第12話
今日は晴天なれど波高し。窓から見える景色は雲ひとつ無い快晴であった。フロント王国一の港町は活気づいている。昨日の露店も繁盛している事だろう。
「で、ユータ様。笑い話ではありませんよ。」
目の前の少女、ミーラは俺の笑い話を理解出来ないらしい。金貨と銅貨を間違えながらもリボンを買った一件は店主には受けたがミーラはまた心配している。
「……その店主さんが親切な方で良かったです。悪い人ならそのまま騙されてましたよ。」
あえて俺は黙っておく。反省した振りという物は時には必要だ。まだこの世界に慣れていないだけで、時間が直にこの問題を解決するだろう。俺はどこか楽観視していた。ただ彼女の真剣な眼差しを見つめ返していると何故か笑ってしまった。
「あっ今、笑ってましたね。私は真剣に話してるんです。」
「……ごめん。」
「笑って誤魔化してもだめです。そのままだと本当に騙されちゃいます。」
ミーラは随分と俺を心配しているようだ。俺を騙したとしても得られる金額はそう大きくはない。狙われる確率は低いだろう。そんなことを考えていると、街の時計塔から九回の音が聞こえる。約束の時間だ。
「大丈夫だよ。騙されないよ。」
「だと良いんですけど……。」
アイスとの約束があるからミーラとはここで一旦別れる。アイスは何故か俺と二人で会いたいと言っていた。
◆
通りでは剣や杖を持った冒険者らしき人をたまに見かける。命を賭して戦う冒険者という職業は臆病者の俺には難しい。死にたくないから武器商人となったのだ。
アイス・メラージとの待ち合わせ場所に着いた。待ち合わせ場所の港にはところ狭しと積み荷の並んでいる。多くの船が帆船がで港に投錨していた。
「ユータさん、こっちよ。」
今回の客は彼女だ。彼女は一人で来たようで周りにお付きの人は見えない。貴族なのに良いのだろうか?晴天の下に彼女の白を基調とした服が映える。
「ごめん、待った?」
「いえ、今来たところよ。」
彼女はそう言う。俺は集合の十分前に来たのだが考えている事は同じだった。アイスのオレンジの髪は名前とは正反対の性格を端的に表現している。少なくとも彼女は静かなタイプでは無い。
「さぁ、早く行きましょう。」
「ありがとう。」
彼女は小さなボートに乗るよう促す。俺は動力源に不安を覚えながらも小舟に乗った。アイスの左手には重力魔法の文字が七色に光る。
「アイスのスキルは具体的にはどんな力なの?」
「私のスキル……?『全ての方向を下と定義出来るスキル』が詳細な説明ね。ユータは?」
下と定義出来るか……。横を下と定義すればこのボートは進み始めるだろう。横に落ちるそういう感覚だ。
「俺のスキルは武器召喚と武器使役。両方名前のままで、『武器を召喚するスキル』と『武器を使役するスキル』としか書かれて無いんだ。」
「二つ持ちとは珍しいわね。さぁ、私に掴まって出発するわよ。」
彼女に言われた通り掴まる。一度移動した方法だがそれでも慣れない。ジェットコースターよりは直線的で楽な移動だがずっとフリーフォールをしている気分だ。
「えっと……何処に向かえば良いの?」
アイスはこちらに聞いてくる。出発すると自信のある声で言っていたからてっきり彼女は行き先を分かっていると思っていた。俺は目的地を答える。
「あの一番大きい平らな船に行って欲しい。」
風を切り、進む。このボートの動力は重力で港の船の多くは帆船だった。地球の内燃機関はここでは他に無い。魔法と科学、果たしてどちらが上だろうか?俺が見た魔法はまだ重力魔法だけだが、それだけを見ても魔法は脅威だ。
「分かったわ。しっかり掴まって、加速度を上げるわよ。」
アイスの手はどこか心強く感じた。やはり人生経験の違いだろうか?彼女は俺よりも歳上に見える。
数分後空母に着いた。F/A-18(艦上戦闘機)が甲板に並ぶ。アイスは初めて会った時と変わらず興味深くそれを見ていた。海から反射される光と直接照りつける光、その両方が俺とアイスの温度を上げる。
「アイス、そろそろ聞くんだけど、どんな船が欲しいの?」
「とにかく頑丈で小さくて速い船って叔父様から聞いたわ。」
難しい注文が来た。現代の軍艦は端的に言うとやられる前にやれがモットーだ。対艦ミサイルは当たる前に撃ち落とすのが当たり前で、少なくとも第二次世界大戦の時よりも耐久性は落ちている。
「少し待ってて考えるから……。」
「待って、ユータ。あっちから船が来てるわ。」
これといった物が思いつかない。キラキラ光る海を眺めながら考えていると、第一艦隊の東に何やら不吉なマークを掲げた船団が見えた。
「海賊!?」
「そうみたいね。早く軍に連絡を。」
アイスは重力魔法を使って街へ向かおうとする。
「待って、外にいたら危険だ。」
帆にはドクロマークが描かれている。俺は急いでアイスを連れて戦闘指揮所に向かう。息が上がったが何とか戦闘指揮所に来た。俺は急いでアトランを呼び出す。
「アトラン、海賊の詳細な戦力は分かるか?」
『敵艦の数は三隻。こちらに何かを呼びかけています。つなげますか?』
黒地に白い文字は更に不穏な事を俺に伝える。
「取り敢えず繋いでみてくれ。」
画面中央に三隻の船が映る。こちらよりは遥かに小さい帆船だ。マストにロープはあるが大砲は見当たらない。海賊も魔法を使うのだろうか。
「早く攻撃しなさい。その方が身の為よ。」
隣のアイスは攻撃するように急かす。俺もそうしたいが本当に海賊なのか確認すべきだろう。
「見えるか?あれが灰の船だ。あれを拿捕すれば金には困らないぞ。野郎どもやっちまえ。」
「ヒャッハー!」
間違いなく無法者だな。うん。
『敵艦は既に射程内です。命令をどうぞ。』
俺のスキルでは手加減が難しい。ひとたびこの力を振るえば相手は死ぬだろう。人を殺すという事実が俺に口を重く塞ぐ。そして俺の迷いが攻撃となって帰ってくる。ファイアーボールという表現が良く似合っている。火の玉はゆっくりと放物線に沿ってこの船に近づいてくる。とっさに俺はアトランに告げる。
「迎撃しろ!」
艦対空ミサイルやファランクスが火の玉を消し飛ばす。一瞬の迷いで死ぬところだった。
そしてVLSのドアが静かに開き、内部のランチャーに収められたミサイルが上昇する。煙と炎が吹き上がり、ミサイルは急速に高度を上げ、やがて敵艦を粉砕した。
他にも、原子力潜水艦から放たれたであろう魚雷の白い雷跡があった。
海賊船は跡形も無くなった。
「ユータさん、顔色が悪そうだけど大丈夫かしら?」
この手で人を殺すのは、武器を売って間接的に人を殺すことよりも全く重みが違った。
「……大丈夫ではないかも。」
「……。別に貴方は悪くないわよ。罪悪感何て気にするだけ無駄よ。」
もちろん、この時代がそういう倫理観であることは分かってはいるが割り切れない。俺はこういった荒事には向いていないのだろう。
「ありがとう。」
スキルの反動だろうか、糸が切れたかのように俺は目の前の彼女に倒れる。そして彼女は俺を優しく受け止めた。
「……あなたを心配していたミーラさんの気持ちが分かったわ。」
俺が最後に聞いたのはそう言い残すアイスの声だった。
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