したことも無かった。


「あぁもうっ!全然分からないわ。」


「とにかく会ってみましょう。」


 アイスは部屋を飛び出る。彼女の性格はアイスという名前とは正反対で行動的だ。彼女は指南書を放って彼のところに向かう。彼女が外へ出てから雨の勢いは収まり、霧雨に近くなっていた。



 雨降る港湾都市に噂が流れる。連日、新聞に載るのは灰の船と海賊の事ばかりだ。俺はただ空を見て数日前の事を思い出す。


「迎撃せよか……。」


 あの言葉の後、多くの人間が死んだ。今となって冷静に考えると、Mk.45 5インチ砲で海賊船のマストのみを狙うとか手加減も出来た気もする。そういった後悔があって、あの日からどうも眠れない。特に食事は美味しいと感じられていない。(これはミーラが心配して作ってくれた手料理の可能性もあるがここでは置いておく。)


海戦の起こったあの日ミーラは凄く心配してくれた。


「大丈夫でしたか?怪我はしてないですか?」


「いや……。」


 ミーラは俺の声から何かを感じ取ったのかそれ以上は何も言わなかった。そして何故か手料理を作ってくれた。優しさと悪気の無さは感じられた。俺が料理を練習しようかな……。この暖かさと悪夢が俺をさいなむ。誰でも頭では分かっている。心が追いついて来れないだけだ。


 ノックの音がした。ここは宿の一室だ。窓から見える雨は煙雨となっている。俺はドアノブを回してドアを開ける。ミーラだろうか?目の前に立っているのは予想とは違う人物だった。


「アイス……?どうしたの?」


「ちょっと心配になったの、調子はどう?」


 心配……?アイスもか。彼女を取り敢えず部屋へ招き入れる。雨が降っていたからか少し濡れているようだ。俺は部屋に備え付けてあったタオルを渡して疑問に答える。


「大丈夫だよ。特に問題は無い。」


「本当?目の所に隈が出来てるわよ。」


 彼女は俺との距離を詰めてくる。パーソナルスペースと言う概念は彼女には無いのだろうか?


「本当に大丈夫。」


 アイスも少しミーラと似たような表情をした。そこまで顔に出ているだろうか?心配かけるわけにはいかない。


「そういえばさ、軍艦を買いたいって言ってたよね。……全然、対応出来てなくてごめん。またいつか埋め合わせするから。」


「気にしないでいいわ。あれはあなたと会うための嘘だから。」


「えっ?」


「……何でもないわ。」


 失言だったのか彼女は俺から目をそらす。ミーラに続いて、もしかして今回も商売は失敗していたのだろうか?……自分の武器商人という夢が不安になる。


「埋め合わせね……なら私の買い物に付き合ってくれないかしら?」


「荷物持ち?」


 彼女は何を当たり前の事を聞いていると言う顔だ。男女は真に平等であるべきでは無いかと問いかけたい。まぁ反応が怖いから言わないが。


「良いわね、ほら行くわよ!」


 彼女は俺の背中を後ろから押す。そして部屋を出て外へ行く。まだ雨は降っていたが傘が必要な程ではない。

 最近はずっと宿にいたから外に出るのは久々だ。通りを彼女と並んで歩く。やはり彼女のオレンジの髪は性格を表していると言える事が起こった。


「ここでクイズよ。この街の建物がここまでカラフルなのは何故でしょう?」


 彼女は突然クイズを出してきた。俺を元気付けようとしているのだろうか?露骨な話題の変更に少し驚いたが付き合うことにした。

 辺りを見回すと確かにこの街の家は一軒、一軒異なる色をしている。オレンジとか黄色とか水色とか明るい色が多い。初めてこの街に船で来たときも遠くからわかるほどカラフルだった。


「ここは港町だから、染料が多く外国から来るとかかな。」


「残念でした、正解はね、この街で染料が取れるからよ。……」


 彼女はこの街の歴史を話す。貴族だけあってこういう事はミーラよりも詳しい。この港湾都市はかつて帝都であった。そしてメラージ家は古代にあった帝国の皇帝の血を引いているらしい。

