第10話

 ここはいい街だ。治安も良いが何より料理が美味しい。俺はコーヒーを飲みつつ宿のカフェスペースに置いてある新聞をミーラの解説を聞きつつ読んでいた。店内のBGMは他の客の喧騒だけだ。


「一面は私達の事ですね。灰の船と書いてあります。」


「海賊船では無いことに安堵する市民の声って……海賊がいるの?」


「隣国の略奪許可証が海賊にあるから厄介です。たまたまユータ様の船には来なかったですけど。」


 略奪許可証って隣国は何を考えているんだ?そんな事をしても海賊を助長するだけだろうに。コーヒーを飲んで心を落ち着ける。

 ミーラはコーヒーでは無く普通のジュースだ。俺も格好つけないでジュースにすれば良かったな……苦い。ミーラは俺を見て心配そうな顔をする。メニューの砂糖の所に指を指して俺に無言で聞いてくるが。俺はただの意地でそれを断った。 次の記事を読む。


「反乱軍勢力拡大。国は複数の村を放棄しリーダーのリベレに懸賞金をかける。え、リベレに懸賞金!?」


「し、静かにしてよく読んで下さいユータ様。」


「背後に武器商人の噂あり。謎の新型小銃はどこから?」


 ……これ俺だよな。バレたら国王から懸賞金かけられそうだけどいざとなったら逃げれば良い。まだ陰謀論みたいな扱いで良かった。真実だと確信されないようにしないとならない。


「ミーラ、あの事は秘密にしておこう。」


「言われなくてもそうしますよ。私はユータ様の方が心配です。うっかり言ってしまいそうです。」


 うっ……ありそうで怖い。所で村長とリベレ元気かな?すぐにでも弾薬を送りに行こう。

 その後ミーラと他愛もない話をして時間を潰しているとアイスが来た。こちらの席に歩いてくる。一体何だろうか?


「アイスさん、おはようございます。」


「おはようミーラさん、隣に座っても大丈夫かしら?」


「はい、良いですよ。」


 ミーラは特に警戒もしていないようで相席を許した。席はカウンター席で俺とミーラがいてその隣にアイスは座った。


「奇遇ですね。アイスさん。」


「そうね。実は用が合ってあなた達を探していたの。」


 ああ空が綺麗だ。何より料理が美味しい素材の味が生かされている。俺はここの店主に弟子入りしようかな。

 目の前の現実から目を背けて窓の外の時計塔と空を見ているとアイスから声がかかった。アイスのオレンジの髪に時計塔の影が重なる。


「あなたは武器商人よね?」


「まぁそうだよ。」


「なら私達に軍艦を売るつもりはある?」


 アイスは真剣な表情で聞いてくる。え……?何だアイスの目的はそんな事だったのか。昨日の違和感の正体はそれか。後は目的を聞いて理由が正しかったら売ろう。


「何に使うの?」


「海賊と魔物の退治よ。他意は無いわ。どうかしら?」


 理由としては申し分ない。ただお金の価値が全然分からない。相場はいくらくらいなのだろうか?

 でもそもそも別に儲けたい訳ではないし、生きていくための程々の金と何より人との繫がりが欲しかったから別に良いか。


「いいよ、金貨五十枚くらい有れば充分だ。」


「ちょっストップです。ユータ様。」


 ちょっと……ミーラが俺の手を引き店の少し前に出る。ミーラの力は俺以上だった。会計してないし不味いんじゃないか……。ミーラは俺を見てため息をついている。


「ユータ様、買い物をした事はありますか?」


「……こっちの世界ではあの入港料が初めてだけど。」


「では、金貨五十枚の価値を知ってますか?」


「う〜ん。宿屋に五百泊ぐらい出来るんじゃない?」


 不味い。ミーラの目が質問に答えていく程こいつ駄目な奴だみたいな目をしていく。本気で心配されてる……。


「良いですかユータ様。余程小さくない限り船の値段は金貨百枚はします。ましてや軍艦は私達平民が想像もつかない額です。」


「はい……。」


「商人を名乗るならもう少しまともな金銭感覚を身に着けてください。私も精一杯手伝いますから。」


「分かりました……。」


 叱られた。あそこまで心配した表情で言われると俺はお金とかどうでも良いんだって言い出せる雰囲気では無かった。

 とりあえず店に戻る。意外にも店は注意してこなかった。ルーズ過ぎる。アイスは中々面白そうなタイトルの本を読んで待っていた。『メラージ家恋愛指南書』……俺に構ってないでさっさと意中の人の所へ向かうべきだ。アイスの為にもさっさと軍艦の商談を終わらせよう。


