第11話
ここはフロント王国一の港町。かつて王国が帝国であった頃の帝都である。千年帝都。昔はそう呼ばれた。この港湾都市は一度も陥落してない。
「あの……それで私に何の用でしょうか?アイス様。」
彼女達はカウンター席に座り話し始める。隣にユータがいないからかミーラの声に覇気がない。
「ねぇ、ミーラさんはユータさんの事をどう思ってるのかしら?」
「ふぇ……えっと私が見てないと悪い人に騙されそうで心配です。」
ミーラの勘は正しい。しかし目の前の人物こそ最も警戒すべきとは思わなかった。
アイスは神妙な顔でミーラの発言を聞く。彼女は動揺を表に出さなかった。
「そ、そうね。私も心配。他には?」
「他ですか……。一緒にいて飽きないです。」
この辺りでアイスはミーラが友達以上恋人未満の関係であることを確信した。アイスは作戦を実行に移す。
「単刀直入に聞くわ。貴方はユータさんの事は好きなの?」
アイスの最優先目標は何よりもユータの信頼を得ることだ。そのためにも彼女は外堀から埋めていくことにした。
「…………。」
雲の上の人に話しかけられたと思ったら次は全くの予想外の質問、だからミーラはオーバーヒートしていた。明るい店内でも容易に分かるほど彼女の顔は赤く、今にも熱で倒れそうに見える。しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと語り始めた。
「好きか、嫌いかという二択なら間違いなく好きです。でもこの好きが恋愛的な物であるかと尋ねられたら答えられないです。」
ミーラは何故こんな事を聞くのか?という疑問を持ちながら一息置いてまた語り始めた。
「私は彼に感謝も、羨望も、呆れも、心配もしました。正直、色々な感情がありすぎてまだ分からないです。でも彼の事が好きなのは間違いないです。所で貴族様、何故そんな事を聞くんですか?」
アイスは意味有りげに微笑み、理由を話し始めた。
「私がユータさんの事を好きだからよ。」
もちろん嘘である。アイスが騙すのは周りだけではない自分すらも騙さなければならない。それがメラージ家に生まれた者の宿命だ。
「そ、それは友達としてですか?それとも恋愛的な意味ですか?」
一抹の望みをかけてミーラは聞く。既に日は傾き始め、窓から時計塔の影が長く伸びている。その影は手にも見えた。
「恋よ。それ以外に何があるというの?」
ミーラはこの時絶望の淵にいた。ミーラにとって身分の差とは絶対的な物だ。この国には奴隷、平民、貴族、王族という四つの身分が存在している。彼女はこの内の平民に属している。この国では貴族と平民は至極簡単に結ばれる。平民と平民も同様だ。
しかしミーラは特殊だ。確かにミーラはまだ平民だ。だが今やミーラは二百二十丁の銃器の担保となっている。革命軍が金を払えねば待っているのは奴隷落ちだ。 そして奴隷と平民の結婚の前列は少ない。しかしまだ可能性としてはあり得る。
「そうですか……やはり私は彼にふさわしく無いのでしょう。」
ミーラは優しい、しかしそれだけだ。ミーラのスキルはさして特別ではない。対して彼はどうだ?ミーラは彼と過ごす内に彼のスキルの強さに気づいた。自分とは全く違うベクトルの人生とやがて離れゆく身分に彼女は壁を感じた。
「どうしてそんな話になるのよ。」
「でも……。」
「そんな事は無いわよ、ミーラさん。それに良い案があるわ。」
ミーラは何が言いたいか気づく。貴族だけは重婚が可能だ。つまりアイスの恋を手伝って彼を貴族にすれば、ミーラもアイスも彼と結婚する事が出来る。恐らくアイスはミーラの恋と自分の恋どちらも叶えようとしている。ミーラはそう感じた……。