 まぁ歴史は都合よく改ざん出来る。どこまで本当かも分からない。俺が話半分に聞いていると思っていたよりも時間が経っていた。


 店で小物を見る。彼女らしく無く優柔不断に悩んでいた。


「これとこれどっちが良いかしら?」


「こっちは?どう。」


 彼女は二つの髪飾りを手に持ち俺に聞いてくる。貴族なら二つ買える気もするが俺は適当に左を選ぶ。どっちも似たような物だ。


「えぇと、やっぱりこっちにするわ。」


 彼女は困惑した顔で右の商品を選ぶ……何故聞いた?それにしても買うのは小物ばかりで荷物持ちはしないで済みそうだ。


「私だけ買うのもあれだから、何かユータはある?」


 こちらを向いて彼女は聞く。俺は首を振ろうとして横を向くとある一つの商品が目に止まった。


「あれだけ見させてくれないか?」


「もしかしてあれの事……?」


 アイスはそう言いつつも俺の買い物に付き合ってくれた。俺が気になったのは、模型だ。それは随分と高い値段で金貨一枚もしていた。


「良くできてるわね。乗った私から見ても忠実に再現されてるわ。」


「お嬢さん、目が高いですね。私はこの灰の船を寝る間も惜しんで作ったんですよ。話題沸騰中だから良い看板になってます。どうです?お隣の彼氏さんにプレゼントしては?」


 俺はそんな関係ではなくて荷物持ちである事を告げる。店主は俺とアイスを見比べてから納得が言ったようになるほどと呟いた。俺は金貨を出してこれを買うむねを伝えた。


「えっ、ありがとうございます。ちょっと待って下さい包装しますから。」


 模型は片手で持てるほどの大きさだ。甲板、艦橋、上に乗る戦闘機どれをとっても精密に作られている。俺が空母のプラモデルに魅了さてれいるとふと視線を感じた。自分よりもずっと小さな子供がこちらを見ている。

 なんとなく俺は彼にこのおもちゃをあげることした。

 


「あげるよ。」


「えっ!?いいの?」


「うん。その代わり一つ質問に答えて欲しい。これは味方?それとも敵?」


 少年は少し悩んでから俺に答える。


「味方だよ。海賊をやっつけてくれたんだから。」


「そっか……。ありがとう。」


 俺は立って、その場を離れる。少し嬉しかった。


「あなた……もしかして別の国の王族?生活力がなさすぎるわ。」


「俺は商人だよ。それ以外の答えは無い。」


 アイスは顔に手を当てて、呆れている。生活力か……。思い当たる節が沢山あるから何も言い返せない。少なくとも料理は出来ないな。この後、とりとめのない話をして彼女と別れた。そして宿に帰るとミーラは嬉しそうな顔をしていた。多分俺もまたそうなのだろう。



 雨がやんだ頃、1羽の鳥が領主の館に降りた。その鳥にくくりつけられた王国印が目立つ手紙を彼は見ていた。不思議と手紙は濡れていない。


「領主様、何が書いてあるのでしょうか?」


「灰の船の持ち主の王都への召喚状だ。」


領主は肩をすくめて、こう続ける。


「あれ程のカードを手放す訳があるまい。他の貴族ならまだしも、我々は形式的にはまだ皇族なのだ。」


「ではいよいよ王国へやいばを向けますか?」


「それはまだ早い。少なくとも反乱軍がもう一つ程、決定的勝利をしてくれなければ我々になびく者も現れない。」


「あれ程の力だ……次の時代は彼が作るのだろうな。」


 あまりにも異端すぎる死の商人がここまで捕まっていないのはこうしたメラージ家の思惑があるからだ。


「それより、アイスに進捗を尋ねに行ってくれ。彼を落とせねば確実性が無い。」


「よろしいのですか?アイスにメラージ家再興という目的を伝えないで。」


「構わん。あくまでも彼を落とす事が最優先事項だからだ。」


「アイスにメラージ家の存亡がかかる日が来るとはな……。未来は読めない。」


 裏で多くの人間が動いている事を彼はまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る