「作戦会議は終わったの?どっちが主人なのか分からないわね」


 アイスは手を口に当てて苦笑する。俺もそう思うよ。あの島ではミーラが俺に頼ってたけど、ここでは真逆だ。アイスはカップを回してコーヒーをかき混ぜながら俺の言葉を待った。


「ごめん、さっきの発言は無かった事にしてくれ。金貨五百枚で売るよ。」


「別に良いわよ。あなたとは長い付き合いにしたいから……ただ今度は二人で話しましょうね。」


 さては二人ならまた俺がミスすると思ってるな……。残念俺は同じ轍は踏まない。アイスの意味ありげな目配せが気になるがとりあえず返事をする。


「良いよ。暇なときにいつでも来て欲しい。」


「ええ、そうさせてもらうわ。所でミーラさんこの後、少し時間はあるかしら?」


「は、はいあります。」


 ミーラは少し緊張気味だ。俺は身分が上って言われても余りピンと来ない。だけどミーラにとっては大問題なのだろう。少し可愛そうだがアイスの事はミーラに任せよう。


「ミーラ迎えに来るから待っててね。ちょっと出掛けてくる。」


「そ、そんな……。」


 何を話すかは気になるが関わってはいけないと直感が言っている。アイスの目的が判明した今、関わっても大丈夫な筈なんだが変だな。

 ミーラの表情や耳が心細い事を俺に伝える。ごめん、ミーラ。少しやる事があるんだ。後で沢山謝るから。


 さて武器を売りに行きますか。リベレは元気かな?俺は街の郊外に出てオスプレイを召喚する。そして反乱軍いや革命軍の本拠地を目指す。どうやら前とは別の場所に移動しているようだ。


「これが革命軍か……。あの死ぬ気だった人達とは思えないな。」


 ドアを開けて地上に降りる。オスプレイの中には飛んでいる途中に召喚した黒光りする銃器と弾薬が大量に有る。


「ユータ久しぶりだな。何しにきたんだ?」


「商売だよリベレ。」


「前の敬語はやめたのか?そっちの方が似合ってるぜ。」


「ありがとう。」


 お互いに軽口を言い合う。意識してなかったが敬語が使えなくなってきてるな。異世界にもだいぶ慣れてきた。

 オスプレイの降り立った地は川沿いで森林と草原の境目の場所だ。彼は俺を天幕に案内した。天幕には王国二十四番隊と書いてあるから戦利品だろう。


「真面目に話すと金が無いから武器は買えない悪いな。」


「勝ったんだろう?捕虜は?身代金が取れるはずだ。」


「交渉にならない。村人に負けた貴族はいらないだとよ。まぁ王国と仲の悪い貴族なのかもな。」


 困ったな。金が有ればそれですぐに武器を売れたんだが。天幕の中のテーブルには地図と駒が置いてあり作戦が練られているようだった。ここは騙し返してやろう。前回のお返しだ。


「そうか……。所で話は変わるが俺は最近ミーラに金貨十万枚ぐらいの価値があると思ってるんだがどう思う?」


 リベレは不敵に笑う。俺の発言の真意に気づいたのだろう。彼は多分俺よりも頭が良い。風が天幕を揺らす。彼は水を飲んだあとこう言った。


「なる程な、ありがとう。必ず利子を付けて返すぜ。ミーラは真面目で良い娘だからな。気に入ったのか?」


 リベレは俺よりも年上だ。当然背丈もリベレの方が大きい。恐らくそれは恋愛や冗談においてもなのだろう。リベレは少し面白そうな顔で俺に聞いてくる。


「まだ分からない……。とにかく武器はどのぐらいいる?」


「とりあえずあるだけ欲しい。出来るだけ節約してるがそろそろ無くなりそうだ。」


 俺はリベレに新たに桁違いの数のAK-47と前回の百倍の弾薬を渡した。本当はオスプレイにはこんなに入らないが召喚して誤魔化した。今、革命軍の隅々に武器が供給されている。

 革命軍はいくつもの村を飲み込み巨大化していた。リベレが総司令官となり王国も無視できないほど広がっていた。


「そういえば村長はどうしたんだ?」


「村長や他の老人は殿とか危険な仕事を率先してやっていたからそれで……。」


「お悔やみ申し上げます。」


「気にするな、悪いのは国王だ。」


 俺はやれる事をやった。そうだよな?戦争は簡単に人が死ぬ。仕方が無いんだ。頭では分かっているが、気分が沈んだ。そして天幕の第二十四番隊の文字が赤く淀んでいる気がした。


「あれが灰か?」


「あれが灰だ。」


「この革命軍の勝利の秘訣だ。」


「『灰の下に勝利あり』だとよ。」


 周りからこんな声が時折聞こえる。俺はこのスキルを正しく使えているかな?そう分かる日が来ると良いな……。空は今日も青く澄み渡り、一直線に残る飛行機雲が世界を二分していた。

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