「私が彼と結婚すれば、彼も貴族になれる。そうすればあなたも結婚出来るわよ。」
しかし一つ問題が残る。アイスはミーラを平民と思っているが事実は違う。ミーラは限りなく奴隷に近い平民なのだ。そして奴隷と貴族の結婚の前例は駆け落ち以外無い。
つまりこの提案を受ければ結婚や恋愛関係などを諦めなければならなかった。彼女は『この人は貴族なのに、私も幸せになる方法も考えてくれている。』と考えその上でこう結論づけた。『……私が本当にユータ様が好きかは分からないし……彼のことを思うなら、身分が高くて、他人のことを気づかえる彼女の方が良いのかもしれないですね……。』
「なる程。是非とも協力させてもらいます。アイス様。」
「感謝するわ。こちらこそお願いね、ミーラさん。」
アイスは呼称が変わったことに驚いたがすぐに笑顔で手を差し出しミーラと握手をした。時計塔の影は二人と重なる。
V-22オスプレイで街へ戻ってきた。コショウで払った入港料のお釣りは多く金貨や銀貨ばかりだった。俺が地球から持ってきた財布には二種類の通貨が入っている。大通りの建物も千差万別な色をしていてとてもカラフルだ。
俺はミーラに似合いそうなリボンを見つけて露店で立ち止まる。薄い水色のリボンをミーラがつけた様子を想像して買うことに決めた。
「すいません、このリボンはいくら?」
「銅貨三枚だよ。買う?」
俺は銅貨っぽいコインを三枚店主に渡す。露店には他にも魅力的な商品があった。時計塔から鐘の音が聞こえる。合計で十八回の音だ。
「あんた、これは金貨だよ。銅貨はないのか?」
「えっとこれか?」
「そうそれだ。俺じゃなきゃ騙されるよ貴族さん。」
「いや、俺は貴族じゃなくて商人だよ。」
店主は腹を抱えて笑い始めた。通りの喧騒にも負けない大きな声で笑っている。それはさっき響いた鐘の音よりも大きく感じた。
「いやー、久々に面白い冗談を聞いた。商人を名乗るなら金貨と銅貨の区別ぐらい出来てくれ。」
まだ笑いながら店主はリボンを渡してくる。俺がミーラに心配される訳だ。でもこうした人との関わりは金では買えない物だ。俺にとって一番大事なもの。俺の周りには不幸になって欲しくない。
宿に着くとミーラとアイスは何やら握手をしていた。女の友情という物だろうか。俺がミーラの隣に座ると彼女はようやく気づいたようだ。
「お帰りなさい、ユータ様。何処に行ってたんですか?」
「野暮用だよ。それよりどう?このリボンちょっと付けて見てよ。」
俺はミーラにリボンを渡す。水色のそれはミーラの白い髪に良く似合っている。ミーラは少し戸惑った表情だ。よく見ると彼女の目が潤んでいるような気もする。
「似合ってますか?」
「うん。良く似合ってるよ。」
二つ隣のアイスはリボンを興味深げに見ている。それに気づいたのかミーラがこんな事を俺に聞く。
「所でアイスさんの分はありますか?」
「……ごめん。欲しいなら渡すよ。」
「なら今度、一緒に選びに行きましょう。ユータさん。」
何か引っかかるが、彼女と約束した軍艦を見せる事を果たすのが先だろう。どの時代の物が一番使い易いか分からないから独断で用意して選んで貰おう。
「良いよ。軍艦を見せた後でね。」
「ええ、明日にでも伺うわ。」
アイスは嬉しそうにそう言うと宿を後にした。隣国の海賊はどれ程の武装だろうか。それによってどの艦船を渡すべきか決まる。戦艦か駆逐艦かはたまた……。俺は目の前のミーラを撫でながら次の商売について考えていた。街の中心にそびえ立つ時計塔は鐘を鳴らす。夜が来た。月が昇り日は沈む。通りの街灯がついて家の窓という窓が明るくなっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます